地味な捜索します。
「上級区画?お前、んなとこに行きてぇのか」
翌日、いつも通りに街に来て、いつも通りに宿り木亭で料理を教わりながら働く。そしてこちらもいつも通りにやってくる常連の傭兵二人が昼過ぎに来店した。
二人に昨日見聞きしたことを話すつもりはなかった。ただ、何もしないのも嫌で、一先ず柵と兵士に守られた上級区画にどうやったら入れるか。それを調べることにした。調べると言っても、物知りそうなビーキンさんに訊いてしまおうというだけだが。
ビーキンさんは顔に落ちてくる藍色の髪を鬱陶しそうに耳にかけると、考えの読めない目で俺を見上げた。
「内部の住人に顔見知りがいるなら、中から開けてもらって入れるよ。まぁ、騎士団なんかは許可がなくても入れるみたいだけど……どうしたの?イサギ、そんなとこに興味ある?」
「うんや。昨日ベロニカさんに連れていかれてさ。初めて入ったんだけど、警備は厳重そうなのにベロニカさん顔パスで入っていったから。ここって貴族じゃないと入れないんじゃないっけ?って思って」
「そりゃあおめぇ、相手が魔女ベロニカだからだろ!近くに住んでるってだけで魔女の恩恵に預かってる街だ。領主だって懇意にしてるし、その時点で上級区画にも入れるさ」
ビーキンさんはちょっと訝しげな顔をしたけど、誤魔化せたか?俺も演技が上手くなったもんだな。よくふざけて悪のりしてたせいで上手くなったのかな?
「え、ベロニカさん、領主さんと知り合い?」
「おうよ!街に流行り病が広がった時にな、領主の娘も病に侵されたんだ。医者もお手上げ状態の時に偶然魔女が街に来てな、『別に難しいものじゃない』なんつって大量の治療薬を町医者に売ったんだ。そのお陰で領主の娘も助かり、その後流行り病は1週間と経たずになくなった。大したもんさ」
「ベロニカさんすげえ」
ザンガスさんがノリノリで話してくれるお陰で中に入る方法は分かった。
後は、どうやって屋敷に入るか。
裏口から入れるとは思えないし、浸入したところであの豪華なお屋敷にいる使用人の数が少ないなんて思えない。見つかったら捕まる。一階の窓から入っても同じこと。
いっそ正面から行くか?ごめんくださーい、エルフのお嬢さんいらっしゃいますかー?って。ないない。
ああ、こういうとき魔法が使えたらなって思うけど、残念ながら俺にそんな才能はない。ベロニカさんがそう言ったんだから間違いない。
さて。出来ないことを考えたって仕方ない。
いつも通りな料理教室を終えると、いつもと違ってまっすぐは帰らず街を歩いた。目指すは宝石商、ルッチェさんの店。彼女は宿り木亭の常連客でありながら珍しく女性であり、傭兵ギルドの人間でもない。自ら宝飾店を営む宝石商の若い女主人だ。豪快な飲みっぷりは店でも有名で、サバサバした男勝りの性格。男ばかりが集まる宿り木亭でも異様に馴染んでしまい、すっかり常連客の仲間入りだ。
初めて訪れたルッチェさんの店は上級区画を思わせるような豪華な造りで、それに合わない大きな看板を掲げていた。あまりに俺には不釣り合いな雰囲気だったので、そっと中を覗いてみる。ガラスケースが点々とあり、宝飾店というより何かの展示場のような感じだ。店員らしい人が俺に気づき、カウンターに座ったまま手招きした。
「お邪魔しまーすー」
誘われるまま中に入ると店員さんが歩いてきた。ルッチェさんと同じくらいの年のお兄さんだ。
「君、イサギくんだろ?店長がよく行く料理屋の」
「正しくはその店で料理を習いながらついでに働かされてる生徒ですけどね」
「あ、そーなんだ。いやぁ、最近店長がよく君の話をするからさ。ちょっと会ってみたかったんだよね」
俺も有名になったなーとか思ったけど、よく考えたらルッチェさんがこのお兄さんに俺の事を面白可笑しく話してるだけなんじゃないか?ルッチェさんなら話に尾ひれくらい平気でつけて話しそうだもんな。
「王国騎士団に絡まれた女の子助けようとして口八丁で言いくるめたはいいものの、逆ギレされて今度は君が襲われて間一髪でS級ランカーの手下が助けに来てそのままトンヅラしたって本当?」
「もうどっからつっこめばいいか分かんないからそれでいいです」
ルッチェさん、それ話盛りすぎどころか別の話になっちゃってる。てかそのS級ランカー、俺が下僕な事はあっても彼等が手下なわけないから。ルッチェさん、なんでそんな設定作ったの?
「えー、嘘っぽいな。店長話盛るの好きだし。で?今日は店長に用事?」
ルッチェさん、それ常習犯か。部下からイマイチ信用ないよ。
「そーです。ルッチェさんいます?」
「ちょい待ってて。奥にいるから呼んでくるよ」
お兄さんがルッチェさんを呼びに行っている間、広くない店内をぐるりと見て回った。その中でも目に留まったのが、深い赤の中に角度によって金色の光が見える不思議な宝石のブローチ。丸くカットされた宝石の中がクラッシュしたような光を放っている。デザインとしてはシンプルで、その石に植物が巻き付くような形でプラチナの土台がついている。
ベロニカさんみたいだ。
これを見付けた第一印象がこれだった。ワインレッドの髪に、金色の瞳。この色の組合せはベロニカさんのものだ。元々こういう宝石の種類があるのかもしれないが、まるで図ったように同じ色の組合せなのだ。
「それは高いよ。手に入ることなんてまずない宝石、しかも大粒を使ってるからね。借金背負った使用人が欲しがるにゃあ過ぎたもんさ」
ハスキーがかった女性にしては低い声。
振り返ると明るい茶色の髪をざっくりと一つに結い上げ、煙草を燻らせたルッチェさんがいた。
「さてさて。召し使いの坊やがあたしに何の用かね」
「ちょっと教えて欲しいことがありまして」
ルッチェさんは情報通だ。商人という仕事柄、様々な情報をやり取りする無数のパイプを持っており、扱う商品が宝飾品だからこそ貴族を客に持つ数少ない商人の一人だ。無論、貴族のことにも詳しい筈。
「上級区画のレストラン、ルジェラコット。その隣にある白い屋敷に住んでいる貴族が誰なのか、どんな人なのか教えて欲しいんです」
敵の情報は知っててなんぼ。聞いている内に何かいいお屋敷浸入案を思い付くかもしれないし。それに、もし相手が超凶暴な性格の人物だったとしたら、見つかり次第捕獲&フルボッコされてしまうかもしれないし。そういう可能性は潰しておきたい。
「教えてやってもいいが、条件がある」
「なんですか」
ルッチェさんの鋭い目がギラリと光る。あ、これは大したことじゃない予感。
「あたしが店に行ったときはあたし優先で料理出してくれ」
「いいですよ別にそれくらい」
「いいのか!?話の分かる奴だな」
ほら、大したことじゃない。ルッチェさんは悪い人じゃないけどガラは悪いから、大金吹っ掛けてきそうな印象あるけど、根はいい人だから召し使いで借金持ちの俺に無茶振りはしてこない。それどころか、苦労人の世話を焼きたがる人だったりもする。
別に常連客の注文をちょっと優先させるくらい、なんてことないわ。凄く嬉しそうなルッチェさん、安いな。
「あの屋敷は代々この街の物流を仕切って生業にしててな、それに上手く税金をかけて街に入ってくるものを調整したりしてんだ。当主はまだ30代の若手、ディック・マクライエンという男。堅実でいながら住民の意見も進んで取り入れる寛容さも持ち合わせた、出来た野郎さ。貴族にしては珍しく未だ独身。モテるってのに縁談も断りっぱなしだったから、一時男色も疑われてたな。まぁ、弟の子がいるらしいから跡取りは問題ないだろ。婚期を逃した以外は何の問題もない、民衆が理想とする貴族だ」
ディック・マクライエン。それが屋敷の主の名前。俺が想像していた人物像とはまるで違う、善良な貴族らしい印象だ。聞いただけなら好印象だが、あれを見たらそれも胡散臭い。どんな評判だろうと人間腹の底に何を抱えているかなんて分かったもんじゃない。
「これを聞いて何をするつもりかは訊かないでおくが、貴族相手に滅多なことはするんじゃねぇぜ。お前一人くらい海に沈めんのも売り飛ばすのも簡単にやるからな。全うに生きたきゃ妙なことに顔を突っ込むなよ」
「分かってます。危ないことはしませんよ」
俺だって怪我したくなければ死にたくもないし、売られて一生奴隷生活なんてのも御免だ。やるとすれば確実性があり、それでいて危険の少ない方法で、だ。そう、結局はやるんだけどね。
真剣な表情をしていたルッチェさんが、ふっと笑った。
「まぁ、お前さんは馬鹿だが下衆じゃあない。なんの理由でやってんのかは知らねえが、なんかあったらあたしを頼りな。こんなでも顔は利く。貴族相手でもお前さん一人くらいは助けてやれるさ」
……ルッチェさんやべぇ、かっけえ。男前だ。姉貴だ。
もし兄弟いたらこんな姉ちゃん欲しいな。頼れる兄貴もいいけど、頼れる男前な姉貴。超かっこいい。
「あ、それと。イサギお前、なんであたしには敬語なんだい?タメ口きいてるザンガスやビーキンなんてあたしより年上じゃないか」
「……それは本能的に」
ベロニカさんの躾効果で強そうなお姉さんにタメ口きけないなんて、言わないんだからな。




