第十九話 『何か来た』
お久しぶりです。
また短くて申し訳ないです。
「そういえばさ、君の名前はなんていうの?」
「私、ですか?」
「うん、君しかいないよ。ちなみにボクはネルスト・ウィスタリアっていうんだ。気軽にウィズって呼んでね。で、こっちが」
「ウィズの彼女のルフエル・ミースだ!」
ミースが元気に自己紹介をする。
「私はカルラといいます。ファミリーネームはありません」
ファミリーネームがないってことは……いや、考えないでおこう。
「ウィズ様とミース様は恋人なのですか?」
……また急に突飛な話をふってきたね。まあ、これは普通に答えられる問いだからいいけどさ。
「うん。恋人だよ」
そういってニコッとほほ笑んでみた。こういうのは素直になるのが一番だと思うしね。
「か、【家事】スキルは持っているか?」
唐突に、ミースがそんなことを言い始めた。確かにメイドになるためには【家事】スキルが必要だけど、今までの話の流れからすると、話題を変えたかったようにしか思えない。もしかして、恋人という言葉を聞いて恥ずかしく思ったのかな? ……かわいいやつめ。
「……いえ。何も持っていません」
何も、という点に違和感を感じるかもしれないけど、実はそれで合っている。なぜなら、【家事】スキルは一番初歩的とも言っていい『複合スキル』だからだ。【家事】スキルは、【洗濯】【料理】【掃除】スキルをある程度まで上げると使えるようになる。ちなみにボクは【掃除】スキルだけを持っている。家事全般はどれも一応はできるんだけど、あくまで一般的なので、スキルは取得できていない。取得するには通常以上の腕前を磨かなければいけないからね。
【家事】スキルを習得するには、ひたすら家事を経験するしかない。でも、習得までにかかる時間は人それぞれで、一週間くらいで習得できる人もいれば、一年以上かかってやっと習得する人もいる。
「一応聞いておくが、【家事】スキルを教わるあてはあるか?」
申し訳なさそうにミースが訊いた。その問いにカルラは首を横に振った。
「じゃあ、それはこっちで適当に探しておくぞ」
ミースの言葉に一瞬だけ人脈なんてあったかな、と思ったけどすぐにミースの家のことを思い出し、納得した。ミースの親は、簡単に言えば医者だ。金銭的な面でも、立場的にも恵まれている。その立場に甘えないミースもすごいと思うけどね。
「ありがとうございます」
カルラは腰を折り、丁寧なお辞儀をした。
「今持ってるスキルって何があるかな?」
ボクは横から口出しをした。
「そうですね……【跳躍】【斬撃・速】【斬撃・潰】【暗器】【隠密】戦闘系ばかりですね……やはり私はメイドに向いていないですね」
何かどうやってネガティブな展開になりそうなんだけど。でも、さ。
「戦闘系のスキルはいくらあっても困らないじゃん。戦うメイドさんとか格好いいし、割とよくあるしさ。【隠密】だって主の脇で待機しているときに使えば、いつでもどこからでも参上するメイドさんになれんじゃん?」
「……確かにそうですね」
「発想の転換。これがなきゃ人生悪い事ばっかだよ」
「まるで実際に経験したような言い様ですね。っと、失礼いたしました」
「毒舌メイドさんにでもなればいいんじゃないかな」
「……まさか……いや、いいかも……」
え。この人本気で考え込んじゃってるよ。自分で言ったとはいえ、カルラの将来が心配になる。まあ、本人の性格からするに、きっと悪い未来にはならないと思う。
ボクだってこうして生きているわけだしね。
「何なんだあいつらは……」
ミースが言葉をこぼした。ひと段落した話を置いて、ボクとカルラはミースの見ていた方に目を向けた。
そこにはザイクと虎マスクがいた。
「やっほー!」
ボクたちに気付いた虎マスクが大きく手を振って、こっちに駆け寄ってくる。
「……?」
横ではカルラが口をひきつらせて、首を傾げていた。うん、普通そういう反応だよね。ボクたちは慣れてしまっているけど、虎マスクを被ってる女性らしき人物って怖いし不思議だよね。というかよく引かなかったね。今考えてみると、眼前から虎マスクを被った人間が近づいてくるって泣いてもいいんじゃないかな。
「泊まりにきちゃった!」
「はあ?」
衝撃的な発言に、ミースはそう言葉を返していた。ボクもそう言いたい気分だったけど、奥からザイクが申し訳なさそうな顔で来るのを見ると、そんな気も失せた。
「……あの方、とても心配そうな顔をしていらっしゃいますが、大丈夫でしょうか」
カルラはボクに囁いた。確かにザイクの顔は普段から申し訳なさそうな顔をしている。だからこういったときはこっちまで悲しい気分になるというか。でも、場合によってはザイクが無表情のつもりでいても周りには申し訳なさそうに思ってるようにみられるから得というか、何というか。
「大丈夫。いつもあんな感じだから」
「いつも……ですか。何か重大な悩み事でもあるのでは……」
「いや、なにか考えているわけじゃなくてさ。昔からあの顔なんだよね。ちょっと色々あって、さ」
「そうなのですか……」
ボクの意味深な言葉に何かを察したのか、カルラは黙りこくってしまった。まあ、特に何もないんだけどさ。
「で、どうしたの? ザイク?」
「え、えっとね。シェ、シェスがたまたまミースのお母さんに会って何かを言われて……」
ザイクの話を要約すると、虎マスクがミースのお母さんに何か吹き込まれて、ミースの家に泊まるように言われたらしい。それで、ミースのお母さんとミースのお父さんは家を空けるからよろしく、とのことらしい。
いや、よろしくってどういう意味だよ。そもそもミースのお母さんは何を言ったんだ。虎マスクがこんなに興奮しているところなんてザイク関係でしか見たことがないし、お泊り会なんてしようとも思えない。……ん? ザイク関係。……ザイクは虎マスクのことをシェス、と愛称で呼んだ。今までボクたちの前でその名前で彼女を呼んだことはない。つまり、二人の関係性は前と変わったということかな? でも、婚約までしている二人の関係性が変わることって。あと何か愛情を伝える行為は……
あ。
……うん、考えないでおこう。ボクたちも人のことは言えないしね。
「――わかった」
「じゃあ、そういうことでよろしくねっ!」
気付くと、ミースと虎マスクが話を終えていた。どういう会話が行われたのか全くわからないけど、その内容がボクとザイクにとっていいものでないことが二人の表情からわかる。
っていうか虎マスクの怪しげな雰囲気と、どこか呑まれたようなミースがいいわけない。確実に嫌なことが起きる。
「あのー。私はどうすればいいでしょうか」
控えめにそう言うと、カルラはボクとミースの顔を見比べた。
「「あ」」
ボクとミースは顔を見合わせた。




