第十二話 『バードの丸焼き』
「あ、ありがとな……」
さて、食べようか。いつの間にかテーブルに置かれていたバードの丸焼きを見て、ボクは思った。少し、バードを観察してみようか。全体的に火が通っていて、油が滴って光っている皮の中央に一本、大きく太い骨が刺さっていた。表面に薄く塗られたタレが香ばしい香りを漂わせている。それは今にもかぶりつきたいほどだった。
喜ばしいことに、それが二つもある。
「じゃあ、食べる?」
ミースはボクの言葉に下げていた顔を上げた。そしてその視線がバードの丸焼きをとらえた。そのまましばらく視線を外さなかったけど、代わりに小さくボクに訊いた。
「食べて……いいか?」
どうやらミースもこの料理に魅了されたようだ。まあ、こんなにおいしそうな料理を見たらかぶりつきたくなるよね。ボクも初めて来た時は周りの目を気にもせずに、丸かじりして、骨についていた少しの肉もむしゃぶりつくしたなあ。食べ終えてから冷静になってふと、周りを見たらいい食べっぷりだ、とか、よく食べるお嬢さんだな、なんて言われてしまったんだよね。
それから色々と気に入られたわけだけど。
まあ、そんなことはどうでもよく……はないけど今は気にすることじゃないよね。
「いただきます」
「はい、いただきます」
ミースの言葉に合わせてボクは思わずほほ笑みながら言った。ちなみにこの挨拶は、その昔、どこからか現れた変な人物が伝えたどこかの国の伝統らしい。
思いっきり元の世界の文化だよね。これから考えられることは、異世界転移や異世界転生が今までにもあったということだね。
でもその人物についての情報はほとんど一般には回っていないし、何かを成し遂げたわけではない。だからなんの意味もない情報なんだよね。
ボクがそんなしょうもないことを考えている間に、ミースは大口を開けてバードの丸焼きにかぶりついていた。その小さな口に収まった肉は少なかったが、見事とも言えるミースの食べっぷりに店中の客が湧いた。
称賛を浴びたミースは不思議そうに首をひねったが、すぐにバードの丸焼きを食しにかかった。
ミースのおいしそうに食べる姿に、ボクは空腹でうずくおなかを抑えた。ああ、おなかすいた。さて、ボクも食べようかな。
大口を開けているミースを横目に入れながら、近くの坑道からとれた鉄を原料として加工されたナイフを使い、ボクはバードの丸焼きを口に運び始めた。
うん、やっぱりおいしい。何回食べてもおいしい。適度に反発する肉感のある皮に、油が強すぎない中身。ボクの好みのストライクゾーンにぴったり入っている。
しばし、無言で手と口を動かすだけの幸せな作業が続いた。しかし、そんな私服な時間は長くは続かないわけで。
ミースとボクの頼んだバードの丸焼きは残り一口となっていた。ミースを盗み見ると、ミースもこちらをちらちらとうかがっていた。もう一回食べたいところだけど、そこまでボクの胃袋は広くない。よってこの一口が最後となるわけだ。
ボクは一気にバードの丸焼きを口に入れた。最後まで飽きさせないその味付けに感謝しながら、ゆっくりと咀嚼した。最後のひとかけらも残さず、味わうように。
口の中から食べ物が消えて少しの時間が経った。ボクとミースの視線があい、同時に言った。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様、おいしかったな!」
ミースの健気で純粋な言葉に店の人たちも笑顔を浮かべてくれていた。その噓偽りない言葉に、ミースをこの店に案内したボクもちょっとだけ、嬉しくなった。こう観察してみると、ミースが人気者の理由がわかる。なぜか、それは簡単だ。だってミースは穢れのない真っ白な絹の布のように清く純粋だからね。
噓をつかない素直な子。こんな素晴らしい子は世界にそうたくさんはいないだろう。だからこそ余計にミースが――愛らしく感じる。まあ、ずっと幸せを噛みしめているなら、目の前の現実を見据えて、その幸せを感じないとね。
店の奥にいた友人の親に、声をかけた。
「何か持ち帰ることが出来るものってありますか?」
ボクの友人によく似た凡庸な顔の主人は唸った。材料がないのか、単純に思い出しているのか。けど、なにか持ち帰れる料理を彼が作れる、という事実は間違っていないと思う。友人が言ってたし。これで違ったら友人を痛めつけることにしよう。
「すまない、少しばかり時間をもらうな」
彼は申し訳そうな顔をして、厨房へと去っていった。ミースは僕が彼に声をかけたことに対して不思議に思っているような目をしていた。なので、ボクは端的に言った。
「ザイク達へのお土産」
「ああ、……そうだったな」
ボクの言葉にミースは納得したようで、うなずいた。さて、お土産となるものは出てくるかな? しばらく待っていると、ボクの友人が厨房から出てきた。
「よっ」
左手を軽く挙げながら彼が声をかけてきた。
「どうしたの?」
彼がこの場所にいることに疑問を持ったボクはそう訊いた。ボクの言葉に、彼は耳の裏をかきながら言った。
「今材料がないから、親父が買い付けにいってるんだ。だから、少々待たせることになる。ということで、そうだな……二時間ほど時間をもらえるか? そうすれば頬が蕩けそうになるほどおいしいものを俺たちで作ってやるから」
えっと、つまり二時間ほど待ってくれ、というわけか。まあ、材料がないってことはしょうがないか。と、いうかな。逆に考えてみると、持ち帰り用の品はバード関係ではない可能性が高いな。バードに何らかの調理をする料理なら、今ボクたちに品を提供する余りはあるわけだ。現にボクの周りのお客さんたちはバードの丸焼きをおいしそうに食べている。だから、バードではない人気または希少な品、ということなのかな。
まあ、それはできてからのお楽しみということにしておこう。ミースを一瞥したボクは、彼にこう言って店を出た。
「三人分、その品を頼むよ」
なぜ三人分かって? それは簡単だ。ミースとボクで半分にして食べるからだよ! ここ大事。ボクはミースの手を握った。そして気付いた。
あと二時間、どうしようか。
「どうする、ミース?」
途方に暮れる、まではいかないけど時間つぶしに困ったボクはミースに声をかけた。ミースはうーん、と可愛らしく唸りながら左上を見上げた。どうやら何をするかを考えてくれているらしい。そしてあ、と言った。
顔を赤くしながらも、ミースは口をパクパクして必死に何かを伝えようとしてくれていた。なんだろうか。でも、ボクはミースの考えていることをわからない、だからいーすが伝えてくれるのをゆっくりと待った。そしてミースが口を開いた。
「私の家で休憩しないか?」
……別に恥ずかしがるほどのことではないのでは? そんな疑問が頭の中を駆け巡ったが、気にしないことにした。ボクは軽い気持ちでいいよ、と口を開こうとした。
いや……待てよ。ふと身体をくすぐった感覚にボクは気付いた。ただ単純に家で休んだりいつものように遊んだりするだけなのか? もしかしたらお花畑関係かもしれないぞ。そうだとしたらミースの態度もわかる。いや、考えすぎかな。とりあえず当たり障りのない返事を返しておこう。
「うん、いいよ」
ボクの言葉に、緊張した面持ちをしたミースは言った。
「じゃ、じゃあ……行こうか」
な、なんか……ものすごく重要な任務に今から挑むようなそんな感じなんだけど、おかしいな。これから何が待ち受けているんだろう。まあ、お花畑関係は選択肢に入れていないけどね。と、いうか自意識過剰になりたくない。
それは置いといておこう。思考を現実に戻したボクは、ミースと手をつないだまま、商店街の入り口に向かった。
「あっ」
「あ?」
目があった。その相手は早朝の商店街で出会った蛮族たちだった。って、こいつらいつまでこんな場所にいるつもりだよ。何時間経ったと思ってるんだろう。こちらにガンを飛ばしてきた彼らにボクは――逃げた。正確に言えば距離をとって状況を打開するための手段を探し始めた。
「どうする?」
ボクが訊く前にミースが冷静な面持ちで声をかけた。返答に困ったボクは、とりあえずスキルを発動させた。
「【血液循環】【収納】」
血液のめぐりを良くし、収納していた弓矢を取り出した。さて、敵は四人。朝見たときとメンバーは変わっていなく、軽く倒せそうだ。でも、どんなスキルを持っているかは全くの不明。
「お、落ち着いてくれ、ウィズ。そのスキルって戦う気満々じゃないか!?」
ミースは慌ててボクにすがりついてきた。あ、つい反射で行動してしまったな。悪い反射ではないけど、この場面で使う反射ではない。落ち着け、ボクのせきずい。
あ、いい事思いついた。すごく単純だけどいけそうな案。
「ちょっと待っててね」
ボクはそう告げて近くの曲がり角まで走った。
「待てやゴラアァ! そこのチビとお姉さんよぉ!」
やっぱやめた。蛮族たちをつぶそう。
と、以前のボクは思っていただろう。だけど、今のボクは機嫌がいい。だからこの程度の罵倒ならまだ許せるのだ。いや、許すわけではないか。我慢が出来るという方が適切かな。
ボクは弓矢をセットし、物陰に隠れながらこっそり、山なりに撃った。蛮族たちの背後に。弓矢の落ちる音がし、蛮族たちが気を取られた、その瞬間にボクはスキルを発動した。
「【空気化】」
蛮族たちの横を何気なく通りぬく。無事にボクたちはここを脱出することが出来た。もうしぐ家に着く、と言うあたりでどこからか悲鳴が聞こえてきたような気がするけど、きっと気のせいだろう。それが先ほどの蛮族の声に似ていたのもきっと――気のせい、だろう。
そう、今までの部分を読み返してみたんだ。
酷い、その一言に尽きる。
でもあまり気にしていると先に進まない。だから申し訳ありませんが、このまま次話投稿に意識を置きます。
前よりアクセス数があきらかに増えていて嬉しいです。




