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竜の飛翔

 7日、歩き、“竜の巣”ではなく、竜の通り道の近くまで来ていた。


 グイドは、後から来る兵の為に、まだ危険の少ないこの場所に、待機命令の暗号を残し、サルアと共に深い森へと足を踏み入れていた。

 サルアは体に緑色の薬を塗る。


 グイドは、サルアの肌が不健康そうな色をしている原因はこれなのかと思っていた。


「これは薬草摘みの女だけが使える薬なの。男の人には毒になるから、グイドに塗ってあげられない」


「うん、良いよ」


 グイドは、緑色になって行くサルアから視線を外し、これから向かう先の空を見詰めた。


「まだここから遠い? 竜の姿は見えないね」


「遠くはない。でもまだ見えない」


 体中を緑にしたサルアは、覚悟を決めたように、グイドを見上げた。


「あのね、グイド。他の人はここまで来られない」


 グイドの残そうとした、木の幹に彫った暗号へ視線を移した。

 グイドは、どういうことかとサルアを見やり、一瞬、身に走った緊張を解くように、サルアから視線を逸らした。


「ごめんなさい。薬草摘みは、秘密の道を使うの。ここまでは薬師を案内したことがあったから、グイドも大丈夫だと思った。でも、他の人はダメなの。あたしが一緒でないと、来られない道があるから。それに、たくさんの人と、鳥のところに行くのは、あたしも怖い。何が起こるかわからなくて、怖い」


「……そっか」


 そう言ったグイドは空を仰ぐ。

 青い空には雲一つなく、澄んだ色が高く広がっていた。


「ごめんなさい」


 しゅんとしたサルアは、両脇の服を掴んで、震えている。


「怒らないよ、大丈夫。でも、そっかぁ。僕ひとりなんだね」


「行くの、やめる?」


 そうサルアが言うと、グイドは笑顔を見せながら、サルアを見下ろした。


「うん、ごめん、行くよ。ルーアの行けるところまでで良いよ。案内してくれる?」


 サルアは、じっとグイドを見上げ、それからうん、と頷いた。


「あのね、これは独り言だから、聞かないでね。武器は持って行かない方が良い。鳥を見ても怖いって思わない方が良い。あれは大きいけど、鳥だから、目を合わせると怯えさせてしまうから、自分は自然の一部なんだって思うの」


 サルアは独り言をつぶやきながら、森の中へと入って行く。

 グイドは、サルアの独り言に従い、荷物を下ろし、銃を置き、懐に忍ばせていた短剣や小銃も合わせ、木の室の中に隠し、サルアの後を追った。


「お話はしないの。大きな風が吹いた時は、身を縮めて小さくなるの。地面に身を伏せて、動かない方が良い」


 サルアはどんどん奥へと踏み入って行き、少し開けた丘の下で、足を止め、空を見上げた。


 グイドはすぐ後ろを歩いていたが、サルアの姿を見て、地に膝をつき、サルアと同じように空を見上げた。

 思わず出そうになった声を飲み込むようにして抑えたグイドは、地に伏せ、顔だけを巡らせ、辺りを観察していた。


 竜が、影を落としながら、飛び去って行く。方々から横切り、一瞬にして遠のき、小さな点となる。羽ばたきが風を生み、木の葉を揺らし、草を撫でて行く。


 サルアたちが、竜のことを鳥と呼ぶ意味がわかるような気がしたグイドは、今まで竜に対して思い込んでいた畏怖の念を、ほんの少しだけ美しいものへと変化させた。


 実際、空を切るように飛ぶ竜の姿は美しく、体の線を光が包み込み、何とも言えない優雅なさまが見て取れた。

 サルアはしばらく空を見上げていたが、急にグイドの手を引くように引き返して行く。


 グイドは驚いたが、サルアに従い、元の荷物を下ろした場所まで戻っていた。


「あのね、グイド、ここは竜の通り道なの。グイドが行きたいのは“竜の巣”。ここからもっと奥深くへ入るの」


 そう言ったサルアは、手のひらを固く握りしめ、願うようにグイドを見た。


「お願い、あたしひとりで行かせて」


 瞳に涙がいっぱい溜まっている。

 グイドは驚き、サルアを見ると、瞳に溜まった涙を指先でぬぐってやった。緑の薬が指先につく。熱を帯びたように熱くなり、グイドはサルアに気づかれないように、それを隠した。


「どうして?」


 優しく問うと、グイドの指先ではぬぐい切れなかった涙がこぼれ落ちた。


「だって、あたし、グイドをなくしたくないよ」


 グイドの胸にしがみついたサルアは、声を堪えながら泣いている。


「どうしたの? どうして?」


 グイドはしばらくサルアを抱きしめ、泣きたいだけ泣かせてあげようと、じっとしていたが、そのうちサルアの涙の訳を知りたくなり、優しく問いかけてしまっていた。


 ずっと一緒に旅をしていた。たった7日とはいえ、主にグイドが話していたとはいえ、サルアとの間には、年齢を超えた友情のようなものが芽生えてはいた。その相手が死に至るかもしれないと思えば、悲しくもなるだろうが、それが自分だけ危険に出向く、そういう言葉に繋がるのはどこかおかしいと思えたのだ。


「……あたしは鳥と共に生きて来たから、でもグイドは違う。グイドは戻って来られない」


「そう確信してしまったの?」


 サルアは、鳥の様子がいつもと違うことに気づいていた。普段と何が違うのか。それはグイドが傍にいることだ。グイドの存在が、鳥の警戒心を駆り立てており、周りの空気を張りつめさせていた。なぜそれがサルアにわかるのか。でもそう感じてしまった。だからグイドを連れて行きたくないと思った。


 サルアは小さく頷くと、涙を甲で拭いてグイドから離れた。


「君ひとりで行かせられる訳ないだろ。だったら僕がひとりで行くよ。君は村に帰って。僕のことは忘れて良いから」


 グイドは、サルアの髪を撫で、安心させるような笑みを浮かべている。

 サルアはグイドを見詰めながら首を振り、今にも遠ざかってしまいそうなグイドの袖を掴んで引き止めていた。


「どうしたの? 僕は大丈夫だよ。竜のいる場所を辿って行けば、目的の場所に出られるだろ。サルアが気にすることはないんだよ」


「違う!」


 サルアは大きな声を上げてしまい、失敗したと口を押えた。


「違うの。一緒に行く」


 そう言ったサルアは、覚悟を決めたのか、喉を鳴らし、頷いていた。


「今度は深くまで行く。足音もダメ、背を低くね」


 グイドは頷いた。


「ありがとう、ルーア。感謝するよ」


 サルアはうん、と頷き、泣き笑いをしている。

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