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ブラッディスキル ~出血多忙な旅人たちの冒険譚~  作者: 独りっ子
第一章 学園都市にて

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最終話 『旅立ち』

 学園都市の入口にザイクと虎マスクらしき人影が見える。と、思ったら虎マスクだけこちらに向かってきた。


「やあやあ。二度目のお別れをしてきたよ」


 声は弾んでいるようで、軽そうだけど、目には涙の痕が見える。……二回もこんなに辛いことをさせてしまったことを反省しなきゃな。いや、でもボクのせいではない……うん、悪いのはきっとボクだろう。


「ごめんね」


 言葉に出して、謝った。こちらに気を遣われるのも嫌だったから、少しだけ微笑んでみた。


「大丈夫。安心して?」


 逆にこちらを諭すようにほほ笑んだ。笑顔をつくるのはやはり苦手なんだなと再確認する。全く、向こうを心配させてどうするんだボクは。でも、虎マスクのおかげで寂しかった気持ちは少し和らいだ。うん、やっぱり虎マスクにボクが助けられてるね。


「ウィズ?」


 ミースにも心配されてしまった。虎マスクと別れることもボクには辛いことなんだなあ。


「ありがとう、シェスミア」


 初めて名前で呼んでみた。今更名字で呼ぶのも他人行儀だと思ったからね。名前よびの方がきっとこちらの想いもしっかりと伝わっているだろう。


 虎マスクに隠された表情はよくわからなかったけど、口元には笑みが浮かんでいた。今は感謝を告げただけだったから、今度会ったときはこちらが助けて驚かせてあげたいな。


「虎マスク、ありがとう!」


 元気になったボクの様子を見てミースも彼女に感謝を伝えた。喜びが最大限表現されてる表情は見てて可愛らしく、ボクも心の底から嬉しくなった。


 その言葉に、手だけ振って彼女は去って行った。最後まで印象に残る人だな。ザイク(いい人)はいい人に好かれるって割とあり得るんだね。よかったよかった。


 姿はもう見えなくなった。でもなんとなく。本当に特に意味もなくお辞儀をした。軽く、腰を折り曲げる程度の。自然としたくなった。




「あ。ふ、二人ともじゅ、準備できた?」


 困ったように眉を下げているザイクがいた。いや、これはザイクの体質のようなものだから、意識してそうなっているわけではないんだけどね。


「うん。ばっちりだよ。色々と迷惑かけたね」


 ザイクに涙の跡はなかった。でも、悲しんでいたようだった。泣いていないのは何でだろうな。こらえた、というのもどこか違う気がする。


「……? め、迷惑なんてな、何もないよ?」


「色々だよ」


 曖昧に濁すように笑った誤魔化さなくてもいいんだけど、言わない方が個人的にいいと思った。


「に、濁さないでよー」


 そう言って、ザイクも笑った。


 ふと、ボクは都市の外を見る。草原が見えた。


 都市の中も見た。建物が見えた。


 ……旅立ちってこういう悲しみもあるんだな。喪失感や虚しさ。想像しているだけだと案外わからないものだね。前は旅に対する興奮や喜びしか考えてなかったし。仲間たちと別れる、そう考えると旅はとても悲しいものなのかもしれない。でもきっと帰って来た時の嬉しさもあるだろう。しかもボクには旅の同伴者が二人もいるしね。しかも一人は恋人。まるで恋の逃避行のようだ。


「……も、もうた、旅立つんだね……」


 ボクの熟考を見てか、ザイクがつぶやいた。感傷を帯びたその言葉に、ボクは少し下を向いた。


「きっと旅は楽しいぞ!」


 瞬間、ミースの声が体内に響き渡った。うん、そうだよね。旅はきっと楽しい。楽しくなくても、仲間がいる。故郷の友人も待ってる、はず。何も辛いことがすべてじゃないよね。


「うん。そうだよね。旅は、きっと楽しいよ」


 ボクの言葉にザイクがはにかむようにして笑った。うーん、最近は気を遣われてばっかだなあ。


「おいしいものも食べたいぞ」


 ミースがにぱーっと口をあけてほほ笑む。ミースは夢が大きいけど、今回はずいぶん欲望が溢れてる。この間食べたバード料理を気に入ってくれたのかな。勧めておよかった。


「と、特にな、ないかな」


 本当に困ったようにザイクが言う。


「ザイクには修行しなきゃならないっていう宿題があるよね?」


 全く。彼女は直接言っていたようなのにザイクがこの場で告げてくれないとは。


「あ、あはは。そ、そうだね」


 まあ、わかってくれているようだし大丈夫だろう。


「それにしても、これまで色々な事がありすぎたよね」


 ボクはしゃべる。正直ここまで謎の力で旅立ちを妨害されると思っていなかった。


「龍とか蛮族とかな」


「た、確かにそ、そうだね」


 その分たっぷり休養もとったから身体は疲れてない。ちょっと精神は疲弊してるかもしれないけど。


「これからもこんなことばっかなのかな」


「……そ、それは流石に疲れるぞ?」


「き、きっとない……はず」


 とりあえず生きることを最も重要として過ごそう。


 さて、見送りにきた人たちとは別れの挨拶を交わした。そろそろ旅立とうかな。誰か忘れてる気がするけど、多分気のせいだろう。


 ボクは、二人と視線を交えた。


「行こう」


「ああ!」


「お、おー!」


 ボクは今まで暮らしてきた学園都市に背を向けた。世界を見て回りたい。その願いを果たすために、ボクは旅に出る。少しだけ不幸体質なボクだけど、多分旅は幸せなものだろう。転生者でもあるみたいだけど、そんなことは関係ない。これからはただ、ほのぼのと旅をしよう。


 これは血濡れなボクと、その仲間たちがつ――


「ウィズーーっ!!」


 ……え?


「ウィズ! 次会う時はもっと強くなっているのですよ! その時はまた打ちのめしてあげますからねー!」


 ししょーがボクに向けて叫んでいた。艶のある長い黒髪を振り乱して、楽しげに。そして、何かを思い出したように腰に差した剣をボクに投げつける。


 結構な速度で飛来してきたソレを、何とか受け止める。……綺麗な剣だ。前世で見た刀のように細く、鈍く光る刀身が美しい一振りだ。刀剣類には全くの素人なボクでも、この業物の凄さが理解できる。


「それは餞別ですよ! 上手に使ってあげてくださいね!」


 相変わらずの離れた距離で、ししょーは高らかに叫ぶ。ししょー、忘れていてごめんなさい。そして、ありがとう。


「ししょー! 楽しかったです! 今までありがとうございました!」


 ボクも、ししょーに負けずと叫んだ。全身全霊で、一生分のお礼をこめて。思えば訓練と称してセクハラばかりされていた気がするけど、実際戦闘でも役にたっていたと思うし、ししょーを無意識のうちに軽蔑していただけなのかもしれない。もし次会ったら、思い込むなんてしないで素直に、心のままに接してみよう。


「ウィズぅー!」


 ししょーが、跳んできた。不意をつかれたボクは固まった。


 え。いい感じで別れの言葉を告げられたと思ったのにいったいなんだろう。気楽にそんなことを考えながら、ボクは身体を動かせずにいた。


 ししょーの手が、ボクに触れる。と同時にししょーの顔が迫ってくる……っ!?


 え、え。そ、そういうことなの!? い、いやでもボクはミースにしかそういうことはしないから何とかして避けないとってもう距離的に回避ができない。こ、ここはなんとか身体をそらして――


「えいっ」


 ミースが割り込んできた。ししょーの唇が、ミースの頬と接した。


「――!?」


 ししょーの顔が驚愕に染められてその場から脱する。


「ふっ」


 どこか自慢げにしつつも、ボクにくっついてくるミース。悔しそうに顔をゆがめるししょー。


「あ、ありがとう……」


「これくらい当然だ。私もウィズを守れるのだ。なぜなら私は、君の人生のパートナーなのだから」


 ししょーは地面に膝をつけて倒れ伏した。そうしつつも、顔には笑みが浮かんでいるように感じられる。マゾとかそういうわけではなくて、策略が上手く言ったようにしているというか。……もしかして今までの行動は全て計算済みだった……!?


 いや、ないな。自分で言うのもあれだけどししょーボクのこと大好きだし。


「バイバイ、ザイク」


 ふと横を見ると虎マスクがザイクにすり寄っていた。困ったようにしているザイクに触れている。


 やっぱり別れは誰だって寂しいよね。きれいさっぱりわかれるってすごく悲しいと思う。


 気付いたら、都市の入口の周りは、ボクたちの知り合いで賑やかしくなっていた。学園での友達、ただの知り合い、ボクを男だと知りながら告白してきた男、同性愛好きな女、クールぶった普通のクラスメイト。


 誰もが、ボクたちを見送りに来ていた。思わずボクは涙ぐんでしまう。……こんなの前世でもなかったな。だって前世の最後は処刑だしね。誰とも会えずにひっそりとした場所で殺された。


 でも、今回は孤独じゃない。しかも、終わりじゃない。うん、とっても幸せだ。生きてて、良かった。


「また……また!」


 この想いを伝えるのにはボクの語彙が足りなすぎる。だから、叫ぶ。


「またね!」


 たった三文字だけど、言い切れたことに対する充足感が身体を満たす。みんなが、思い思いに騒ぎ立てて言葉を返す。こぼれた笑みを手で隠して、ザイクとミースに近づいて、言う。


「さあ、旅に出よう」


 今ボクらは旅への一歩を踏み出した。


 いってきますの囁きとともに。


 


 これは、血濡れなボクと、その仲間たちが創るちょっとだけおかしい物語。


 旅の行く末は全く分からない。


 でも、多分ボクらは旅を続けるだろう。


 この世界で生き続けるボクは、絶対に止まらない。


 そう、進み続ける。


 さあ、旅に出よう。




 出血多忙な旅人たちと。

ご愛読ありがとうございました。

一年と八か月ほど紡がれた物語を完結させられて、本当にうれしいです。

無事、完結まで辿りつけたのは関わってくれた方の力があります。


本当に、ありがとうございました。

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