横槍を入れました。
今日は朝からビールの買い出しに、台車を引いて街を歩いております。
お店に入った途端、
「悪いイサギ。お使い頼まれてくんねぇか!」
先生にお金と台車を託され、品切になるとクレームが酷いメニューのひとつ、ビールの買い出しを任された。いつも仕入れをしている酒問屋は徒歩30分の距離があり、その間店を空けるわけにもいかないと困っていた先生。そこに登場、職業パシリな俺。
行きますとも!いつもお世話になってる先生の頼み。断る理由もないもんね。
早速、細い腕を酷使して台車を引き、ビールを求めて街を歩いていた。ベロニカさんのネームバリューのせいで、俺もこの街ではすっかり有名人になってしまったよう。ちらちら俺を見る視線や、知らない人に声を掛けられることが多くなった。適当に返してはいるが、そう何人も声をかけてくると名前も顔も覚えられん。俺はただのパシリなので、記憶力も並の低スペックなのだ。
さてさて。酒問屋まであと少し。というところで俺は発見してしまった。道に落ちた財布を。
皮で作られた、首に掛けられるよう長いヒモのついた小さなポーチ。これはお財布ではなかろうか。振ってみるとチャリチャリと音がする。開けるのはなんだかプライバシーの侵害になるような気がしたので、振って音を確かめるだけ。
しかし、どえしよう。日本だったら交番に届け出あとはお巡りさんに丸投げ出来たけど、この街にお巡りさんなんて職業の人はいないぞ。警察すらいない。つまり、財布を拾ったからといって届ける場所がないのだ。
このままにしていたら誰か良からぬ人に持っていかれるかもしれないし、だったらビビって中身も見れない俺が持っていた方が安全ってもんだろう。
ビール買って帰ったら、先生にどうすればいいか聞いてみよう。
そう思い、ポーチを首から提げた。見やすいところに持っていれば、探しに来た持ち主が声をかけてくれるかもしれないし。
そんな軽い気持ちでポーチを拾い、買い出しに向かった。
ビール二樽は予想以上に重い。80キロはあると思う。
いくら台車があるからって、これを引いて30分歩くのはしんどくないですか!?
なんでひょろっこい俺にこんなお使い頼んだんですか、先生。
汗をかきながら必死で台車を引く。来た道を倍の時間をかけて引き返していると、目の前に人だかりが出来ていてざわざわしている。
ちょ、道塞がないでよ。一回止めるとまた動かすのしんどいんだから!
そう思いながら何を見ているのかと視線の先を追ってみると、立派な軍服を着たお兄さん二人が、汚れが目立つフードコートを被った女の人に詰め寄っている。
「私のものなんです……!」
「嘘を吐くな!じゃあ何だこれは!」
そう怒鳴ってお兄さんが女の人から奪い取ったのは、何の変哲もない麻袋。それを徐に引っくり返すと、中から出てきたのは小さい栗のような木の実だった。
それに反応したのは女の人ではなく周囲の野次馬。「ありゃあ、ジクの実か?」「何であんなもんを」そう口々に囁いている。
知ってる。ジクの実。ベロニカさんから借りた植物図鑑に載っていた。食べられるが渋味が強く、食用には向かない。森の奥、光の少ない場所に群生する木の果実だ。不味いと分かっていて食べる人なんていないだろう。それを大量に持っていた女の人。しかもジクの実は森の奥でしか採れない。
ザンガスさんたちが言っていたことを思い出した。
王国騎士団は、エルフを探してる?
女の人は森の奥でしか採れない木の実を持っていた。それだけでエルフとの接触を疑われているんじゃないか?
あの立派な軍服。騎士団なんて言うくらいだからすんごい甲冑を着てるんだろうななんて思ってたけど、ただの軍服だったんだ。
「言え!エルフと会ったんだろ!」
「会っていません!一人で採ってきたんです!」
痺れを切らした騎士さんが女の人の髪を乱暴に引っ張った。なんだか見ている方ももやもやした気持ちになる。あの女の人は嘘なんて吐いてないと思う。
野次馬たちも目を逸らしたところで俺のイライラゲージがマックスを超えた。ビールの台車を置き、騒ぎの真ん中に入っていく。
「ちょーっと待とうか騎士様ー」
軽い感じで割って入ると、射殺さんばかりに睨んでくる騎士様二人。え、そんな目で見られるようなこと、まだしてないのに。これからするつもりだから別にいいけど。
地面に散らばったジクの実。それを一粒拾い上げてついた砂を落とし、自分の口に放り込んだ。野次馬たちはまたざわめきだし、騎士様はまるで俺が下手物を食ったみたいな目で見てくる。
「ぶっへぃ!まっず!!」
酷い渋味と苦味。渋柿にゴーヤの苦味がプラスされたような味だ。唾液が量産されていくのがわかる。固くはないので飲み込めるが、まあ、食べたいとは思わないな、これ。
もう一粒地面から拾い上げて、服の裾で綺麗に拭うと、騎士様に差し出す。
「騎士様も食べます?」
俺の行動に動揺してた筈の騎士様が、今のでぶちギレたみたいだ。腰に差した剣を抜かれちゃった。
「貴様、おちょくっているのか!?」
「いやまさか。帯刀している凄腕騎士様に、丸腰更に雑魚キャラの俺がそんなことするわけないじゃないですか。自殺願望なんてありませんよー」
両手を上げてアピールしてみる。こんなパシリしか出来ないひょろい奴が国の最高戦力に喧嘩売るなんて、そんなバカなことして死ぬつもりなんてないよ。
「知ってます?騎士様。ジクの実って森の奥にしかないけど、森の奥ならどこでも生えてるくらいたくさんあるんですよ。何でか知ってます?」
「何だ。それがどうしたって言うんだ!」
うわやだ、斬りかかってきそうだよ。俺みたいな無害無力な人間に襲いかかってきそうだよ。ガクブル。
でもここで止めたら男じゃない!ひょろいけど、雑魚キャラだけど、理不尽に乱暴されてるお姉さんの盾にくらいなってみせるさ!
「すっごい栄養価が高いんですよ、ジクの実って。確かに最悪に不味いけど。それを知らないのは人間くらいなもんで、森に住む動物なんかはこぞって食べますよ。そのおかげで森中に種が散らばり、ジクの木は生息条件が厳しいのに群生出来る。人間でも知ってたら食べます。飢餓に苦しむ人、病気や怪我で弱った人には潰して液状にして。その人も知ってたんじゃないですか?この実が体にいいって。あ、嘘だと思うならこの先にある薬屋に聞いてみてください。薬師なら割と知ってる情報らしいんで。あと、何でこの人がエルフと会ったと思ってるか知りませんけど、そんな拷問みたいなやり方どーなんですか?しかも街道の怒真ん中、人目のあるところで。この人がなんにも悪いことしてなかったらただ弱いもの苛めしてるようにしか見えませんけど。まぁ、俺はこの人は悪いことしてないと思うんで、弱いもの苛め見てらんなくてでしゃばった雑魚キャラでしかないんですがね?」
……よっしゃ!噛まなかった!噛まなかったぞ言い終わるまで!そして言ってやった。ちょっとだけスッキリ。
俺は間違ったことなんて言ってないよ?ジクの実のことだって、ベロニカさんに教えてもらったんだし。ベロニカさんはよく薬を作ってるから、植物に凄く詳しいんだ。植物図鑑はまだ読めないけど、ベロニカさんの知識が間違ってる筈がない。
なんか、周りが静かになったけど、どうした?達成感に浸ってたけど、あんまり静かだと不安になってくる。こいつ、なに調子こいちゃってんの?とか思われてたらどうしよう。恥ずかしい。
「……それが事実だとしても、こいつがエルフと接触していない証拠にはならない」
お?騎士様なんかボソッと言ったぞ。聞こえなかったけど。何々?どしたの剣なんか振り上げて。え、俺っすか?それは俺を狙ってますか!?
「愚民が、誰に向かって口を聞いている!!」
マジで斬りかかってきやがった!!
一撃目はすんでのところで避けたけど。ヤバいよヤバい。俺の戦闘力は5です。相手は150くらいです。死ぬ!!死ぬよこれ!
なんなの騎士様、逆ギレですか!?何だよ正論吹っ掛けられてキレるとか!それでも大人か!?
「この、愚民がぁぁぁああ!!」
そう何度も避けられない。怒り狂ってるとは言え、本気で斬りかかってくる太刀筋を何度も見切れたりしないのだ。ああ、次のは駄目だ、避けられない。
ごめんなさいベロニカさん。帰ったらもっかい治療お願いします。勿論、セクハラ抜きで。
ごめんなさい先生。お使いの途中で力尽きそうです。ダイイングメッセージで台車を誰かに託しますんで。……あ。俺まだ日本語しか書けないや。
死ぬとは思わなくとも相応の怪我を覚悟したが、いくら待っても剣は降ってはこなかった。
俯いていた頭を上げると、目の前にはここ2週間で見慣れた大きな背中が。
「おいおいおい、どこのバカが王国騎士に突っ掛かってるかと思えば、宿り木亭のバカかよ!」
「だから気を付けるように言ったのに。君はもう少し緊張感を持たなきゃダメだよ、イサギ」
お?
お!!
ふおおおおお!!なんかデジャブ!!俺の危機に間一髪で助けに来てくれるイケメンデジャブ!!
「ザンガスさん、ビーキンさん、マジ神。イケメンですね!!」
「おめぇに誉められても嬉しくねぇわ!礼はいいから美女連れてこいや!」
「俺が紹介できる美女はベロニカさんしかいません!」
「そりゃ魔女じゃねぇか!誰がうまいこと言えっつった!?」
かっけーよザンガスさん。騎士様の剣を簡単に受け止めちゃったよ。実はザンガスさんて凄い人なんじゃない?ほら、数少ない魔術師のビーキンさんと組んでるし。店ではいっつも酒飲んで大声で喋ってる飲んだくれオヤジだけど、本当はギルドでも名の知れる剣士だったりすんじゃないの?そうだろ?絶対そうなんだろ?
「ほら、大丈夫?ちょっと聞いてたけど、君って結構肝が座ってるよね。剣を持ってる相手、しかも王国騎士に向かってあんなことを言うなんて。ちょっと信じられなかったけど、面白かったよ」
ビーキンさんに差しのべられた手を掴み、立たせてもらった。図らずも楽しんで頂けたようで。ビーキンさんは可笑しそうにクスクス笑っている。上品だ。この人、男だよな?
「な、なんだぁ貴様ら!」
今度は騎士様が雑魚キャラのような台詞を吐いた。形勢逆転だ。俺の死亡フラグは騎士さんへ献上。
「どーもコンニチハ。愚民その2、ザンガスでーす」
「愚民その3、ビーキンです」
相手を見下した悪い顔で笑う二人はもうラスボス級。ラスボス×2を目の前に、顔を青くして騎士様は冷や汗をかきはじめた。早くもラスボスの気迫にやられてる!てか、雑魚キャラの俺がラスボスの背中に守られてるこの図、おかしくない?
「S級ランカーか……!」
え、なにそれかっこいい!なになにS級?それって勿論一番上だよね?トップクラスってことだよね!
ザンガスさん、実はマジで凄い人だったのか。S級ランカーが何なのかいまいち分かんないけど、騎士様の顔色からとにかく凄いってことは分かった。
「騎士様よぉ、聞いてりゃ随分なことその女にしてたんじゃねぇ?イサギが『弱いもの苛め』なんて言うのも分かる状況だったぜぇ?」
「いくら王国騎士団と言えど、市民を愚弄するようなやり方はどうなんでしょうね?それをきっかけに反乱分子が生まれたら、困るのはあなた方の方なのでは?」
目を逸らしていた野次馬たちも、ザンガスさんたちの言葉に押されるように騎士様を睨み付けた。俺はおろおろしている女の人の前に屈んで、手を差し出した。
「大丈夫ですか?」
「ぇ、あ、はい……」
女の人は傷だらけで土のまみれた手を俺の前に出すのを躊躇ったようだが、俺は気にせずそのてを掴んだ。立たせると、フードの中から汚れてバサバサになったベージュの髪が流れ落ちた。フードから覗く顔は思ったよりもだいぶ若い。もしかして、俺と同じくらいか、少し歳上程度。
散らばったジクの実を集めて麻袋に入れ直して彼女に差し出すと、小さく頭を下げてそれを受け取った。
「ちょっと二人とも、そろそろ止めときなよ。ヤンキーがカツアゲしてるみたいな図に見えるんだけど」
未だに騎士様をからかって遊んでいる傭兵の二人。あんまりやっちゃうとどっちが悪いのか分かったもんじゃない。
「ちっ、せっかくついでに助けてやったってのに、ひでぇ言いようだな。そら、さっさと店に帰んぞ」
「あ、待って待って……って、ついで?」
「俺が迎えに来たのは誰かさんがたらたら運んでたビールだっての」
「俺は酒のついでかよ!」
俺が苦労して引いてきた台車を、ザンガスさんは軽々引いていく。なんだこれ悔しい。
然り気無くその場を去ろうとしたが、今まで絡まれていた彼女を騎士様と一緒に置いていくのは不安だ。俺たちがいなくなった途端、また彼女に当たり散らすかもしれない。
まだぼーっとしている彼女の手を掴み、ザンガスさんの引く台車まで走る。そのまま台車に飛び乗り腰掛けると、無理矢理連れてきた彼女に笑いかける。
「袖振り合うも多生の縁ってね。これも何かの縁だ、ご馳走するから一緒に行こうよ」
そう!これは人生初のナンパである!今のはいいんじゃないか?彼女は困惑気味だけど俺としては及第点のナンパだったぞ。というか、これ以上は無理だ。俺にはどこかの王子様が吐くような甘い台詞は言えない。口から甘い言葉が出ると同時に砂も吐いてしまいそうだ。
彼女は一度騎士様を振り返り、そこにいるより俺たちと来た方が安全だと思ったんだろう、台車に飛び乗り、俺から少し離れて腰かけた。
「イサギ!何ちゃっかり乗ってやがんだ!」
「だーいじょーぶ。力持ちのザンガスさんなら女の子一人と女の子並に軽い俺が乗ったくらい屁でもないでしょ」
「何が大丈夫だってんだ!女はいいがてめぇは降りろ!」
「イサギ、ちょっと詰めて。俺も乗るから」
「ビーキン!?おめぇもか!」
ビーキンさんも台車に乗って、ビール二樽と人間三人を乗せた台車は、それでも軽々とザンガスに引かれていった。