常連さんに絡まれました。
うん。料理は奥が深い。
先生の店に通い始めて早2週間。俺の上達ぶりには先生も太鼓判を押してくれた。元々料理は出来る方だったというのが救いで、知識だけ加われば大した苦労もなく料理が出来るようになった。
ベロニカさんも「随分マシになったわ」と言ってくれたので、いつかは美味しいと言わせたい。しばらく俺の目標はそれだな。
ちなみに、ゼルさんにもご馳走した。最初は軽く三人前はある肉料理を出したが、一瞬でぺろりといかれたので、最近はベロニカさんにお小遣いを無心して十人前を用意し直した。お財布が一気に空である。が、ゼルさんは喜んでくれたみたいなのでよしとする。
俺が厨房で使えるようになってからは、料理を教わりながら先生の店を手伝うようになった。宿り木亭の向かいのドームは傭兵ギルドらしくて、仕事を探しに来た傭兵がそのまま向かいのこの店で食べていくんだそうだ。だから、客はいかついおっさんばっかり。でも、皆ノリがいいから常連客とはすぐに仲良くなった。「おうイサギ!今日も相変わらずひょろってんな!」なんて声を掛けられるのはいつものこと。それに対して「おい!誰だ俺のスレンダー体型をひょろいなんて言った野郎は!?」と言い返すのもいつものこと。
今日も今日とて料理を教わる傍ら、配膳の手伝いをしていた。いつもより客入りがよく、狭い店内はおっさんたちでいっぱいだ。
「はーい、ビールお待ちどー」
「おう、待ってたぜ」
常連客の傭兵、ザンガスさんとビーキンさん。ザンガスさんは大柄で髭面が特徴的な強面の傭兵鉄板の容貌だが、対してビーキンさんは俺ほどではないが線の細いスラッとした背の高いの魔術師さんだ。
ザンガスさんは見るからに近接戦闘向きの装備で、周りの客たちも同じような格好だが、魔術師のビーキンさんは違う。黒いローブに身の丈程もある杖、片耳には何かの宝石のピアスをしているオシャレさんだ。何でもローブには魔法が織り込まれていて、薄い素材なのに防御力が高いそうだ。ピアスも何かの魔法がかけられているらしい。
ここで通い始めて2週間。魔法を生業にしている人に会ったのはベロニカさんを除いてビーキンさんだけだった。
「そう言えば、イサギ聞いたかい?この街に王国騎士が来ているそうだよ」
「王国騎士って?」
豪快にビールを煽っているザンガスさんの横で、ビーキンさんは上品に肴を摘まんでいる。……こう見ても対称的なこの二人、仲がいい理由がわからない。
「ぷっはぁ!国王直属の騎士団だ。このアドニス王国でも有数の腕の立つ連中がごろごろいるのがその騎士団さ。国が所有する最高峰の戦闘部隊だな」
ふへぇ。そんなもんがいるのか。
ベロニカさんが住んでいる場所はアドニス王国内で、この世界でも第二位の広さを誇る。国としての強さはトップ3の中に入り、結構な強国として名を馳せているそうだ。ここ流通都市ケイブルグラムは国内で3番目に大きな街で、ここと王都が主な流通拠点となっている。海に面しているこの国が大陸の国と陸づたいに貿易をする際、その殆どがケイブルグラムを一度通ってから国中に運搬される。そのために自然と大きくなっていった街なのだ。
場所は国境に近く、王都からはかなりの距離があるケイブルグラム。こんなところにわざわざ時間をかけて王国騎士団が来るというのは、何か問題でも起きたのだろうか?
「なんで騎士団様が来たのかは知られちゃいねぇが、最近この辺りにエルフが出るって噂の真相を確かめに来たらしいぜ」
「エルフ!?」
きたきた!ファンタジー種族きた!いるのかエルフが。うわぁ会ってみたい。映画とかじゃあやたら美形にされるエルフだけど、実際はどうなんだろ?森に住んでんのかな?それとも普通に街にいたり……したらこんな噂は出回らないか。
「イサギは見たことないのかい、エルフ」
「え、ないない。憧れの存在ではあったけど、到底会えなそうだから俺の想像の中だけの存在だわ」
「カッカッ、なんじゃそりゃあ」
ビーキンさん曰く、エルフというのは排他的な種族で本当に森の中で暮らしているそうだ。魔法を使える個体が多く、長命。そしてやっぱり美形美人が多いそう。こちらから手を出さなければ、あちらから関わってくることはまずないし、でも彼らのテリトリーの森に手を出せば血を見ると言われるほどに怒るらしい。昔、エルフの力を手に入れようとした人間の王が、森から炙り出そうとして火を放ち、まんまとキレさせて軍隊諸とも壊滅させられたらしい。エルフ怖え。
そんなエルフが、国境に近い街とは言えど、森から出てこのケイブルグラムも付近に現れる。という噂が流れているそうだ。
「街に買い物にでも来てたんじゃない?」
「イサギの頭ん中はほんと平和だなぁ」
「エルフは人間が作る物なんて欲しがらないし、食料も森からの収穫だけで事足りてる。何を買いに来たって言うんだい?」
「ええっとー、……塩とか」
「ぶっ!確かに塩を森から調達出来るたぁ思えねえなあ!」
でも塩なら海に行けばいいだけか。「エルフが塩を買いに来るなんて聞いたことねぇ!」なんて大笑いしてるザンガスさんは放置しよう。……結構いい回答したと思ったんだけどなぁ。
「まぁ、あちらに争う気がないと言えど、何が争いの火種になるか分からないからね。騎士団はそれを未然に防ごうとしてるんじゃないかな。それに、エルフは強力な魔法を使う種族。有事の際はそこらの傭兵じゃ手も足も出ない可能性が高いしね」
エルフはそんなに強いのかぁ。ベロニカさんも魔女だけど、どっちが強いんだろう。……ベロニカさんか。だよね、なんかバカなこと考えたわ。
「ケイブルグラムの中を騎士団がうろうろしてるかもしれないけど、あんまり関わらない方がいいよ。魔女ベロニカと王家は昔に一悶着あったらしいから、君が彼女の召し使いだと知ったら騎士団はいい顔はしないだろうし」
「そうなんだ?」
おお、聞いててよかった。王国騎士団とか名前からしてかっこよさげだから見に行かねばとか思ってた。ベロニカさんのパシリってだけで目の敵にされちゃあ敵わん。ここは大人しく……遠くから眺めるだけにしよう。接触は控えよう。
でも、エルフは会ってみたいなあ。