表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

残酷な風景

 竜は木々の上を飛んで行く。


 空に混じり合うように、高く、高くへ舞い上がり、地に滑降し、遥か彼方に消えて行った。


 まだ竜は鳥に近い位置にいた。


 近づいて来るものもいたが、頭上よりも高い位置を飛びゆくだけ。

 サルアだけの時も、竜は頭上を飛び、風でサルアへ悪戯をして来る。それはサルアがそう感じているだけで、竜の方は、ただ飛んで行っただけかもしれない。


 しかし、今は違うような気がしていた。

 悪戯ではない風が襲って来る。これ以上、進むなと言っているような強い風が前方より吹いて来る。それは竜が何度も目前から迫り、通り抜けて行くからだった。


 木々が風に揺れ、千切れた葉や枝が体に当たる。

 グイドは姿勢を低くしながら、背にサルアを隠している。一歩一歩が酷く重く、いつあの竜が降りて来るのかと思えば、募る恐怖が不安を煽った。

 どれくらい進んだのだろうか。埋め尽くすように立ち並んでいた木々が途切れる場所に出た。


 グイドは警戒しながら地に伏し、その先の光景を確認して、思わずサルアを振り返っていた。

 グイドを見て、何があったのかと小首を傾げたサルアは、グイドの横まで行こうとして、グイドの手により視界を遮られていた。

 グイドがサルアの耳元に口を寄せ、小さな声を出した。


「ごめん、ルーア。やっぱり戻って。こんなの、君には見せられないよ」


 グイドはサルアの目を手で塞ぎながらそういうと、風に乗って流れて来る悪臭に顔を顰めた。その匂いはサルアにも届いている。サルアは匂いで目の前に広がっている光景を想像し、グイドがなぜそうするのかを悟った。


「大丈夫」


 サルアは小さくそう言うと、グイドの手に手を重ね、ゆっくりと視界を取り戻した。

 森の切れ間には、凹んだ土地があり、以前は池だったのかもしれない、無数の死体を無造作に放置したまま、どす黒く変色した液体が底に溜まっている。もう表情さえもわからない朽ちた遺体。いつからここに放置され続けているのかと思うほどに残虐で、悲しい光景だった。


 その先にはまた森が続いている。しかし、折れた木々、なぎ倒された木々、が連なり、そのいたるところに死体がある。気に引か掛かっているものもあれば、地にめり込んでしまっているものもあり、とてもそこに足を踏み入れようとは思えなかった。


 それでも行かなければならない。


 グイドは自然にサルアの手を取り、一緒に一歩を踏み出していた。

 これは軍人であるグイドにでさえ堪える光景だ。死に直面するよりも残酷で、正常に働く思考が煩わしいと思うほどに、惑わされないように気を張っていても、隙間を縫うように中へ忍び込んで来るような、そんな逃れられないものがあった。


 サルアは身を震わせ、それでも気丈に前を向いている。

 できる限り、死体を踏まない場所を選んで進んでいるが、時折、上から腐った血が落ちて来る。ずるりと奇妙な音を上げ、死体の一部が目の前に落ちることもあった。


 どうにもならない恐怖と戦いながら、グイドはサルアを気遣わなければと必死だった。

 背を支えている手にサルアの震えが伝わっている。純粋であればあるほど、心の中に忍び寄って来る暗い影の魔手は確実に蝕む。


 サルアの足が止まった。

 グイドの服を掴み、歯の根の合わない音をさせながら、ぶるぶると震え続けている。


「ごめんね」


 グイドは、サルアの耳元で囁くと、サルアを背に乗せて歩き始めた。せめてこんな光景のない場所にと、必死で足を進めて行く。死体の顔がわからなくて良かったと思う。これはまだ新しい方の遺体だ。そうなれば、3月前に遠征に向かった、ジェルドの率いた隊であろうことがわかるからだ。遺体の着ている服ももう、破れ、泥と腐った血とで濡れ、どの軍のものなのかもわからなかった。


 それでも襟章は見える。見たくはないのに探してしまうのは、仲間の死を受け入れたいからなのか。本当は知りたくないと思いながら、気持ちを無視するように、目は変に澄み、見たくないものを見せていた。


 そうか、とグイドは思った。

 ジェルドを探しに来たのだ。死体の中にジェルドのものを発見してしまえば、これ以上、サルアを連れて行かずに済む。そう思い、心の中にある真実が見えた気がして、グイドは地に膝を折り、地面を拳で叩きつけていた。


「どうしたの?」


 憔悴しきったサルアが、震える声を聞かせた。


「なんでもない」


 そう言ったグイドは、想いを振り切るように立ち上がり、歩みを再開していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ