その真相が気になります。
傭兵ギルドには栄養ドリンクと鎮痛剤と解毒剤を、薬屋には解毒剤と擦り傷用の塗り薬を、町医者には抗生剤をそれぞれ売り歩いた。以前より量が多いと喜ばれ、帰る頃には貴重な魔女の薬はもうリュックの中には残っていなかった。
「せっかくだから、何か食べて帰りましょう」
そう言われて初めて腹が減っていたことに気づいた。何気にベロニカさんと街を歩くことに夢中になっていたようだ。
宿り木亭ではいつもと変わらないからと、ベロニカさんに連れられ、街の中央、所謂貴族の屋敷が点在する上級区画に初めて足を踏み入れた。ベロニカさんは顔パスで入れたが一般人はまず入ることのできない、外壁のような柵で囲われたその区画は兵士によって出入りが制限されている。そこはいつもいる街の雰囲気とはまるで違っていた。
敷き詰められた黒い石畳の道、屋敷が点在するというのは、一つ一つの敷地が広いせいであった。
そんな中に目当ての店はあった。
ルジェラコット。
貴族の為に作られた貴族用の飲食店。
ドアマンに開けられた扉を潜ると、壮年のジェントルマンに店の中を案内された。完全個室のようだ。
案内された部屋には小さなシャンデリアが吊るされ、長方形の大きなテーブルに真っ白なテーブルクロス。明らかに場違いなのは俺だけで、悠然とジェントルマンのエスコートを受けて席につくベロニカさんの向かいに俺も座った。
部屋から人が出ていくと、ベロニカさんはそわそわする俺の様子を見て笑っていた。
「何故こんなところに連れてこられたのか、分からないって顔ね」
「だ、だってこんな。異世界でも更に異世界な空間にいきなり連れてこられたんですよ?俺、マナーとか分かんないです」
宿り木亭では骨付きの肉を手で掴んで食いちぎってました潔です。ナイフは右手フォークは左手で持つ以外の情報を知らない俺は、この世界では未だ再会を果たせないでいるお箸を召喚したい気持ちでいっぱいだ。
「気にすることないわよ。個室なんだし、私以外は誰も見ないんだから」
「あ、それもそうですね」
見ているのがベロニカさんだけなら、多少粗相をしたところで大丈夫だろう。自分に実害がなければ怒らない人だから。
注文しなくとも次々に運ばれてくる料理たち。コース料理かと思ったがそうではなく、料理が出来次第、次に次に持ってきているだけのようだ。いつかベロニカさんが作ってくれたようなステーキに、半透明な緑色のスープ。何かのフライと40センチほどもある魚のグリル、フルーツが乗ったサラダ。
ベロニカさんはいつも通りにワインと一緒に料理を楽しんでいた。俺と言えば、自分が作らなくても出てくる美味しい料理に感動しながら舌鼓を打っていた。
粗方食べ尽くし、二人きりの部屋でのんびりとデザートのフルーツゼリーをつついていると、ほんのり顔を赤らめたベロニカさんが藪から棒に訊いてきた。
「イサギ、エルフに会いたがってたじゃない。会うのはまだ無理だけど、見てみる?」
「どうしたんですか、突然」
なんの脈絡もなく始まった話題と、あっさりと開けられた4本目のワインに戸惑いを隠せない。さすがに飲み過ぎだろう。
そんな俺の心配を余所に、ベロニカさんはグラスに口をつける。
「街で流れていたエルフの噂。王国騎士団まで出てきたこの噂の真相、イサギは知りたくない?」
え。知っているのか?確かに気にはなっていた。エルフが来ることについてより、どうしてそれだけの噂で騎士団が動いたのか。それが気になっていた。
その答えをベロニカさんは知っているというのか。3ヶ月ぶりにケイブルグラムを訪れた彼女が、つい最近の出来事の真相を。
うわぁ、気になる。
「そうでしょう、気になるでしょう」
そう楽しげに呟いたベロニカさんは、徐に席を立って閉まっていたカーテンを開け、そこから見える屋敷を指差した。黒い柵と高くない木に囲まれ、綺麗に整えられた庭の真ん中に建つ白壁の屋敷だ。少し距離があり日も沈んで辺りは暗いため、よく見えないが外を歩いてきたときに綺麗な家だと思いガン見したからよく覚えている。
「ほら、あの屋敷の2階、左から2番目の窓。そこに何が見える?」
窓?明かりが点いているのは分かるが、それしか見えない。
って、ベロニカさん見えんの!?この距離で?超人か。
「目に魔法をかけてるのよ。ほら、やってあげるからこっち向きなさいな」
屋敷の窓を凝視するのをやめ、ベロニカさんの砲をむく。人差し指を軽く立て、くるくると二重に円を描く。すると、急に眼球が熱を持ち始めた。思わず目を閉じて手で覆うと、真っ暗な筈の瞼の裏に幾何学的な円形を描く模様と文字の羅列が浮かび上がった。今度はそれにも驚いて目を開く。
「な、んですか、今の」
「望遠の魔法をかけたの。ほら、もう一度屋敷を見てごらんなさい」
言われるままに屋敷を見る。特に変わりはない。よく見ようと目を細めると、一瞬ぐわんと視界が揺れ、それから目の前に屋敷の窓が見えた。
まるで、1メートルほどの距離から窓の中を覗いているような、そんな距離感だ。
「うおおすげぇ!ベロニカさんすげぇ!」
「ふふん、そうでしょうとも」
自慢気なベロニカさんを無視し、僅かに開いたカーテンの隙間から部屋の中を見てみる。中に見えるのは椅子に腰かけた緩くうねる綺麗な金髪を背中に流した、モスグリーンのドレスの女性の後ろ姿。
「ほら、よく見てなさい」
女性が振り返る。白い肌に、物憂げに揺れる緑色の瞳。綺麗な人だ。でも、目についたのはそれだけじゃなかった。
異様に尖った、その耳。
「彼女が森の民、エルフよ」




