宿り木亭の馬鹿です。
「ディアンナ、といいます」
「ディアンナさんねー、俺は潔。ぴちぴちの17歳です」
「あ……、もっと若いかと」
「え?ほんと?でもこの年で若く見られるってあんま嬉しくないよね。そんなにガキ臭いかなぁ」
「あ、……えっと」
「冗談冗談。ガキ臭いってよく言われてたから自覚はあるよ!そしてよく口が回るとも」
「おい。何マジでナンパの続きしてんだ」
いやね、ものは経験と思ったわけよ。こういう建前がないとナンパなんて経験できないからね。ザンガスさんに頭を叩かれるまでは続けたが、それに付き合ってくれるディアンナさんはいい人だ。
宿り木亭に帰るとすぐに先生が出迎えてくれた。なんでも、さっきの騎士様との喧嘩騒ぎはもう街中に広がってしまったそうで、先生が心配してくれていた。なんでも「騎士団に絡まれた女を助けるために馬鹿なことした馬鹿がいる」という話を聞いたらしい。で、その馬鹿は宿り木亭の馬鹿だ、と。
馬鹿馬鹿言うなよ。改めて自分がしたこと思い返すと言い返せないし凹むし恥ずかしいじゃん。
うん、俺はノリと勢いで生きてる節があるようだ。要改善。
ことの顛末を説明し、運悪く絡まれてしまったディアンナさんに同情した先生が「落ち込むなよ、生きてりゃそんなこともあるさ!さぁ、好きなだけ食っていきな!」とまぁ大盤振る舞い。ちゃっかりそのおこぼれに与っている傭兵二人と、俺とテーブルを囲んで、現在食事中である。
「しっかし嬢ちゃんよぉ、なんだって騎士なんかに絡まれたんだ?」
「だよね。いくらいけ好かない連中とは言っても、ただすれ違っただけで声を掛けられた訳じゃないんでしょ?」
お。ビーキンさんがブラック発動しそうな言動してる。普段は柔らかい空気を纏っているビーキンさんだけど、さらっと毒を吐く一面もある。意外にも好き嫌いのはっきりした性格をしているようで、あまりにも刺々しいとザンガスさんが宥めることもあるそうだ。
ディアンナさんは、少し言いづらそうに視線を逸らした。
「……前を見ていなくて、ぶつかってしまって。すぐに謝ったんですが、許してくれなくて……」
「うわぁー。それだけで取って付けたような理由こじつけられて怒鳴られちゃってたんだ」
ホントついてないっすね、ディアンナさん。
「連中は屑だね」
あ。ブラックビーキンさんが完全に発動したようで。
「権力を振りかざして私欲を満た奴等っていうのは、総じて屑なんだよ。覚えておくんだよイサギ」
「え?俺?」
「世間知らずな君のことだからね。そんな奴等にも絆されたりするんじゃないかってね」
よく分かっていらっしゃる。基本、ご飯をくれた相手には懐く可能性あります。
「おい、話反れてんぞ。んで、嬢ちゃんが持ってたジクの実に目ぇ付けられたってか?王国騎士団ってなぁそんな馬鹿な連中だったか?」
「大方、貴族出の大した力量も頭もないお坊ちゃんなんでしょ。騎士団の大半は実力で昇ってきた人間だけど、家の権力使って入団した奴も少なくないって話だからね」
ビーキンさん詳しい。そう言えば、王都の出身だって言ってたかもしれない。ザンガスさんはここからも遠い田舎の出らしいから、王都には行ったことがあっても、上流階級のことには詳しくないようだ。
エルフ騒動に決着がつかない限りは騎士団が街から出ていくことはないだろうと語るビーキンさんに、俺はひとり首を傾げた。
エルフが街に来たところで、こちらから手さえ出さなければ問題ないだろうに、なんで王国騎士団なんかが出張ってきたのだろう。街の側にとんでもない怪物が出たというんなら、遠く離れた王都から騎士団が派遣されてもおかしくない。しかし、今回はエルフの目撃情報があったのみ。しかも、噂に過ぎないような不確かな情報。そんなので国家戦力が動くものなのだろうか?
世間知らずな俺には分からないことだらけである。
「失礼な話だが、あんまりいい暮らししちゃいねぇんだろ?ここで遠慮なんかしたって良いことねぇぞ。ほら、食え食え」
俺が珍しく考え込んでいる間に、ザンガスさんがあまり食が進んでいなかったディアンナさんに料理をすすめている。が、ディアンナさんはそれでもあまり食べようとしない。
「私はもう、十分です。なので、持ち帰らせてもらえませんか?」
今度は視線を下げて、申し訳なさそうに呟いた。こうして話すことに慣れていないのだろう、話すときに目を泳がせて、こちらを見て返事をすることが少ない。
「それは構わないよ。先生はそういう細かいこと気にするような性格してないし。待ってて、器を貰ってくるから」
持ち帰る分くらい追加で作ることも出来たが、それを提案してもまた申し訳なさそうな顔で断られることは分かりきっていたので止めた。本人がそれを望むなら断る理由もないので、席を立って厨房に向かう。昼前でまだ客の少ない店内を通り、厨房にいる先生に声を掛けて保存用に使っている鍋を1つ借りてテーブルに戻る。
「さぁてと。たらふく食ったし、そろそろ仕事探してくるか」
「最近護衛ばかりだったから、そろそろ討伐依頼でも取らないと腕が鈍りそうだよ」
「そーだなー、近隣の魔物討伐でも探すか」
そうぼやきながら昼前から飲みまくった傭兵たちは店を出ていった。
残った料理を鍋に詰めディアンナさんに渡そうとした。でも、店もまだ混んでいないので彼女を近くまで送るついでに鍋を持とうと伝えたのだが、ディアンナさんはそこまでしてもらうっては申し訳ないからと断られてしまった。
初のナンパは最初から最後まで惨敗に終わった。