第二十三話 『寝起きと備え』
もうすぐ最終回です。
一年半をこえる長いお付き合いの方も、初めての方も。
最後まで見守っていただけると幸いです。
「その選択、いつか後悔するぞ?」
「そのうちお前は力尽きる。彼女はそれでいいのか?」
「その呪われたからだ……」
いつかそのうち、先のことをぐちぐちと、つまらない言葉の連なりはめんどくさいだけだね。
「穢れた血を身体に秘めて」
いや、穢れてないと思うんだけど。
「一歩踏み出した代償は重く」
痛み倍化のスキルのことかな。なんで倍加じゃないんだろう。
「操れない己の一部」
これはボクも不便に感じてる。よく血を操っているシーンとか見た覚えがあるけど、ボクの場合は噴出した地はそのまま血の糧にもならず乾いていくだけだし。実はちょっともったいないとは思ってる。一応操れるスキルがあるといえばあるみたいだけど、ボクはまだ死にたくないしな。
「それでも君は――」
ん? 君? なんかこの声どこかで聞いたことがあるような気が……
「あれ?」
気付くと、布団の中にいた。隣のぬくもりの正体はミースらしい。可愛らしく、すぴーすぴーという寝息を立てて瞳を閉じている。呼吸のたびに軽く上下する胸元に、寝顔。すごく可愛らしい。長い黒の髪は背中に流されているようだ。寝間着もミースの見た目にマッチしていて、何というか、妹が出来たように感じる。一緒に寝ていることが犯罪っぽい。でもこっちの世界はそういった行為に対する明確な規律はなかったような気もするし、大丈夫……じゃなくて、これは合法だし同意の上だし。
少し、テンパっていたようだ。軽く頭を振って、上体を起こす。と、同時にミースのうめく声も聞こえた。んー、すごくかまってあげたい。でも、先に身だしなみを整えて旅、行こうなんて突然言ってびっくりさせてみたいしな。とりあえず、布団から出よう。
「うぃー……ずぅ……」
やっぱ出ない。布団の中に戻ってミースをぎゅーっと抱きしめる。あー、幸せ。こっちで生きられて最高だなあ。いや、元の世界も楽しかったと言えば楽しかったけど、ただ単にこちらの方が楽しいってだけだけどね。
布団の中で、収納空間から板を取り出す。
「ほいっと」
部屋の扉に向かって、投げる。
「うわー」
棒読み風味な驚く声が聞こえた。誰かいるな、と思ったらその通りだった。案外勘も侮れないものだね。
「どうしたのさ」
ミースを起こさないように小声で、扉の外に呼びかける。多分ザイクか虎マスクだろう。
「いやー、良く寝てるから声をかけづらくてね」
そういって、虎マスクは笑う。隣にザイクがいるのも見える。果たして虎マスクの言っていることは本当だろうか。真実は顔をしっかり見てもわからないだろう。だってかめんをつけているしね。わりと心を読むのは得意だと思ってるけど、表情が見えないのはわかりづらい。
「じゃあしょうがないね」
ボクもそう言って、笑う。にっこりと、大きく口をあけて。というか、さっきからザイクがいるのはわかっているのに一言も言葉を発さない。よくあることなのに、なぜか不安になる。
「ん……」
ミースがうめき声を上げる。どうやら、目が覚めたようだ。ミースに駆け寄って、顔の正面に構える。これでミースの目が覚めた時に映る光景はボクの顔だろう。ふふ、驚くかな。
そんなボクを虎マスクとザイクはジトーッとした目で眺めている。
「……っ!?」
正直、驚いてくれて嬉しい気持ちと昔みたいにキャっていうのかなって思いが入り乱れていて自分がよくわからない。そういえば、いつからこんな口調になったんだっけな。少し昔に、想いを馳せるいつの間にか変わっていたミースに、不安だった自分をふと思い出した。あのころはまだ、地球の記憶を持っていなかった。その時からミースのことが好きなのは変わらない。でも、その時はミースが振り向いてくれるか不安で、怖くて、苦悶に押しつぶされそうだった。
「うぃ、ウィズ!?」
その時はいっつもミースの笑顔に癒されていたような気がする。やっぱり好きになるべくしてなったんだな。考えすぎるとあんまりよくないけど、一つ寝るときによく考えることがある。今までのウィズと、地球の記憶があるウィズは同一人物といっていいのか。
そうでなければ、ボクは一人の純粋な少年の人生をうばってしまったような気がする。
「な、なんでこ、ここに!?」
でも、不思議と思う。ミースで繋がっているボクたちは元から同じ存在であったんじゃないかな、と。確かに別の人物のはずなのに。それでも何故か違う存在ではない、そう思える。いうなれば、今までのウィズは、記憶を封印されていた自分である。その方が近いんじゃないかな。
「……ウィズ」
驚かした側が心配されてしまった。……うん、ちょっとすっきりした。
「ふふっ。びっくりした?」
「……ああ。目が覚めたらウィズが目の前にいるなんて想像もしなかったからな」
ボクらをニヤニヤと笑う虎マスクとザイクを普段なら言及しているけど、今回は許す。
「お二人さん、着替えたらどうです?」
言われてみて自分の服装を確認する。寝間着。
……恥ずかしい。【場面】撮られてないといいな。やっぱり二人許さない。特にミースの寝間着を見たのは同性(未確定)の虎マスクでも許さない。
ミースも赤くなって布団の中に隠れてる。赤らんだ顔が見えていて可愛い。
着替えも終わり、準備をすることにした。なぜなら、突然やってきたミースの父に
「ウィズ君。もう、大丈夫だ。君はもう、旅に出られる」
と言われたからだ。涙交じりの声に驚いたよく考えてみると、娘が数年間いなくなると考えるとそりゃ泣くよね。ボクの親も悲しんでくれてたようだし。
「娘を絶対に守れ」
当然。それができなくては旅になんて出られない。ボクの我が儘で始まったことだ。責任は全てボクが持たなければ。……こんなこといったら少し前ミースに怒られたなあ。私もいる! って。あー、背負いすぎると心配されちゃうな。気をつけよう。
「任せてください」
ボクが堂々と宣言すると、ミースの父……お父さんは泣きながらどこかに去って行った。失礼ながら、親バカなのによくこらえたと思う。でも抱き着きたくなる気持ちは大いに同意できる。
と、こんな感じのやり取りがあり、旅に出ることを思い出したのだ。いや、流石に心から忘れていたわけではないけど、少々拒否の気もあったような。それにしても、旅。その言葉を聞くと、不思議な魅力に溺れたくなる。もともと地球にいただろうか。どうしようもなく広いこの世界を視て回りたくなった。といっても、それからの目標は、ない。この世界は、人生をかけても回り切ることができるかわからない。だから、故郷に帰る時間以外をすべて懸けて、世界を回ってみる。決めるのはそれからでも遅くない。
人生を放浪にささげるようなものだ。……実はみんなにはついてきてほしくなかった。寂しいのは確かに嫌だけど、ボクのためなんかに人生を懸けないでほしかった。ただ、決断はみんなに任せた。そこから先は、ボクは知らない、決めない。人の決断を乱すのは嫌いだ。ボクが勝手なのか心配だけど。
「増血剤は幾つほどいるだろうか」
ミースが、アイテム屋の商品を手に取って尋ねる。……最近ボクは考え事をしすぎじゃないかな。闘いの後で壊れぎみなのか、いよいよ旅に出られるから無意識に身体が弾んでいるのか。
「とりあえずは五個でいいと思うよ。たくさん買いすぎても使用期限が気になるからね」
「そうだな。……回復薬はこのくらいか」
ミースは自分に問いかけるようにして、お目当ての品を定めていく。紅さんとの戦いで町の仲間たちにアイテムを結構使っちゃったみたいだから、そこそこ不足しているみたいだけど、それでもボクたちの必要としている分は揃う。流石は昔からのアイテム屋。万事の際の対応もきちんとしている。
アイテム屋を出たボクたちは武器の専門店に向かった。年代物らしい扉をゆっくりと開き、店内に入る。紅さんと戦う日の前を思い出した。あの時はミースから逃げていたな。
いや、まずは矢を買い足しておこう。備えてあるのはほぼすべて使い切ってしまったからね。
矢を何本も買うのは非常にお金がかかる。だから、それに比例して時間もかかる。事前にミースに時間がかかる、と伝えておいたがやっぱりミースは飽きてしまったようで、今は店内を物色していた。何かいいものがあるたび、ボクに見せてくる。子供の行動そのままでかわいい。
「ウィズ! 蛇矢だぞ!」
蛇……矢? ボクには意味がわからなかった。思わず選別していた手をとめると、ミースの手には蛇の牙をかたどった矢が握られていた。先には毒が塗られているようだ。Pが余っていたら買おう、うん。
「ウィズ! きゅーぴっどの矢だぞ!」
「ボクたちはもう結ばれてるでしょ?」
反射的に返してしまった。
お互いに真っ赤になってその場に俯いてしまった。ああ、ボクにも羞恥心があったのか。でも、こんなことで実感したくなかったな。
その後、無事装備は揃い、集合場所である学園都市の入口にボクたちは歩き出した。




