なんだか凄い人らしいです。
今日は初めてベロニカさんと一緒に外出。と言っても行き先はいつも通っている街、ケイブルグラム。
先日、王国騎士団一行が街を去ったということで、やっとベロニカさんも一緒に来てくれることになったのだ。
外出用にダークアッシュのローブに身を包んでいるベロニカさんは、いつもより魔女らしく見えた。でも、そのローブの中身はサイドに大きくスリットが入った黒いドレスに、大きく真っ赤な宝石のネックレス。靴はいつも通りの高いヒールの物を履いている。どこのハリウッド女優だって格好だ。……美人だから何を着ても似合うが。
今日はベロニカさんが一緒ということでゼルさんに乗せてもらうのではなく、ベロニカさんが以前、手紙の配達を頼んでいた金色の嘴の鷲。あの鷲の親鳥の背中に乗せられて街まで来た。てっきりあの大きさで成鳥だと思っていたが、あの子はまさかの幼鳥で、大きくなると最大で全長8メートルもの怪鳥になるという。さすがはベロニカさんの使い魔。でも、移動だけなら別にゼルさんでも良かったのではないだろうか。ゼルさんだってベロニカさんの使い魔の筈なのに。乗り心地か?確かに鳥の背中はふわふわしてるもんな。
門前で鷲から降り、俺はベロニカさんが作った薬が大量に入ったリュックを背負い、いつも門番をしている兵士のお兄さんこと、ワンツさんに手を振った。
「ワンツさーん!おはよーございまーす!」
いつもより遅い時間に来たせいか門の前に列はなく、門の向こう側に広がる街並みがよく見える。
俺に気づいたワンツさんがいつも通り手を上げたが、俺の隣の存在に気付き、慌てて敬礼していた。その慌てっぷりに思わず笑うが、こんな反応を目にすると改めてベロニカさんが凄い人なんだなってことが分かる。
「これは魔女ベロニカ。遠方からのご足労、痛み入ります」
「お久し振り、門番さん。いつもイサギがお世話になってるみたいね、ありがと」
美魔女のベロニカさんを前に、ワンツさんはたじたじだ。笑える。でもワンツさん、新婚の奥さんがいたはずだよね?チクっちゃうぞ?
門を潜ると、街道を歩いていた人たちの視線が一気にベロニカさんに集まる。口々に「ああ、魔女ベロニカだ!」「魔女ベロニカがいらっしゃったぞ!」と芸能人張りの大歓迎ムード。芸能人と違うのは、皆ベロニカさんの行く道を開けるように道の脇に移動し、少し離れた場所からベロニカさんに羨望の眼差しを向ける慎ましさ。この慎ましさがあっちの世界にあったら、集まったファンで空港大混乱とかになったりしないだろうに。
ベロニカさんの横を半歩下がって歩く俺は、この状況が普通であるかのように堂々と道の真ん中を歩く彼女を見ていた。
ベロニカさんとまず最初にやってきたのは、俺がいつもお世話になっている先生の店、宿り木亭だ。
昼前で混み始めた店のドアを開けると、中にいた客の男たちの話し声が止んだ。すると先生が俺たちが来たことに気づいて厨房から顔を出した。
「ヴァルド・ジーキンス、お久し振りね。貴方のおかげでイサギの料理も随分食べられるものになってきたわ、ありがとね」
「おお、こりゃあ魔女様、とんでもねぇ。元々イサギのスジがいいんでさぁ。それに教えてんだか働いてもらってんだか分かんねぇくらい手伝ってもらっちまってる。礼を言うのはこっちさ」
先生とベロニカさんが話始めたので、客たちもざわめきを取り戻した。俺は二人の話に入れそうにないので周囲を見渡し、知っている顔を探す。すると、奥の席にザンガスさんとビーキンさんの姿を見つけた。また昼間っから飲んでやがる。飲兵衛どもめ。
「魔物の討伐任務は?終わったの?」
「おう!それは昨日のうちに終わったんだが、聞いてくれよー。二手に別れて獲物探したんだが、ビーキンの野郎、俺が来る前に全滅させてやがったんだよ」
「競争だと言い始めたのはザンガスでしょ。競争と言うからには早い者勝ちが常識」
「それで俺の腕が鈍ったらどうしてくれんだ!」
「そうならない為にももっと索敵能力磨かないとね。俺が食い尽くしちゃうから」
「魔術師相手に索敵で勝てるか!」
この人たち、大人だよな?任務内容は別として、会話が俺の世代並みだぞ。いいのか?まぁ、若々しいと言えばそうなのだが、30代後半の男二人がする会話じゃないと思う。
「っと、そんなことより。イサギお前、本当に魔女の召し使いだったんだな」
「……実は信用がなかったという事実がさらっと明らかに……」
「ちっげーって。そういう意味じゃなくてな。魔女の召し使いだとは聞いてたけどよ、お前と一緒に街に来たのはこれが初めてじゃねぇか」
「信じてなかったわけじゃなくて、実際に見て改めて思い知ったんだよ」
確かに。口先だけで「俺、魔女の召し使いなんです!」なんて言いながら食堂で働いてたら信じられないか。俺が持ってきたベロニカさんの紋章が入った手紙を見せたのは、門番のワンツさんと送り先の先生のみ。関係を証明出来るものを見たのがたったの二人しかいないから、にわかに信じられない事実だったのかもしれない。
ふと、ビーキンさんがベロニカさんを見つめているのに気づいた。そんなにずっと見ているわけではないが、ちらちらと様子を窺っており、ビーキンさんにしては珍しい行動だった。ベロニカさん、美人だからな。タイプなのかな?
そんなことを思っていると、ザンガスさんがくっくっ、と小さく笑った。
「魔女ってのは、魔法を扱う者の頂点の呼び名の一つだからな。ビーキンだって魔術師だ、滅多に人目に触れない魔女が姿を表してんだから気にもなるってもんさ」
へええ。同業者として気になるってことだったようで。って、それより魔女って魔法使いの中でも凄い人のことを言うんだ。いまいち何が凄いのかは分かっていないが、ビーキンさんの反応を見るに、とにかく凄い人だっていうのは分かった。俺のご主人様、魔女で美人で凄い人。
一頻り先生と話終えたのか、ベロニカさんがこちらに歩いてきた。
「イサギ、向かいのギルドに薬を売りに行くわよ」
「ほいさー」
薬の小瓶が詰まった重たいリュックを背負い直し、せっかくだから二人も紹介しておこうとベロニカさんの隣に立った。
「ベロニカさん、こっちの恐い人がザンガスさんで、優男風なだけの中身は黒いこの人がビーキンさん」
「こらこら。俺の方がザンガスの紹介より酷いというのは、どういうことかな?」
ビーキンさんがブラックを覗かせている。調子に乗りすぎたか。フォロー入れとこう。
「大丈夫だよ、ビーキンさん。ほら、上には上がいるからあああああっ!?」
喋っている途中でリュックがとんでもない重さになった。俺はそのまま勢いよく床に尻から落ちたが、なんということでしょう。リュックは床から僅かに浮いている。勿論、中身は無事だろう。俺の尻は無事じゃない。痛い……。
「ベロニカさん、俺のいたいけな尻になんてことを……」
「いたいけな尻って何よ、気持ち悪い」
「気持ち悪いとは失礼な!見せたりはしないけどたぶん形のいい尻ですよたぶん!」
「ふーん、私は見たくないけど、別にここで公開させてあげてもいいのよ?ほら、私って中身は真っ黒みたいだし、そのくらいイサギを苛めたところでただ楽しい気分になるだけだしね?」
「申し訳ございませんでしたぁ!!」
ヤバイヤバイヤバイ!こんなところで尻公開とか、死にたくなる。いくらベロニカさんは見ないとしても、ちらほら女性の方いらっしゃるよ!公然猥褻罪でしょっぴかれるよ!その前に俺が死ぬけどな!
いらない意地で死ぬくらいなら、ここは大人しく土下座決めた方がまだ賢い。例え、客の視線の中だろうとも!
「どうかお慈悲を、ご主人様ー」
「ったく、私を嘗め腐ってくれちゃって。本当に学習しないわね。やっぱり躾が必要なのかしら?」
人差し指わ唇に添え、妖艶な笑みを浮かべるベロニカさん。あ、ラスボス化なさった。ガクブル。
「イサギが一番嫌がる方法で躾てあげましょうか?この間の『治療』なんて目じゃないくらいの。チェリーボーイなイサギくんには苦しい程に強い刺激になるかもしれないけど」
ラスボス来た!全力で回避しないと羞恥で殺されるかもしれない。この間のが目じゃないって、それどんなのですか?次はパンいちで拘束されるんですか。そしてさわさわされるんですか。
……無理です。
「神様仏様ベロニカ様。ごめんなさい俺が救いようのない馬鹿でした。なのでどうかセクハラによる躾は勘弁してください」
床に額を擦り付ける勢いでお願いしました。これで駄目だったら今度は全力で逃げる。狼と追いかけっこしたこの足で、全力逃亡する。でも、すぐに捕まるオチも見える。
「あら残念。でも躾されたくなったらいつでも言うのよ。一晩中たっぷり躾てあ・げ・る」
「あ、あははははははは。遠慮します」
取り敢えず今を生き残ることに成功したが、何故だろう。涙が出てきそうだ。
そんな俺に「お前、ほんとにただの召し使いか?」と耳打ちしてきたザンガスさん。それどういう意味かな?
微妙な空気になった店から逃げるように外に出ると、今日の目的である薬を売りに歩いた。




