第五話 『代償』
今回、少々血についての描写がありますので、ご注意ください。
ボクとザイクは丘に向かいながら、紅龍を消耗させるための作戦を立てていた。
「正直、ボクとザイクじゃ火力不足だし、能力不足だよ」
ボクの言葉に、自らの無力を責め、下を向き、悔しそうにしているザイクは、ふと、なにかをつぶやいた。
「……つ、強さは」
何かを言いかけるザイクだったが、声が小さくてあまり聞こえなかったので、ボクは聴き返した。
「ん?」
自分が小声で言っていることに気付いたザイクは、もう一度、はっきりと言い直した。
「つ、強さは、焦らない、だよね」
これは――ボクがだいぶ前に言った言葉だ。
ザイクの必死で強くなろうとしていた姿がどこか怖かった、そんなときに忠告の意味を込めて言った言葉だ。
ボクは軽くうなずき、肯定の意思を示した。
今は、わかっていることに割く時間はない。
ボクは、言った。
「ボクらは、はっきり言って足止め要員だ。はっきりと言えば、捨て駒、だ」
それはつらい現実を認識させる、追い打ちの言葉だった。
ボクには、ザイクがちゃんと役目を達成できるかどうかを判断しなければならない。
これは、ししょーの受け売りでもある。
『現実から目をそらすものは戦闘でも役目を果たせない』つまり、ザイクがこの現実を容認できなかった場合は、ザイクを戦闘から外す、ということだ。
「……頑張るよ」
ザイクは、しっかりと、言った。
言葉はこの一つだけでよかった。
「ボクが遠くから、矢を撃って攻撃しておびき出すから、ザイクはボクを守って」
ザイクのやることは簡単だ。しかし、ボクのやることなんかよりも、すごく危険だ。
けれど、これはザイクにしかできない仕事だ。
だからボクは、たとえザイクが死にかけたとしても、ボクが自分の役目を達成するまでは、一切助けないつもりだ。
「りょ、了解。イクザに変わらないよう、注意するよ」
お互いのすることが分かったので、ボクらは速度を上げて走り始めた。
もうすぐで目的地に着く、という時に、頭の中にミースから連絡が来た。
『二分耐えてくれ』だそうだ。
二分。いつもならどうといったことのない時間だけど、今だと普段の一時間くらいの時間に感じるんだろうな。ふと、ボクは思っていた。
「二分耐えてくれ。……いける?」
ボクの言葉に、ザイクは力強く答えた。
「まかせて」
じゃあ、開戦だね。
ボクは、弓矢をセットして、五本ほどヤツの両翼に撃った。
長い二分が始まったね。
遠目から見た限りだと、命中こそしたけど、ダメージは全く与えられなかったみたいだ。
当然だろう。この程度でダメージを与えられる敵ではない。
けど、囮としての役割は果たせたようだ。
ヤツがこっちに向かい、先ほどの炎が燃え盛る弾を吐いた。
ボクはザイクを信用している。
だからこそ、ボクは攻撃に専念するんだ。
戦闘のためにと今までためていた、特別性の矢を弓につがえる。まず、普通の矢より硬さが増している矢、五本。
ボクは最大まで矢を引き絞り、撃った。
当たったかどうかなんてのは、二の次だ。
ボクは、確認することなく、次の矢を準備する。
収納していた矢すべてを地面に広げた。日頃から整頓されていた矢は、どれもすぐに使えるようになっている。
付与効果はすべて、記憶してある。準備しておいてよかった。小さな喜びをかみしめて、ボクは軽量化された矢を手に取った。
間を開けることなく矢を撃ちきり、ヤツに暇を与えさせない。
「グルァァァァァァァァッッッッッ!!」
どうやらヤツはこちらに敵意を持ってくれたようだ。
でもまだ、十秒ほどしか経っていない。
次だ。
「【燃えろ】」
設定されていたキーワードを言うと、付与効果が発動する矢が三本ある。そのうち一本の効果を発動させる。
一本目の燃え盛る矢をセットする間に残り二本の矢の効果も発動させる。
「【毒を持て】【水を纏え】」
これも、矢継ぎ早に撃っていく。
気が付くと、ヤツがこちらにブレスを放っていた。
いや、それは今は気にすることじゃない。今のボクはただ、矢を撃つことだけに集中していればいいんだ。
付与効果のある矢を撃ち終えると、普段使っている普通の矢を、最大まで引き絞って、三本ずつ撃つ。
多少、指先が痛い。ほんの少し漏れた弱気を、手を強く握ることで抑える。
『貴様もか』
「っ!?」
突如、なにかの声が響いた。
こ、これは――【通信】のスキルじゃないか?
だとすると……まさか。
『血に穢れた存在よ』
語りかけてきているのはは――
紅龍なのか……!?
でも、確証はない。
ボクは、この現状に戸惑いながらも、矢を撃つ手は止めない。
矢を撃つのを止めてしまったら、なにかが終わってしまう気がするのだ。
『お主も我と同じ存在か』
……あと、一分と少し、か。
『ならば、我とともに――』
落ち着こうか。手は止めず、思考は続ける。
『このような世界を――』
ボクは機械的に矢を撃ち続ける。
『変えようではないか?』
……負けない。
ボクは。
絶対に。
『強情なヤツよの。では、《思い出せ》』
ボクの頭の中が塗り替えられる。
「う、うああああああああああ!?」
「ウィズ!?」
――罪。――家族。――偽り。
――憎い。
『なかなか良い《前世》ではないか』
世界が――憎い。
変えたい。壊したい。こわしたい。コワシタイ。
全てを――
「ウィズっ!! 負けないで!! ウィズぅっ!!」
何もかも――無に還す。
『む。小癪なヤツよの。《獄炎の弾》』
家族も――
「くっ。うおおおおっ! 『地獄の門』!!」
他人も――
『雑魚が。ふんっ!』
友達も――?
「うぐっ!? ……ま、まだ俺は戦える……!」
――トモダチ。
「くっ。ここまでか……? ……イクザ。あとは……おねがっ……い」
ミース、ザイク――
『さらばだ。血に濡れた少年よ』
――みんな。
「さあ、お目覚めの時間だぜ」
ボクは目覚めた。
ボクの目の前には、ザイクがいた。
どうやら、ザイクは今、眠りについているようだ。
だから今、ボクの目の前にいるのは、『イクザ・ドレイム』である。
「ごめん。待った?」
「全然待ってねえよ。そんなことより、時間――稼ぐんだろ?」
「あぁ。そうだったね」
とりあえず、今は時間を稼ごう。
『小僧――貴様』
「行ってくるぜ。援護は頼んだぜ」
「けがは後で治せるから今は――本気でお願い」
「おぅ! 俺様、いや、俺はいつだって本気だぜ!」
そう言ってイクザは、ヤツの下へと跳んで行った。
何をすべきかは決まってない。今は、できることを死ぬ気でやるだけだ。
ボクは、いつもより早く矢のセットを完了させる。
『――少し侮っていたようだな。――我も貴様のような輩を排除するために本気で』
「うるさい。お前が強いのは誰だってわかるし、どこをどう比べてもボクよりお前の方が強い。だから――黙ってろ」
『……ふむ、失礼した』
ヤツは、強い。どうあがいてもボクとザイクでは絶対に殺せもしないし、ヤツに大きな傷をつけることですらもできない。
だからこそ、できることとできないことは見極めたい。
ヤツは、エリートだ。
だから、隙もない。
肉体も、頭脳も。
「【特攻捨守】だぜっ!」
攻撃は、イクザに任せよう。
ボクは、前線の邪魔にならないようにヤツを誘導しようかな。
当然、ヤツに攻撃しているのはザイクだけではない。
学園の校長。ししょー。虎マスク。
ボクの知っている人たちが皆、戦っている。
なら、本気でボクも戦わないとね。
「【溜め撃ち】」
ボクは、弓を撃つまでの時間を溜めにあてた。
ヤツの炎弾が飛んでこようが。
「【惨劇】ぃぃっっ!!」
ボクは矢を撃つ手を――
「はっ、しゃっ!」
ヤツが死ぬまで――止めない。
「うらぁっ!!」
イクザの捨て身の攻撃に合わせ、ボクも追撃の矢を放った。
――よし。
「ぐはあっ! ……はぁ、はぁ。……まずは、一発目、だぜ!」
ヤツの翼に傷をつけた。
全体からみたらどうってことないことだろう。
けど、ボクらにとっては、重要なことなんだ。
生きるための、一歩なんだ。
イクザは、スキルの効果で壊れてしまった剣をしまい、新しい剣を取り出した。
後――三十秒。
っ!?
「……? っ! かはっ!! ……がっ! ……はぁ、はぁ」
血のスキルを発動しすぎたのか、ボクは大量の血を吐いてしまった。
血が体から吹き出す。
ボクの中枢器官が悲鳴を上げる。
自然と目が下を向いた。
ボクの視界が揺れる。
地面が真っ白に見えた。
……血が、足りてない。
「けつえ、き、じゅんかんっ!」
ボクは前に向き直り、離しかけていた弓をしっかりと握りなおした。
まだ、まだだ。
ボクは、死なない。戦える。
「【快復】」
ミースだ。けど、ボクの傷は治らない。
気にしていられない。
「【血濡れた弓矢】うぐっ。うっ……。かはっ!」
「っ! ……傷が治らない!?」
「【溜め撃ち】【血塗れの狙撃手】はあっ、はぁっ……くっ」
「ウィズッ!!」
「やらせてあげなさい」
「ぶらっ……っく。ブラッド……アローっ! かはっ……」
「だが……」
「貴女は黙って見てなさい」
「……あぁ。……ごめんなウィズ」
「ギャアアアアアッッッ!!」
『我もそろそろ終わりのようだな』
あと、もうスコシ……
「【捨て身】【惨劇】ぃぃっっ!!」
「【紅に染まるもの】はつど、っはぁ。……は、つど、ううっ!!【槍になれ】【獲物に攻撃しろ】」
「【最後に残るもの】」
あと…………
「うおおおっ!!」
「……お疲れ様でした。……もう、寝なさい」
「……ザ……イ……」
「あの子も私が助けますよ。だから安心してください」
「か、はっ」
【身代わりの結末】
『《遺書》我も――』
悲鳴などの表現、難しいですね。