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サンタの贈り物(パンツ)  作者: 稲荷竜
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1話

 目の前にパンツが落ちていた時、みんなはどういう対応をするだろうか?

 それも、そんじょそこらのパンツではない――異性、ようするに、僕からすれば、女性のパンツだ。

 僕は普通の高校生でありパンツ学の権威ではないので、落ちている一枚の布きれでしかないそれから、持ち主を類推することはできない。

 しかし、考えてしまう。

 雪の積もった真っ白な道。

 周囲をブロック塀に囲まれた、ある意味で閉鎖的な空間。

 そのど真ん中に落ちている、純白のパンツ。

 雪のせいでやや湿ってはいるだろうけれど、それは本来持つ白さをまだ失ってはいない――きっと、落ちてから間もないのだ。推理小説風に言うなら、『まだ温かい。犯人は近くにいる』という状況である。

 もちろん、触ってなどいないのでぬくもりがあるかどうかなど、わかるはずもないし、本当にまだ温かいのだとしたら、それは大事件である。

 何せ雪が積もった道なのだ。

 そこに落ちているパンツがまだ温かいなら、持ち主は、何らかの事情でそう遠くない過去、この場でパンツを脱ぎ、そして放置していったことになる。

 とはいえ――あまり汚れていないのは、事実だった。

 現在時刻は朝の八時。

 雪は昨夜の深夜過ぎから明朝にかけて、いきなり降ったらしい。

 実際、ニュースを見ていた僕も、天気予報で雪が降るという話を聞いた憶えはなかった。

 なので、パンツの上に雪が積もっていないということは、少なくとも太陽が出始めてからということになるだろう。

 周囲には住宅もあるから、風で飛ばされてきたという可能性も、否定はできないけれど――僕の知る限り、近所に住んでいるのはおじいさんおばあさんばかりで(このあたりは田舎のせいか、若い人間が僕ぐらいしかいないのだ )、目の前にあるパンツは、あまりにも若者向けのように見えた。

 もちろん僕はパンツを見て中身の年齢を当てる能力は持ち合わせていないので、おばあさんのパンツだという夢も希望もない結論が待っている可能性もありうる。

 けれど。

 もしも。

 もしも――若い女性の物だとすれば。

 どんな経緯で、パンツはここに放置されているのだろうか?

 持ち主、いや、いっそのこと犯人と言ってしまおう。犯人がここにパンツを置いて行った理由はいくつかに分類できるだろう。

 まず一つ。愉快犯の犯行。

 あり得なさそうな可能性だが、まったくないと否定することもできない――現に、純真な高校二年生である僕が、クリスマスの朝から一枚のパンツを目にして、この場に釘づけられている。

 僕は他の男子同級生と比べて、異性への関心が薄い方だとよく言われるけれど――それはもちろん同性への関心が強いという意味ではない――もし、人並の性欲や妄想力の持ち主であれば、そのパンツを手にとったり、隠して所持しようとしたり試みるかもしれない。

 そういった様子を犯人は近くで見ている可能性も、あるのだ。

 だとすれば、愉快犯的犯行と言えるだろう。

 二つ目に思いついた可能性は、犯人が誰かに脅されていたというものだ。

 往来の真ん中、ブロック塀により周囲からは見えにくい道とはいえ、僕のように普通に通る人がいる場所だ。

 こんなところでパンツを自ら脱ぐだろうか?

 普通の人は、外で、いきなり、パンツを、脱がない。

 言葉にしてしまえばそれはあまりにも当たり前すぎて、いっそ盲点だとすら言えるだろう――なるほど、パンツというものは外で脱ぐにはあまり適していない衣類だ。

 ダウンジャケットじゃあるまいし。

 ちょっと喫茶店に入って、暖房のせいで暑くなってきたから、パンツ脱ぐか――なんてことは、ありえないわけである。

 それが往来ならば、この理論は盤石と言えよう。

 つまり、犯人はさらなる犯人によって脅され、その結果、ここにパンツを放置して行かざるをえなかったわけである。

 事件だ。

 普通に事件だ。

 そういったような想定の結果――

 僕は、目の前に落ちているパンツを無視することにした。

 藪をつついて蛇を出すこともない。

 僕にはこの後の予定があって、いらない事件に巻きこまれたくないのだ。

 触らぬ神に祟り無し。

 常識である。

 ただし、ただ無視するのも気が引けた。

 なので、被害者の遺体に刑事がそうするように、まずは手を合わせておがみ、それから、走り高跳びの選手がそうするように、少しの助走をつけて、そのパンツを飛び越えた。

 そしてもう、記憶からすっかりパンツのことを消して――こう言っている今も、『パンツ』とはいったいなんなのか、忘れかけているぐらいだ。朝食の時にご飯と人気を二分する食材のことだっただろうか――歩き去る。

 歩き去ろうとしたら。


「この降り積もる雪と同じぐらいに冷たい人ですね、あなた」


 そんな声に呼び止められて、振り返る。

 振り返れば、雪の上に、雪と同じ色の、面積やや小さめの、リボンなどの装飾がついた、三角形の布があった。

 僕はそれが何なのか、今し方忘却したばかりである。

 だから関わりのない物なので、無視するべきなのだけれど。


「私を無視するなんて、まともな良心の人間とは思えません――あなたも普段から下着を着用するタイプの人類なのでしたら、どうか、私の持ち主を探してください」


 無視したかったのだけれど。

 無理そうなので、リアクションをとらせてもらおう。


「パンツがしゃべった!?」

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