第十話 『黒歴史と場面と』
早朝の商店街にはもばらではあるが、人がいて、店もいくつか開いていた。
これでどの店も開いていない、なんて場合だったら困ったんだけど、良かった。
こんな早朝の商店街に来るのは初めてだからか、見慣れたはずの商店街も新鮮に感じるなあ。
「意外と開いてる店が多いな」
どうやらミースも同じことを思っていたようだ。奇遇だね。
「うん」
ボクはそう答えた。
恋人と意見が同じ。これだけで嬉しい。
前世でも同じだったこの感じ、こればかりは付き合ったことがない人にはわからないと思う。
まあ、そんなことはおいといて。
「まずは朝ご飯を食べようか」
「あ」
どうやらミースは忘れていたようだ。と、なるとPを十分に貯めてないかもな。この機会だし、ボクが奢ろうかな。
「今日は私がPを払うぞ! では私の知っている店に案内するぞ!」
ミースはピョンピョンと跳びはねながら元気に言った。
ミースの知っている店、かあ。気になるからそこはミースに任せようか。でも……
「Pはボクが払うよ」
ボクは断腸の思いで言葉を放った。しかし、すぐに後悔した。少しカッコつけすぎちゃったかな。
ミースを見つめると、ミースは妥協案を提案した。
「割り勘でどうだ?」
「すみません、お願いします」
その魅力的な提案に思わず頭を下げてしまっていた。
ボクの行動にミースは声を出して笑っていた。
うん、これからカッコつけるのはやめておこう。
「じゃあ、案内お願いね」
「ああ!」
ミースの幼い声が早朝の商店街に響いた。先程の不良たちの位置までは届かないほどだったから厄介ごとの心配はない。
さて、Pとは何か、という話をしよう。
Pとは地球で言うお金のようなものだ。Pは非常に便利な通貨だ。多分この世界でP以外の通貨はない。だから世界のお金に対する価値観は共同であり、差異はないと言っていい。
価値観の相違でもめることはない。これは地球における海外への旅行に必要な手段のひとつを減らしたことにもなる。
Pを貯める方法は主に二つある。
ひとつ目は最も一般的なもので、商品の売買や、買い取り。依頼の報酬なので地道に貯める方法だ。商人の大半はこの方法でPを貯めている。
二つ目は、「行動」だ。これは具体的な方法が示されていない方法だ。その中でも簡単な行動、それは「外敵、害獣」を倒すことだ。人々から脅威と認識されているもの、つまり「魔物や魔獣」(モンスター)を討伐することだ。討伐以外で一般的な貯め方、それは「善い行い」をすることだ。これは確認されている中でも不確定である要素である。
まあ、簡単に言っちゃえば「善事」をしろってことだ。
そのほかにも方法はあるらしいのだが、詳しくはわからないということで言及されていない。
ただし、Pは目に見えない。
Pがどのくらいあるか、つまり量は伝え合えば理解できるようになる。自分が今Pをどれほど所持しているかを知るには、脳内でPに関することを考えればよい。ただ緊迫した状況においては表示されにくくなる可能性もある。
「着いたぞー」
ミースはボクの顔を覗き込んで言った。……気付かなかった。思考の海に沈んでいたね、ボク。彼女を気にかけないでどうするんだよ。
しかし、ミースは気にしてないのか、ボクの手を取って店へと導いてくれた。その店の外観を見た瞬間、ボクは思った。
これ、男が入れるような店じゃなくない?
ピンクを基調としたファンタジックなカフェ。この店を表すにはそうとしか言いようがなかった。入口こそは木で造られている、レトロな扉ではあったけど。
ボクが呆然としている間にも、どこからかやってきた二人の女性が談笑しながら店に入っていった。
「女性人気ナンバーワンのお店って本当にここなのかしら?」
「そうらしいわよ。値段もお手頃で、女子が好きなスイーツを揃えているみたいだし」
「いいわねー。じゃあ入りましょうか」
「ええ」
女性人気ナンバーワン、ね。
余計入りづらくなっちゃったな。まあ、ボクの容姿から考えれば誤魔化せるかな? いや、ミースとのデートという男女の行いを偽装していいのか? 絶対に駄目だね。よし、決めた。
店員さんに女性二名、ご案内です! みたいなことを言われたらボクは男です、ってかわいらしく主張しよう。
「よし、行こうか!」
「あ、ああ」
ボクは笑顔で言った。何故かミースに引かれてしまったが。ま、まあ気にしないようにしないと。
扉を開くとそこはいたって普通の店であった。よ、よかった。
目の前に入ったのは、俗に執事服と呼ばれるであろうそれを着ている女性だった。
実際には白いシャツの上に黒革の服を着て、さらに同じ生地のズボンを穿いて白い絹の手袋を身に着けているだけだが。
つまり、男装だった。
「お客様をご案内します。女性二名でよろしいですか?」
あまりの光景にボクはその問いに答えられず、呆然としていた。隣でミースが頷いている様子が見えたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
なんで執事服なの!? この世界にそんな文化、嗜好があるなんて知らなかったんだけどな。まさかこの世界に転生やトリップをした人がほかにもいるのかな。
だいぶ特殊な性癖ですね、もしこの格好を考えた人にあったらボクはそう伝えたい。
気付いたら、店を出ていた。
確かに食べ物はおいしかったし、スイーツも甘すぎなくていい味付けだった。Pもヤツを攻撃してたんまりと稼いだし。
でも、ボクは男だ、と意地っ張りな女の子のようなことを言ったらコスプレをさせられたんだ。男だからそこまで恥ずかしくなかったけど、ボクのプライドのようなものが砕かれたような気がしてね。
黒歴史、ということになる。ああ、出来る限りはやく忘れたい。
「――とっておこうか」
ミースがつぶやいた言葉は運悪く、ボクの耳に入ってしまった。
「やめなさい、消して」
反射的にボクはそう言った。
この黒歴史を残されるなんて耐えがたい苦痛だ。それこそ、痛み倍加されているくらいに。
「ウィズがそこまで慌てるなんてな。よし、じゃあみんなに見せるぞ!」
ボクの様子を見て笑ったミースはそんなことを言った。
え。そんなことされたら羞恥心が薄目のボクでも流石に堪えるよ。だからボクは辺りを気にせずにせず、叫んでしまった。
「絶対やめてっ!!」
ボクの剣幕に圧倒されたのかミースは動きを止めた。と、思ったら急に動き出した。
「あ、手が滑った」
と言って。
ま、まさか。さ、流石にないよ、ね。
「す、すまんウィズ。そ、その……」
顔を真っ青にして謝り始めるミース。何かを言い淀んでいるようだ。
いやいやいや。確かにミースは抜けているところがあるけど流石にボクが執事服を着たり、その他もろもろのコスプレをした【場面】を流失することはない、よね?
「ザイクに【場面】を渡してしまった……」
「えっ!? こ、殺せ!!」
あまりの混乱のあまり、ボクはそう叫んでしまった。
ちょ、これは本気でボクのプライドが崩れ落ちるってば。
いや、落ち着くんだ。こんなシーンでこそししょーの教えを思い出すんだ。
『クールに行きましょう、クールに』
よ、よし、落ち着いたぞ、多分。
……まずは状況を整理するんだ。
【場面】は自分の視界を保存することが出来るんだったよね、数秒だけど。元の世界で言う動画撮影のようなものだ。でも。このスキルを習得するにはそれなりの努力が必要なんだよね。さらに、同じスキルを持っていて本人たちが互いに『親友』と認め合ったら、互いに【場面】を送れる、そんな感じだったね。
そういえばあの時ミースはやけにボクを見つめていたな。
えっ、ま、まさかあれって……撮ってたの!? 反射的にミースの方を見た。
ミースは土下座をしようとしていた、って。
「お、落ち着いて! そこまで謝らなくていいから!」
口から出た言葉がミースの動きを止めた。
その顔がボクの視界に入った。
「うっ……ごめんウィズ……私がドジなせいであのような恥ずかしい写真を……」
その瞳には涙がたまっていて、今にも零れ落ちそうだった。
えっと、ま、まずは落ち着かせよう!
「泣いちゃダメだよ、ミース。たかがそんなことでボクは怒らないし、それはたまたまだったでしょ? だから……泣かないで、ね? 元気出してっ!」
嗚咽を漏らしていたミースはなんとか、ボクの言葉で落ち着いてくれたようだ。
ふう、よかったよかった。
……すごく頭を撫でてほしそうに見つめられたのだけどどうしようか。上目づかいで見上げられたボクは苦笑いをしながら、ミースの頭の上に手を置いた。ポンポン、と軽く手を動かすとミースは幸せそうに目を細めた。
すごくかわいいです、この娘。頭を撫でてみるとミースは顔を蕩けさせて軽くだけどボクに抱き着いてきた。
「おっと」
勢いをつけて飛び込んできたミースを軽い身のこなしで包んだ。こんな時に鍛えた身体能力が役に立つとは思わなかった。鍛えておいてよかった。決して無駄にはならなかった。
「えへへへへ」
ミースがニコニコと幸せそうに笑っていた。その言動は見た目相当と言ったらいいのかな。見た目と笑い方があっていて、いつものミースよりもさらに幼く、可愛く感じる。
さて、次はどこに向かおうかな。




