第九話 『答え』
「すまんな」
え? ま、まさか失敗した?
その幼い声はボクの心の奥深くに突き刺さった。思わず涙が出てしまいそうだったけど、こんなところで泣いてたらミースに迷惑をかけてしまうとなんとか踏みとどまった。
……しょうがない、かな。せっかちになったボクのバカ。
「私の方から言い出せなくて」
え? ミース? ボクはそれが嘘じゃないか、夢じゃないか、という可能性がないか頭を回転させ確かめていったが、どうやら嘘でも夢でもないらしい。
「私もウィズを愛してる。大好きだ」
え、え? ミ、ミースもボクのことを? ほ、本当に?
先ほど自分でこの現実が嘘でも夢でもないと確認したけど、その自分が信じられなかった。
それほどまでに、この現実が消えさせたくなかったのだ。
ミースは小さいからだと比例している大きさの控えめな口を開いて、言った。
「私と付き合ってくれ」
ボクはその言葉をきちんと聴いた。たまらなく、その幼い声が愛おしかった。すべてが、美しく見えた。
ミースの問いに対する答えは決まっているだろう。どこに否定の言葉を発する必要があるだろう。
まさか、ボクとミースが両想いだったなんて。
前世でも憧れていたが、実現することはないと思っていたシチュエーションであった。
「……ありがとう、ミース。返事は、ハイ、です」
ボクは嬉しさを噛みしめ、言葉を選びながら慎重に言葉を返した。
この幸せが自分の一言によって壊されないように、幸せを噛みしめるために。
ミースは口の両端を吊り上げて答えた。
「私も、だ」
こうしてボクたちは結ばれた。
その事実を噛みしめるとともに、心の奥に閉じ込めていた感情が溢れ出てきた。
「ど、どうしたんだ、ウィズ?」
身体をこちらに寄せ、なにかに怯えているような表情をしながらも尋ねるミース。
ボクは、泣いていた。
声こそは挙げなかったけど、しばらくミースに心配されながら、静かに泣いた。
泣き疲れて涙も枯れてしまった時に、ミースを見上げボクは言った。
「ミースと付き合えたのが、嬉しい。ボクを愛してくれて、ありがとう」
まだ付き合っているなんて言える状態じゃないけど、ボクは自分の思っていることを素直に伝えた。
愛してくれて、なんてキザな言葉を使った。だからこそ、伝わってくれた感情もあるはずだ。
ムードにつられてボクは感情を吐き出した。
「はは。どうしたんだ、急に開き直って。……な、なんて言いたいところだがな。わ、私も……同じ想いだ」
最初こそは笑って返したけど、ミースは後半にかけて声が小さくなっていき、顔を赤らめていった。
お互いに照れてきた。これは、どこかの初々しいラブラブなカップルみたいだね。いや、確かにボクらはその条件に当てはまってるけどさ。
そのミースが可愛くて、小さな身体をベッドの上に抱き寄せ、ボクから抱き着いた。
小さなミースはボクの腕の中にすっぽりとおさまった。
初めこそは驚いていたが、ボクの強い抱きしめが伝わったのか、途中からは身を預けてくれた。
女の子はいい匂いがする、という都市伝説は本当のようだ。ふんわりとした、優しく、それでいて甘いにおいがした。頭の上に手を置き、赤子を慰めるようにポンッ、と軽く頭をたたいた。
ミースの黒髪はサラサラだった。手で絡まっている髪の毛をほぐしていく。しかし、髪はきれいに整えられていて、指には引っかからなかった。
ボクたちは無言で、しばし抱き合った。
嬉しい。プラスの感情がボクの身体を駆け巡る。
生まれて二度目の告白と成功。
やっぱりいいものだね。
しばし時間が経ったところで、ボクは言った。
「デート、行く?」
かなり恥ずかしかったけど、言えばそれ以上のことが得られると思い、言った。
「あ、ああ」
顔を赤く染めらがらも、ミースは答えた。
ミースの顔は、どこまでも赤かった。よく見ると、耳の方まで赤に染まっていた。
自分は冷静に観察しているが、ふと、自分の頬を触ってみると、体温は上がっていることに気付いた。……どうやらボクの頬も赤く染まっていたらしい。
何をクールぶって観察していたのだろうか。そんな自分が急に恥ずかしくなった。
「じゃあ、着替えるね」
ボクはそう言い、近くにあった服を手に取りパジャマを脱ぎ始めた。
……ん? 何かしてはいけないことをしてしまったような。まあ、いいや。
「な、な! わ、私の目の前でき、着替えないでくれ!」
あ。ミースがいたっけ。まだ頭が働いていないらしいね、しっかりしないと。
ボクはミースの言葉を聞いたが、気にせず着替えた。
ミースが手で顔を隠しているけど、隙間から見えてるような、気にしないことにしよう。
ボクは、一旦下着姿になり、デートに来ていく服を着始めた。
慣れた手つきで服を着ていて思うけど、この体は不気味なほどに華奢だな。肩幅は女性並だし、筋肉もあまりついていない。筋トレはしていたんだけどな。筋肉が付きづらい体質なのかな。
まあ、戦闘でしっかりと動けているから効果はあるのだろう。
「もう終わったよー」
着替えが終わったので、目をふさいでいるミースに声をかけた。
恐る恐る手を顔からどけていくミースがどこかかわいらしかった。
ミースの目には、ボクの男性的な服が映っているだろう。
いつもは中性的な服を着ているのだが。
「ふう。お、驚かせないでくれよ」
深呼吸をして息を整えているミースにボクは笑いながら言った。
「だってミースのあわてている様子が可愛いんだもん」
本音だった。
普段とのギャップがあり、心を打たれたのだ。
ボクの言葉にさらにミースは慌てふためいた。追い打ちをかけてしまったのかもしれない。
「も、もうで、デートに行くぞ!」
話を逸らすのにも失敗してしまったようだ。
どこまでも甘いミースも可愛かった。
ボク、重症です。
そろそろデートという単語に慣れてもいいのでは、と思うけど、初々しいところも可愛くてそれ以上考えるのをやめた。
「ふふっ。じゃあデート、に行こうか」
発しかけた笑い声をこらえ、デートという単語を強調して言った。
照れている顔を見られたくないのか、顔を下に下げてしまうミース。
……自重しようか、ボク。ミースの顔を無理やり見よう、なんて考えた自分に失望した。
サディストなのかな、ボク。
ボクは、ミースの手をしっかりと握り、部屋から出た。
「ま、まだ朝早いのにいいのか?」
ミースは恐る恐る顔を上げてボクに訊いた。
……そうだ、まだ朝じゃんか。
この出来事はボクを早くから起こしたミースが始まりだったな。
きっかけをすっかり忘れていたっけ。
「いいよ! たまには新鮮な気分でもいいじゃん!」
ボクはどうでもよくなってそう言い、ミースの手を握り直してから再度、外へと駆け出した。
ミースのペースに合わせながら、走った。ふと、空を見上げると、そこには太陽が昇りかけていた。どうやら、日の出から少し経っているようだ。
チュンチュン、チュンチュン。
小鳥らしき生物の鳴き声が聞こえる。
小鳥たちにとってのこの時間帯はもう活動時間なのかもしれない。
「お、落ち着け! 私もウィズと手をつなぐのは嬉しいが、そう急かされてはムードというのもないのではないか?」
言われてみればそうだ。ミースから自滅発言をするとは思わなかったけど、確かに正当な意見だね。
ボクは強く握っていた右手の力を弱め、歩幅を少し狭くした。
身長のないミースを置いてけぼりにしていたらボクが死んじゃう。
小さい子の面倒を見ていると想定して、慎重に扱おうか。
ミースの自宅から離れ、朝の商店街が見えてきたころだった。
角を曲がると、商店街につながる路地があった。だが、その道には、いわゆる不良というやつらがいた。幸いなことに、人数はあまり多くなく、四人だった。
蛇足だが、この世界では不良のことを蛮族などと呼ぶ場合が多い。
ボクはとっさの判断でミースを背中に隠し、歩みを進めた。
厄介ごとはどうせ回避できない。さっさと終わらせてしまおう。まあ、ミースを罵倒したり、手を出したりして来たら容赦なくぶちのめすけどね。顔面の造形を変形させるほどに。
「……チッ。ごめん、走るよ」
小さく舌打ちをして、小声でミースに行動を伝える。
ミースは首を縦に振った。どうやら伝わったようだね。
ボクはとあるスキルを発動させた。
「【空気化】」
学園に通っていて習得した数少ないスキル。このスキルを取ってよかったな。
あのころの自分に感謝しながら、意識を集中させた。
このスキルは、自分と自分が認識できる範囲内にいる対象を空気のように、「いるけどいない」という状態にさせるスキルだ。
当然、大きな音を上げたり、話したりすればばれてしまうが。
「行くよ」
口パクで伝え、ボクらは足音を消し、足元に気を付けながら進んだ。
四人目で二十メートル。
あと、十五メートル。
十メートル。もう一度気を引き締めなおした。
八メートル、五メートル、三メートル。
ついに一メートルのところまで来た。
ここまでくれば、四人の吐息も聞き取れるほどだ。四人は思い思いの座り方をしていて、気を抜いているようだ。
五十センチ。
そしてボクらは残りの距離をさらに慎重に通り抜けた。
……なんとかなったようだ。
四人の視界に入らない場所まで移動してきたボクらはため息をついた。
スキル解除。
ボクは小声で唱えた。
圧迫されていたからだから圧迫感が消え去った。
無事にスキルは解除された。
左を見ると、大通りが見え、人影もいくつか発見した。
右にはボクの手をギュッ、と握っているミースがいた。可愛い。
さて。
「大通りでも行こっか」
「ああ!」
ボクたちは左へ進路を向け、大通りへと歩みを進めていった。
不良と戦わせようか迷いました。




