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魔女ベロニカの無能な召し使い  作者: にやな
イサギとエルフの事情
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質問に質問で返さないでください。

あの人が、エルフ。

確かに綺麗な姿をしている。肌は透き通るようで、シミひとつ見当たらない。本当に同じ太陽の下で暮らしている生物か疑いたくなるほどに。


でも、森の民と呼ばれ他の種族との交流に消極的なエルフの彼女が、何故こんなところに。しかも貴族の屋敷にいるのだろう。


「どうしてだと思う?」


ベロニカさんが、また心を読んだように訊いてきた。

どうしてだろう。すぐに思い付くのは。


「閉じ込められたから?」


「どうして閉じ込められてしまったの?」


「捕まったから」


「どうして捕まってしまったの?」


「……綺麗だったから」


「綺麗だとどうして捕まってしまうの?」


「それは……」


ああ!質問攻めになんとかここまで答えたのにっ!ここに来て口をつぐんでしまった。


綺麗だとどうして捕まるのか。それはあれだよあれ。うん。


「……所有欲を満たすため……?」


人に対して使うにはあまり印象の良い言葉ではないが、俺が思い付いたのはそれだった。

あの人が欲しい、手に入れたい、そんな所有欲によって、エルフの彼女は閉じ込められてしまったのではないだろうか。


俺の返答に、ベロニカさんは満足そうに、不敵にニヤリと笑った。


「いい回答よ。まさかイサギから所有欲なんて言葉が出てくるとはね、ただの馬鹿じゃないことが分かって安心したわ」


そこは普通に誉めてくれてもいいのに。何故ついでみたいに貶されたのか。


「つまりイサギは、あのエルフの子の美しさに魅了された館の主の所有欲によって捕まり、閉じ込められてしまった。そう考えているのね?」


綺麗な顔に浮かぶ憂いの表情は、彼女の意思でそこにいるのではないと訴えているようにも見えた。貴族に捕まり、なす統べなく監禁されているとしたら。


「確かに、それだと王国騎士団が動いたことも説明がつくわね。貴族かエルフの女性を誘拐、監禁。それを知ったエルフの仲間が街に探しに来た。見事探し出されればエルフはそれを理由に国に牙を剥いてくるかもしれない。騎士団が動くには十分な理由ね」


「騎士団は、貴族がエルフを捕まえていることをどうやって知ったんですか?」


「情報なんてやろうと思えばどこからでも手に入る。人の口に戸は立てられないからね、捕まるところや私達みたいに屋敷に彼女の姿を見た人間がいたかもしれない。貴族の屋敷なら使用人もいるだろうし。でも、騎士団が犯人は貴族と睨んで動いた可能性は低いわね」


「え?……あ。貴族が犯人なら、あんなに街中を歩いたりしないか」


「そう。彼等は貴族より面倒な連中に捕まった可能性を危惧して街を探し回った」


「……奴隷商、ですか?」


奴隷商。ベロニカさんから教えてもらったこの世界の知識のひとつ。

人身売買を生業とし、特に見目の良いものは高値で売り買いされるため、一時この国でも奴隷商による誘拐が多発したんだそうだ。誘拐された人達を買うのは労力を欲しがる組織や、金のある貴族や豪族。優れた容姿の者は貴族や豪族が好んで買うことを考えると、労働力目当てで買われたのではないことは想像に難くない。何をさせられるかなんて、考えるだけでヘドが出る。


あまりにも誘拐が横行したため、国が奴隷商を抑制したが、一部の貴族からの強い反発があり撲滅には至らなかった。現在では目立たなくはなったものの、その存在は確かにあり、未だに貴族や豪族、後ろ暗い組織との結び付きが以前より強くなっているのだと言う。


そんな奴隷商が、人間以外にも、エルフや獣人、滅多にないが精霊やドラゴンなんかも高値で売り出されることがある。人間に比べてずっと高価に扱われる者が多いそれらの種族は、奴隷商が傭兵を雇って誘拐するのではなく、狩る。こっそりと連れ去るのではない。逃げ惑ったり、攻撃してくる相手を追い詰めて連れ去るのだ。人間の国の法で守られていない種族だからこそ出来てしまう力業で、大胆にも行われる悪行。そのせいで人間は他の種族から疎まれる存在となった。


エルフはその形が人間と殆ど変わらない上に、美しい容姿、そして強い魔法を使える者が多い種族。奴隷商ならば喉から手が出るほどに欲しがられている。

いくら国がエルフに手を出すなと言おうとも、見つかりさえしなければいい話。証拠がなければ罰せられることもない。買い手ならいくらでもいる、捕まえたらすぐに売ってしまえばこちらのものという風に、のらりくらりと罰から逃げてしまう。


そんな奴等にエルフが捕まれば、いくら国からの派遣があっても見つけ出してエルフを救出するのは難しい。


王国騎士団はエルフの行方を掴めず、撤退していった。そういうことなのか。


目の前に見える彼女を、見つけることすら出来ず、諦めたというのか。


「『そんな事実はなく、ただの噂だった』そう報告してしまえばいいだけの話だもの。後は、あの貴族が彼女を一生隠しきれば、国にもエルフにも責められはしない」


「……騎士団は、彼女の存在を黙認した可能性もあるってことですか?」


「見事彼女の存在を見つけてしまえば、後に待つのは捕まった経緯の調査と、彼女を売った奴隷商の捕縛。奴隷商を相手にすると貴族からの圧力もかかるし、それ以前に簡単には見つからない。そんな面倒事、出来るなら避けて通りたいものでしょう?」


「でも、命令で派遣された騎士団がそんなこと……許されるないんじゃないですか」


「許されないなら、いえ、騎士としての誇りがあるなら、そんなこと許されないでしょうね。まぁ、ここではそれは置いておきましょう。いずれにせよ、騎士団は彼女を助けるつもりはないってこと」


そんな話があるか。エルフが人間に捕まればどうなるか、異世界から来た俺でも分かるというのに、それを見て見ぬふりをするというのか。王を、王の国を守るのが騎士の仕事だろう。いくら国の者ではないと言えど、その行動は倫理に反するのではないのだろうか。


彼女はほら、すぐ窓の向こう側にいるというのに、こんなすぐに見つかりそうな場所にいるのに、手を差し伸べないのか。


ああ、モヤモヤする。


善人を気取るつもりはないし、寧ろこれは偽善的な考え方だと思うけど、俺が気に食わないから、どうにかしたい。何の力もない俺がそんなことを考えてしまった。


「止めておきなさい。どうせ空回って無駄なことして余計なお世話と言われるのがオチよ」


「ベロニカさん、俺に対して厳しくないですか?」


ベロニカさんは、また楽しそうに笑うと俺にかけた望遠の魔法をといた。


「当たり前でしょう。貴方は私の召し使いなんだから」


それからベロニカさんは、何もなかったかのようにフルーツゼリーを食べ、二人分の食事代を払って店を出た。俺も後に続いて帰ったが、頭の中はエルフの彼女のことで一杯になり、妙に口が渇くのを少し気にしながら家事を済ませて早めにベッドに入った。しかし、目を閉じたところで意識ははっきりしたままで、完全に意識が落ちる明け方まで眠れぬ夜を過ごしてしまった。


この世界に来てから俺のマイペースが崩されたのは、これが初めてのことだった。

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