ファーニルは疑う。
今回はエルフ、ファーニルの視点です。
イサギという男との出会いから二日後の昼間。
僕はイサギと共に人間の街、ケイブルグラム門を潜った。フードを深く株っていたが、イサギの連れだというだけであっさりと通れた。
フィリンを迎えに行く作戦は立てた。正直、全てが上手くいくとは思えない。それはイサギ自身も分かっていることだろうが、魔女に比べたら僕の魔法なんて取るに足りないものだろうし、使えるのは攻撃主体の魔法で、そこまで役立つものでもないだろう。それでもイサギは、僕に何度も必要だと言った。確かに作戦には必要だろうが、イサギは自分にはない力だから強弱云々以前に有難いものだとも言っていた。
見たことのない、まるで魔族でも思わせるような黒髪黒目だが、そこに宿るオーラには禍々しさなんて欠片もない。それどころか暖かみのある活発なオーラが感じられる。人間はどこか汚ないオーラを持つものが多いが、イサギのオーラに濁りはない。本当に人間か疑いたくなるほどだ。実は精霊の亜種か何かではと思ったりもした。しかし、精霊だとするには言動が些か……阿呆過ぎる。
イサギは煩い。賑やかというより煩いのだ。元々静かに暮らす種族だからそう感じるのかもしれないが、イサギの話は騒がしくて、馬鹿らしくて、楽しい。くるくる変わる阿呆なイサギの表情が自分にはないもので、それが時折ひどく愛おしいものに思えるから不思議だ。
僅かな時間でこの変化。僕は、この男に絆されてしまったんだろうか?
人間は嫌いだ。奴等はエルフを捕まえては売り払い、懐を肥やす。行く先は見世物小屋か、上流階級の屋敷か。どちらにせよ、慰み者にされるのは同じこと。魔法が使えるものが多くても、魔抗石で封じられては手も足も出ない。
エルフ狩りが行われていた時代よりは幾分マシになったものの、現在でもエルフは狩られている。以前とは違い、静かに、確かに僕らは数を減らしている。エルフにとって、奴隷商に捕まることは死よりも辛い地獄を意味する。
『誇り高き森の民、我等が下等種族の慰み者など、耐えられる訳がなかろう』
先代、綿毛の森の族長の言葉だ。先代の族長は奴隷商に狩られた過去を持ちながら、そこから生きて帰った猛者。
『どんな辱しめを受けようとも、諦めては己の魂の死を待つのみ。ならば戦え、戦って生き延びよ。』
僕はこの言葉にどれだけの重みが込められているか、理解しきることは出来ない。全てを理解するには、僕も前族長と同じ経験をしなければ。でも、僕はそれに耐えられる自信はまるでない。そんなことを強いられたら、真っ先に舌を噛み切って死を選ぶだろう。死ぬことすら許されなくなる前に、躊躇うことなく死ぬだろう。
そんな状況に、妹がいるかもしれないなんて。唯一無二の家族が、そんな目に遭っているかもしれないなんて、考えただけで身が震える。
そして、僕じゃなくて良かったと、思ってしまう。
こんなに情けない兄を持ってしまった不幸な妹を、助けようにも怖くて人間に声を掛けることなど出来ず、ただただ無為に時間だけが過ぎていった。
もし見つかれば、僕も妹のように……。それを考えるだけで足がすくんだが、これ以上妹を放っておくわけにはいかない。僕の唯一の家族。優しく美しい妹、フィリン。本当なら、時期族長と結ばれている筈だった。それが、川に出掛けてから帰ることはなく、村の皆は人間に狩られたのだと口々に言った。婚約者である時期族長は、怒り狂ったように戦士たちを連れてどこかへ行ってしまった。
僕はどうすればいいのか分からなかった。分からなくて、それでもどうにかしないとと、村を出た。
イサギの噂を聞いたのは、偶然だった。
ケイブルグラムに魔女ベロニカの召し使いが来ている。
魔女ベロニカ。三大魔女の一角、誓約の魔女。一人を好む魔女の召し使いなら、さぞ強力な魔法を使うに違いない。
そうだ、そいつを利用しよう。魔女を頼るなんて無謀だが、その召し使いくらいなら何とか言いくるめられるかもしれない。
そう考えてケイブルグラム周辺を探し回った。時々、人間の話を盗み聞きして特徴を知り、門から出てきたそれらしい黒い人間の後をつけた。それがイサギだった。
しかし僕の思惑は大外れ。当の召し使いは風すら生み出せない全くの才能なし。だが、フィリンの救出を自ら買って出た。最初は疑いしか持たなかったが、イサギは「自分の為だ」と言い僕に頷かせると、竜王種のドラゴンに乗って去った。
イサギは自分のことを無能だと言うが、それを信じるには彼の周囲がおかしなことになっている。
三大魔女のベロニカ、竜王種の蒼鱗、話に出てくるS級ランカーはエルフでも知っている者が多い。
無能な彼の元に集う、有能過ぎる者たち。これは一種の才能ではないかと思う。
僕が思うに、イサギの言う無能さは、一つの魅力ではないだろうか。
そうでなければ、人間嫌いで人間に恐怖していた僕が、ここまで彼に心を開くことなんてなかった。イサギと話していると、彼に対して恐怖心を抱いていることが馬鹿らしくて仕方がないと思えてくるのだ。少なくとも、フィリンを本気で助けようとしてくれていることは分かる。僕とは違い、見ず知らずの他人を、危険だと分かっていながら一人で乗り込むつもりだったことも。それが分かるくらい、イサギから聞いた作戦はしっかりしていた。言動がアレなのは否めないが、やると言ったらやる男なのだろう。そして、行動力も勇気もある。
僕もイサギみたいだったら、すぐにでもフィリンを助けに行けたかもしれない。
……ないもの強請りをしても仕方ない。今はイサギに感謝しながら作戦通りに行動するしか。
イサギは上級区画に向かって街道を歩きながら、たまに声を掛けられては挨拶していった。噂になるくらいだったので街ではそれなりに顔が知られているらしく、たまに駆け寄ってくる子供の髪をグリグリと撫で付けて遊んでいた。微笑ましい光景だが、これから行く先を考えると和んではいられない。
上級区画を取り囲む柵と入り口に立つ門番が見え、気を引き締めた。
「こーんにーちはー。おじさん、俺のこと覚えてます?」
「ん?ああ、魔女ベロニカの召し使いか。どうした、お使いか?」
「そうそう。ねえ聞いてよ、ベロニカさんさぁ俺にルジェラコット並の腕前求めてくんだけど。いくら俺がやればできる子だって言ってもね、基本性能が阿呆な俺には無理な話じゃね?」
「なっはっは!そりゃあなぁ!阿呆にはちとキツい要求だなあ!」
「え、フォローなし?それどころかダメ押しだと?」
ここにはイサギが初めて上級区画に入った後からちょくちょく通い、立ち話をしてきたことでこの門番とは顔見知り程度にはなったそうだ。端から聞いていると友人のような気軽さだが。
「でさ、これからルジェラコットお邪魔してレシピ教えてくれませんかーって、ダメ元でお願いしてくんの。そう、ベロニカさんの躾回避の為にな!」
「おいおい。そりゃあ躾じゃなくてご褒美の間違いだろうが」
「黙らっしゃい!経験豊富なおじさんと違って、俺には未知と羞恥の世界なのだ。俺は恥ずかしい思いするのは御免だ!」
「まったく。勿体ねえことする童貞だなぁ」
「童貞言うな!チェリーと言え!」
イサギが下らない話で盛り上がっている間に、門番が門を開けた。どうやら通してくれるらしい。イサギが喋りながら門を潜ったのに僕も続こうとしたが、門番が僕の前に立ち塞がった。
「おっと、お前さんは何者かね?身分証はあるか?」
どきりとした。人間の持つ身分証なんてない。それより、フードを深く被った顔を覗こうと屈んできた。思わず半歩下がると、イサギが門番の背中を叩いた。
「こらこらおじさん、こいつ苛めないでよ。ベロニカさんから借りてきた大事な書記係なんだからさ」
「書記係?」
「そそ。使い魔だから喋れないけど、字は書けんの。ほら、レシピ教えてくれませんかーっていっても暗記出来ないから、こいつにメモってもらうんだ。俺、あんまり字書けないから。ってか顔覗くの止めたげて!いたいけでシャイなレディーに何てことすんの!」
イサギの言葉によって、門番は僕の前から避けた。顔を見られた時はヒヤッとしたが、僕はそんなに背も高くないし童顔だからパッと見女に見えなくはないと思う。女ってことにしておいた方が通りやすいだろうというイサギの機転には感謝するが、僕を女扱いしたことは後できっちり殴らせて貰うことにしよう。
「けっ、女連れとはイサギの癖に生意気だな」
「ふっふーん。俺はまだぴっちぴちの17歳だもんね!たぶんきっとモテ期だもんね!ほーらファーちゃん行くよー」
……後できっちり、殴らせて貰うことにしよう。




