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ファンタジー世界で合法ロリに恋をした

作者: BALSEN

俺はソワソワしながらしきりに庭園で彼女の家に繋がる入り口を確認し、そして自分の身嗜みをチェックして太陽の位置を確認する。

服装なんて気にしたことがなかった俺だが、今日に限っては少ない友人関係に流行のファッションを聞いて回り、高い金を払い美容院にまで行き髪型も整えている。

この科学が発達していないファンタジー世界においてそういった身嗜みを整えられるのは上流階級の人間のみで贅沢だが構うまい。


「はぁ……はぁ……」


何もしていないのに動悸が激しい。

こんなに緊張したのは前世に間違ってクラスの女の子の鞄を持って帰ってしまって返すために夜中にこっそり学校に忍び込んだ時以来だ。

ちなみにその任務を達成し、誇らしげに帰宅して母からの一言「あんた、○○ちゃんの鞄間違って持ってかえったんだって? あんたの鞄は○○ちゃんが持ってるらしいから明日ちゃんと返すのよ」といわれた。

当然だが翌日、忍び込んだことがばれないように学校の校門が開くのを出待ちして一番に教室に走ったのは言うまでもない。


言い忘れていたが俺には前世というものがある──まぁ別に神様に転生させてもらったわけでもないし特別な才能があるわけでもないので特別な人間というよりは特殊な人間というべきか。

一応勉強面に関してはファンタジー世界のほうが全体的な技術が遅れているし仮にも大学受験をしていた身なのでかなりの好成績を保っている。

そして幼少の頃から魔法に興味を持ち、外で遊ぶより家で魔法の勉強をしていたので神童と呼ばれたがしょせんその程度だ。

そこそこの才能はあるんだろうけど特別な才能はない前世という知識を持つそこそこのスペックの中流階級にある平民、それが俺だ。


「もうすぐか……」


時計なんて便利なものはこの世界に存在しないので頼りになるのは太陽の位置と体内時計。

だが時計のない生活を送りちゃんとした定時にご飯を食べていたら自然と現在時刻が分かるようになるから不思議だ。

そして今の時刻はご飯時と過ぎたおよそ2時前後……約束の時間だ。


「やっほーネク君!」


きた……!

予想通りの入り口からやってきた彼女はいつも通り太陽のように眩しい笑みを浮かべ元気良く手を振っていた。

子供のように無邪気な彼女の名前はルーシュ=ラピスラズリ。

俺が昨晩「話があるんだ」と緊張しながらも呼び出した少女だ。


「話って何? ネク君だから何か困ったことでもあるなら、だいたいは聞いてあげるけど」


だいたい!!

それはルーシュが俺にかなり気を許してくれているということだ。

それだけで嬉しくなり小躍りしたくなるが、今はそれで満足してはいけない。

後ろ手に隠していた花束……ではなく宝石のラピスラズリをしっかりと握り存在を確かめると俺は口を開いた。


「ル、ルーシュゥ!」


「なに?」


おっといけない声が裏返った。

だけどそんな俺に対して不思議そうに小首を傾げるルーシュ可愛いっ!

ここで説明しておくがルーシュの身長は俺の頭二つ分は下……まぁようするにロリ体型だ。

ルーシュの種族はドワーフで、男はオッサン女はロリというロリコン一族になる。

その例に漏れずルーシュも当然ロリなのだがこれで俺の一つ年下の15だというのだからただのロリではなく合法ロリだ。


「あ、喉が渇いたの? ボク水筒持ってきてるけど飲んでもいいよ」


ルーシュの水筒……だと!?

これは間接キスを狙え──まぁこの世界に間接キスなんて概念ないんだけどね。

だからこれは純粋なルーシュの善意なのだが、それだけでも嬉しくなるのだから俺の病は深刻なのだろう。


そう、俺はルーシュが好きだ。

例えロリコンどころかペドフィリアと罵られようと彼女が好きだと声高々に宣言することも出来る。

もし彼女を好きでいるのに必要なのならば認めよう、俺はロリコンであると……!


深呼吸してしっかりとラピスラズリを握り声に出す。


「ルーシュ、大事な話があるんだ」


「うん」


ドワーフ族には少し特殊な風習があり、告白する時に相手の姓の宝石を渡して愛を伝える。

ラピスラズリの姓を持つルーシュには当然だがラピスラズリを持って告白しなければならず、俺は自分の買える範囲で最も高いそれを買ってきた。

まぁその資金を溜める為に冒険者家業でちょっと死にかけたりしたが、生きてるので問題ない。


「俺と……」


喉が渇く。

ルーシュに水を勧められた時はそうでもなかったのだがいざ言葉にするとなるとそう感じてしまう。

ふと今でなくてはいいのではないか。

もう少し友人関係を深くしてからのほうがいいのではないか。

そんな後回しにするための言い訳を山のように出てくるが、それらを全て気力でねじ伏せて大きく息を吸う。

そして──


「俺と……俺と付き合ってくれっ…………!!!」


言った!

言ってやった!

ラピスラズリを彼女に差し出し、言葉を飾ることなく告白する。

自慢じゃないが俺とルーシュはかなり仲が良い。

アカデミーで同じ学年というのもあるが、何より彼女の両親と俺の両親がアカデミー入学同時に知り合い仲が良くなったからというのもある。

だから家族同士の付き合いが増え、自然に彼女と話すことが多くなる。

なぜか彼女は学年であまりモテないようだが、俺にとってそれは好都合だった。

まぁ冷静に考えるとルーシュを好きになるというのはロリコンを自認することそのものだから手を出し辛いのもあるのだろう。


とにかくだ。俺は今ルーシュに告白をした!

返事を、返事を……彼女の視線を目の前の宝石に釘付けになって……というか固まっている。


「えっと……あのねネク君」


「ああ!」


何か言い辛そうに彼女は視線を彷徨わせ、言葉を選びながら喋っている。


「ごめんなさい!」


「ああ、気にする必要はないさこんなのルーシュの為なら──え?」


てっきり宝石が高すぎるとか言われるだろうなと思っていた俺の予想を遥かに超えた──拒絶。


「え? …………え?」


「ネク君のことは好きだよ? でもそれは友達としてっていうか……」


「…………お、俺のことを異性として見られないってこと?」


恐る恐る聞いてみると彼女は申し訳無さそうに小さく頷く。

どういうことだろうか。

まさか家族ぐるみの付き合いというものが近すぎて兄弟のような感覚に陥ってしまったということか?

しっと!こんなことなら少し距離を置くべきだった!


「本当に嫌いじゃないの。 ただ好みと違うというか……」


好みと違う?

俺が転生してまず一番最初によくなった部分といえば顔だ。

前世ではTHE・凡人な顔だったが今ではそこそこ格好良くなっている。

この顔で駄目なら俺の前世の顔だとビンタと侮蔑の目もセットでついてくるのだろうか。


「…………あのね、ボク……お髭がない人はちょっと」


「そうだよな。 髭がない男なんて駄目だよな…………え、ヒゲ?」


「うん、ヒゲ」


…………ひげ?

ヒゲってあれだよな、顔に生える毛。

俺は体毛が薄いので産毛程度しか生えていないが……ヒゲ?


その時、俺に天啓が開いた。


「(ドワーフはロリコン種族だ……ドワーフの男はロリを好む傾向が非常に強い。 じゃあ待てよ、ドワーフの女は……)」


そう、オジコンだ。

ただでさえ他種族に「犯罪臭い」と言われるドワーフ夫婦はその種族の特性故にオジコン、ロリコンの集団となるのだ。


…………いや待って。

理由は分かったけど待って!?

まさか俺が断られた理由ってオジさんじゃないから!?


「本当にごめん! ボクどうしてもネク君のことを男として見られないんだ……ごめん、本当にごめんね?」


俺はその後、申し訳無さそうに帰っていくルーシュを呆然と見届け、やがて日付が変わるくらいの真夜中に帰ってこない俺を心配して探しに来た父に声をかけられるまで固まっていた。

人間、どうしようもない事態に陥ると考えることすら出来ないということを知った日だった。

ちなみにお隣のルーシュの両親も俺のことを心配して探してくれていたようで、自宅の前で俺は迷惑をかけた謝罪をさせられた。

その時にルーシュ母の後ろに隠れるようにこちらを窺っていたルーシュの腫れ物を触るかのような態度の彼女に、俺はその場で挫折し号泣。

当然だがその場にいたルーシュを除く両親ズはギョッとし何があったのかと優しく聞いてくれたが、話せるわけがなかった。







俺がルーシュと会った出来事はなんてことない普通の出会いだった。

ただアカデミー入学式でたまたま保護者同士意気投合した両親とルーシュ両親に式後、カフェに連れられてお互いのことを知った。

その時、ルーシュのことを可愛いなと思うことはあっても恋することはなかった。

だがアカデミーで同じ授業を取った時は隣同士で勉強し、お互い切磋琢磨していく過程で起きたとある事件だろう。

彼女を見る目が変わったのは。


「魔力なしが何でこの学校にいるんだよ」

「お前の成績もどうせアイツに何かコツでも教えてもらったんだろ? 他人に尻尾振るのは上手いよな女ドワーフは」

「入試もどうせ裏金積んだんだろ?」

「いやこういうのが好きな学校関係者に試験内容を教えてもらったんじゃないか? 身体でな」


「…………」


そう、その日は偶然とある授業で講師が休みをとり休講となり急な暇が出来た日だ。

時間が時間なのでもうルーシュも帰っているだろうなと思い自習の為図書館へと向かう途中で彼らの声を聞いた。

このファンタジー世界において俺が想像すらしたこともなかった虐めだった。

魔力なし──ドワーフや一部を除く亜人は魔法を使えない。

代わりに人間が魔法で強化した身体よりも高い身体能力を保持するのだが、それを劣っていると捉える人間も少なくは無かった。


俺はよくあることだと無視しようとし──女ドワーフという言葉に引っかかりを感じて図書館の死角にいる彼らを見に行った。

そこには涙目で自分のスカートを握り締め、耐えているルーシュがいた。


「お前等っ……!」


アカデミーは大学のようなものだが、前世の日本のように一つの地域に何個もあるようなものではない。

大国のうちの一つとされているこの国ですら四つしかなく、余程の上流階級でもない限り通うならば近場に行くのが普通だ。

このアカデミー──火のアカデミーと呼ばれているここから最も通り土のアカデミーは魔法の使えない亜人に適しているらしいがルーシュは貴族ではない。

必然的に魔法に力を入れている火のアカデミーにおいて魔力がないドワーフは下に見られる傾向があったのだ。


「なっ……ネク! お前どうしてここに!?」


虐め集団のうちの一人が驚愕し、声をあげた。

その言葉から察するにこの男達は明らかに俺がいない時を狙ってルーシュを虐めていたのだ。

それを認識した瞬間、俺は頭に血がのぼり魔法を詠唱し始めた。

どのような理由があろうと禁じられている『中級以上の攻撃魔法を他者に放ってはいけない』という絶対校則を無視し、上級魔法を行使して。







当然だが不意打ち気味に放ったその魔法は一撃で虐め集団を壊滅させ、俺はアカデミーの独房に放り込まれた。

反省室を銘打っているそれは事実上の独房であり、部屋の内側にはアンチマジックシールドが張られ逃げることは出来ない。

さらに手には魔力を封じる手錠がつけられていてどれだけ深刻な事態を引き起こしたのか俺に思い知らせた。

やがて俺は二人の警備員に両脇を固められ、手錠をつけられたまま校長室へと連れられ事情聴取された。


「なぜあんなことをしたのかね?」


「……ルーシュを虐めていたから」


「ふむ。 君は絶対校則にある『中級以上の魔法を他者に放ってはいけない』というものを憶えていないのかね?」


「…………」


「ネク君。 優秀な君ならば分かっていると思うが、この校則は生徒同士で殺し合いが起こらないようにする為のものじゃ。 それと同時に貴族が平民を殺そうとした時に罰を与える為の口実であり、平民を守る盾……だからこそアカデミーでは絶対的な法なのじゃよ」


それは仮に王族といえど覆すことが出来ないアカデミーの絶対校則のうちの一つ。

どのような理由があろうと決して無罪放免に出来ない。

そう言外に伝える校長に俺はいらいらしながら質問した。


「それで俺の罰はなんですか?」


「はぁ……当然じゃが反省はしておらんようじゃな」


いや、反省はしている。

ただ後悔はしていない。

もしもまた俺が同じ場面に遭遇したら校則違反はしないものの許されている初級魔法で彼らに襲い掛かるだろう。


「よかろう。 ではネク=ローガス……罰としてソロでSランク指定のアースドラゴン討伐を命じる」


…………。


アースドラゴン、それはこの街から離れたこの地域で最もレベルの高い魔物の生息地である山において最強の存在。

空を飛ぶ能力は低いもののただでさえ硬いドラゴンの中でも上位に入る硬さを持つドラゴンだ。

たかが学生にアースドラゴンの防御を突破できるとは思えない──つまり罰として俺は死刑を言い渡されたわけだ。

国立とはいえたかがアカデミーに一人の人間を公的に罰する資格はない。

だからこそこういった遠回しな方法で絶対校則破りの生徒は死を言い渡されるのだ。


「わかりました」


ああ、やっぱり。

即座に殺されるようなことはないにせよ何かしら死刑に類する罰は受けるだろうと思ってはいた。

俺が落ち着いているのは別に転生特典でチートを持っていてアースドラゴンを殺せるだけの力を持っているからではない。

他の生徒同様、アースドラゴンの防御を抜く攻撃力は持っていないし何か妙案があるわけでもない。

ただ前世で死んだからだろう。どこか生に虚ろさを感じられずにはいられなかった。

近いうちに死ぬことを約束されたというのにまるで夢を見ているかのように平然としている自分がいる。


「出発は三日以内じゃ……家族にはコチラから連絡しておく」


「いえ、俺が自分で話します」


「…………そうか。 出て行っていいぞい」


「失礼しました」


外に出ると待機していた警備員は俺の手錠を外し、代わりに別の腕輪を取り出す。

これは場所を探知する魔導具で、校則違反をした生徒が逃げないようにする為のものだ。

逃げるならば手錠が外され、腕輪がついていない今しかない。

幸いにもこの二人の警備員はお世辞にも強いとはいえず、本気で抵抗すれば逃げることも可能だろう。

おそらく二人を寄越したのは校長だ──たぶんどうしようもない校則違反を犯した俺への、唯一の出来ることだったんだろう。

普通ならばすぐに腕輪を取り付けるのだがこの二人は腕輪の内側をチェックするかのようにパカパカ開いている。


やはり逃げろ、ということだろう。

この警備員二人がどう聞いているのかは知らないがおそらく校長派に属する教師達も今日は何かしらの理由でもう出てこない。


逃げればいい。

アースドラゴンにソロで勝てる人間なんてそれこそ御伽噺の英雄くらいだ。

日本でも例え銃を持っていたとしても猛獣に食われることなんて山のようにある。

それに比べアースドラゴンはおそらく銃──この世界にはないが──なんて生半可な攻撃は竜鱗で防がれ、魔法は竜鱗によって弾かれる。

たかが一生徒が防具としては最高に値するアースドラゴンの竜鱗を突破できるわけがない。

だからこその死刑宣告なのだ。


「お願い待って……!」


ふと、泣きそうな声が聞こえた。

振り向くとルーシュが涙を流しながら俺に体当たりをする勢いで突っ込んできていた。


「駄目だよネク君! こんなのってないよ……あんまりだよ!」


「…………」


「ボクが校長先生に話してくる! 悪いのはボクでネク君は何も悪くないって……」


「駄目だよルーシュ」


判決は覆らない。

なぜなら絶対校則は平民の盾だから。

平民の俺が特別扱いされたという前例を作れば絶対校則は平民の盾足り得なくなる。

全て平等に罰する、それが絶対校則として存在する為の前提なのだ。


「でもボクの為にこんなことっ!」


「…………ごめん」


「っ!? じゃあボクも同罪だから一緒に罰を受けるからね!」


そういえばルーシュは罰の内容を知らない。

まだ誰にも話していないから当然なのだが、それを確認すらせずに一緒の罰を受けるなんて許容できるわけがない。


「ルーシュがいてもどうにもならないよ。 ソロでアースドラゴンの討伐が俺の罰なんだから」


「だめ! そんなの絶対だめ!」


俺を強く抱きしめるルーシュ。

お腹がどんどん彼女の涙で湿っていくが俺は無言で頭を撫でた。


この罰には一応抜け道がないわけではない。

ソロというのはつまりギルドのシステム上で一人で狩ったという事実なのだ。

つまりギルドでパーティを組まず誰かを個人的に雇いアースドラゴンを狩り取ればそれはすなわちソロで狩ったと判定される。

だがSランクの依頼というのは達成するだけで一目おかれ、ギルドで優遇されるので金銭のみで冒険者を雇うのは難しい。

だいたい合法スレスレでギルドにも睨まれるしSランク依頼の護衛なんて貴族であっても中々出せるものではない。

この罰を貴族が受けたならば私兵を率いて討伐に向かうんだろうが俺には無理な方法だ。


俺は自分に抱きついて泣き続ける彼女を静かに抱きしめ、とうとう二人で言葉遊びを始めた警備員に向き合った。

二人とも複雑そうにしながらも差し出した俺の腕に枷をつけた。

これでもう逃げられない──ここに俺の死刑が決まった。







結局俺は単身でアースドラゴンに挑み、死に掛けた。

準備期間の三日間の間に家族が盛大なパーティを開き、お別れ会をして号泣されたのだがその時の俺にはもうどうでもよかった。

死を前にして感覚が麻痺していたのだろう。

結局ルーシュはその会に出てくれず部屋に引き篭もり、街の出口での最後の別れの時ですら顔を見せなかった。


アースドラゴンの縄張りまでキャラバンに相乗りさせてもらい途中で降り、歩きで五日間。

俺の持ち出した食料は余裕を持たせて六日分──もう帰る気はなかった。

予感ですらなく確信で自分が死ぬと感じていたのだ。


何とかアースドラゴンを見つけ、巣穴まで尾行し夜に眠りにつくまで待機。

十分に眠りについたと判断すると不意打ちでに自分の最大攻撃力を持つ魔法を竜鱗の防御力が最も薄いといわれている腹を狙い首下に向けて撃った──が、それでもアースドラゴンの竜鱗を貫きダメージを与えるには至らなかった。

何かチクッとしたような。そんなことを言いたげに目を開いたアースドラゴンは人間である俺の姿を確認した瞬間、立ち上がり戦闘態勢に入った。


そして夜にも関わらずアースドラゴンの口が光り、ドラゴンの顔がグニャリと歪んだと同時に「あ、死んだ」と悟った。

ドラゴンブレス──人間はもとよりどのような生き物であっても直撃すれば蒸発してしまう程の炎だ。

その唯一の例外がドラゴンだろうが、元よりドラゴンは仲間意識が強く滅多なことで同族同士で争わないので関係ない。


俺が死を覚悟した時、俺は誰かに腰を掴まれた。

そして視界が急に動き、先程までたっていた場所を見るとドラゴンブレスで地面がドロドロに溶かされるのを見た。

俺は掴んだ人物──ルーシュを見て驚愕の声をあげた。


「なんで来た!」


「…………い」


彼女は静かに何かを言ったが、俺には聞こえなかった。

聞き返すとさらに小さな声で、しかし今度は耳元でルーシュは呟いた。


「お願いだからそんな死んでもいいなんて顔をしないで……」


やはりというべきか彼女は泣いていた。

幸いドラゴンはブレスを吐く時、前が見えなくなるので俺を見失ったようだ。

だがどういう訳か死んでいるとは思っていないようでキョロキョロと夜の森を見渡して俺を探している。

さっきまでは真っ暗闇だったが今では木々に炎が燃え移り辺りを明るく照らしている。

このままでは見つかるのも時間の問題だろう。


「俺が気を引くから、ルーシュはそのうちに──」


最後まで言えなかった。

ヒリヒリと頬が焼けるような熱さを持ち、クビが90度回ったのを確認して数秒、俺はビンタされたことに気付いた。

しかも運の悪いことにその音にアースドラゴンは反応し、俺達がいる辺りを軽く炎を吐いて威嚇しながら凝視している。


「簡単にボクの為に命を投げ出さないでよ……。 ボクにとってネク君は(兄的な意味で)大切な人なんだからぁ」


「え…………」


思わぬ説得に唖然とし立ち尽くす。

どういう意味かと問い返そうとしたが、その機会はルーシュが腰に下げていた二振りの剣のうちの一振りを渡されることで失われる。


「これは?」


ルーシュは二刀流の使い手ではない。

彼女の腰に残っている一振りは彼女愛用の物なので、この剣は予備ということになるがどうしたのだろう。


「これ使って」


「いやでも武器を変えたってあれの防御を抜けるとは……」


「これが魔剣でも?」


「っ!?」


魔剣。

本来魔法が使えないドワーフが何かしらの方法で作り上げた特別な剣。

様々な能力を有するその剣はSランク冒険者であっても全員が持っているわけではない程に貴重で高価なものだ。

歴史上の英雄は一部の例外を除いてその全員が魔に属する武器を所有していたのだから、全冒険者の憧れでもある。


「ラピスラズリの家宝なんだけど……持ってきちゃった」


「いや持ってきちゃったってそれ大丈夫なの!?」


「え、えーと……一緒に謝ってくれると嬉しいなー、なんて」


やっぱり不味いらしい。

いや冷や汗がだらだらと流れているあたり、不味いどころかかなりやばいようだ。


「だからね、一緒に帰って一緒に謝ろう?」


「…………」


困ったように言いながらも綺麗な笑みを浮かべるルーシュ。

今まで妹のように接し、守ってきた存在がその時──とても綺麗で可愛く見えた。

きっと世界中探してもこの子以上に美しい存在はいないだろう、その時ははっきりそう思えた。


「まったく」


だからだろう。

俺がその剣を取ったのは。


「仕方が無いなルーシュは」


そう、仕方が無いだろう?

男はいつだって綺麗で可愛い女の子には弱いものだ。


「ドワーフのオッサンどもに囲まれて叱られるのは勘弁したいけど」


それが世界で一番なんて飾り言葉がつけば断れるわけがないだろう。

俺は魔剣を鞘から抜き


「…………あの蜥蜴を倒して一緒に帰って怒られるぞ、ルーシュ」


「うん!」


アースドラゴンへと襲い掛かった。

きっとこの時、俺はこの小さい女の子に恋をしてしまった。

このドラゴンを倒して街に帰っても待ってるのはお説教。

それを考えると気分が萎えて逃げ出したくなるが、今だけはどうでもよかった。

きっと彼女と一緒ならドラゴンを打ち倒す小さな英雄譚だって成し遂げられる。

そう、信じられた。

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