旅路2
時折、休憩を挟みながら、話を続けている。
早朝より山に入ったはずが、すでに日は陰り始めていた。
夜は枯れ枝を集め、火を焚いて、倒れた木を椅子代わりにして、やはりグイドと語り続けている。
グイドの話はジェルドに関わる話が多く、とても傾倒していることがわかる。
サルアは、グイドの話を聞きながら、自分以外の誰かを、そこまで愛せることが羨ましくなっていた。
サルアにだって仲間がいた。中でもティラムとは姉妹のように仲が良かった。けれどそれは同じ境遇の中で、同じ秘密を抱えていたからだ。サルアはティラムに心の内を語ったことはない。サルアの中にある不安は、サルアだけのもので、ティラムに強要することではないと思っていたからだった。
サルアの中にある不安は、死にまつわること。薬草摘みの女たちは、さほど長く生きられないのだという。一番年上のキーリアだって、まだ20歳になっていない。サルアが知っている一番の年上はキーリアで、その他の存在を知らなかった。死を見守ったこともない。ある日突然いなくなり、代わりに誰かが連れて来られる。それが薬草摘み。ただ漠然と捉えることしか許されていなかった。けれどサルアは深く思考を巡らせた。キーリアよりも年上の人がいたことは、薬草摘みの長い歴史を見ればわかること。薬草摘みが早死にするというのなら、薬草摘みとして15年も暮らしているサルアが一度も見ていないのも不思議な話だった。
それによるサルア自身の答えは、ある一定の年齢に達したら捨てられるか、命を奪われる。そしてその代わりの者が連れて来られるというもの。サルアは誰かの代わりに薬草摘みとして養われて来たのだろう。
しかし、サルアにとって死は、漠然とした言葉の上にしか存在していなかった。
それが目の前に落ちて来た腕により、とてもはっきりとした現実として捉えられてしまった。人は死ぬ。いつか必ず辿る道。それが今であるのか、遠い未来であるのか、誰にもわからない。
そう感じた時、サルアはここから出なければならないと強く思った。死が確実に身を滅ぼすのなら、そうなる前に、せめて生きていたことを幸せだと思って終わりたいと思った。
このまま薬草摘みで終われば、誰にも知られず、誰に惜しまれることもなく、一人で消えていかなければならないことがわかっている。それもサルアを苦しめていた。
「……死んじゃうの、怖い?」
赤く燃え盛る炎を見詰めながら、サルアはポツンと言葉を落とした。
火の世話をしていたグイドは手を止め、光に照らされ、陰影がくっきりと浮き上がったサルアを見た。
サルアが何を考えてそう言いだしたのかはわからないが、思いつめた表情は、グイドを心配させるに十分の効力がある。
「どうした? ルーア」
グイドは、サルアの横に座り、悲しげな横顔を見詰めた。
サルアは首を振る。
「……なんでもない」
そう言いながらも、サルアの表情は変わらない。
グイドは、葉屋根の隙間に覗く、尖った月を見上げながら、細く息を吐き出した。
「そうだね、実は僕、まだ誰かの死を看取ったことがないんだ」
そう言ったグイドは、サルアを見下ろし、小さく笑った。
「軍人だけど、特に目立った能力もないから、一般兵よりは上の位にいるっていうだけで、軍人としての務めを何一つ果たせていないんだよね。一般兵の方がよほど仕事を熟していると思うし、危険も伴っていて、激しい抗争なんかに巻き込まれて命を落とすなんて話、いくらでも聞くんだけどね」
サルアは、グイドが何を言いたいのだろうかと、グイドの表情を見ていた。
グイドも自分の話の長さに気付いたのか、言葉を切り、サルアを見ると、こほんと咳払いをして、話を戻した。
「ジェルド様の死を、僕はまだ認めていないけど、それでもやっぱり悲しかったし、辛かった。もし本当だったらって考えて、これからどうやって生きて行けば良いのかって思って、それから、遠征に無理やりにでもついて行けば良かったって後悔したよ」
「あたしは……あの腕が落ちて来て、あたしを血で濡らした時、死って本当にあるんだって思った。腕ひとつになってしまうことも、鳥が……」
そう言ったサルアは、目を見開き、喉を押さえながら地面に倒れ込んでいた。
「どうした!」
グイドは倒れたサルアに詰め寄り、呆然と宙を眺めるサルアの視線を観察しながら、もうどこも苦しくないのかと心配した。
「大丈夫?」
苦しげな呼吸から、自然な呼吸に戻るまでを観察したグイドは、ほっと息を吐き出すと、サルアの手を引き、自分の体にもたれ掛けさせ、肩でサルアの頭を支えながら、腕を肩に回した。サルアのぬくもりが伝わって来る。未だ放心状態のサルアは、体に力が入っていない。
「もう平気?」
そう問うグイドに、サルアは頷き返していた。
「話しても良い?」
サルアはもう一度、頷いていた。
「さっきの、鳥って、竜のこと? もしかして、あの腕を落としたのは、竜?」
サルアの様子を伺いながら、試すような素振りでグイドは話した。
サルアは目を見開き、両手で喉元を押さえている。それから時間を置き、何でもなかったことに安堵するように、細く長い息をついていた。
「正解、だね」
グイドはそう言うと、話しにくそうに首を振るサルアの背を優しく撫でた。
「大丈夫、わかるよ。言わなくてもわかる。僕の答えは正解で、君はこれに纏わる話に触れることができない。毒の封印が消えて、死んでしまうから。さっきのも、秘密に触れそうになったから、その警告みたいなものなのかな? すごく怖くて、どうしようかと思ったよ」
「心配してくれた?」
サルアは願うような眼差しをグイドへと向ける。
「うん」
「じゃあ、あたしが死んじゃったら、グイド、悲しい?」
そう言ったサルアは、本気でそう思っているのだろう、真剣なまなざしがある。
グイドは悲しげに瞳を揺らした。
「じゃあ、ルーアはどう? 僕が死んでしまったら、サルアは悲しんでくれないの?」
「ヤダ、怖いよ」
サルアはグイドの胸に手を当て、不安げな顔でグイドを見上げる。
グイドはごめんと言うように、サルアの髪を撫でた。
「僕だって怖いよ。同じだよ」
うん、とサルアは頷くと、元の場所に小さく座り直した。
「あたし、グイドが傍にいれば良いような気がする。グイドが、あたしのこと、覚えていてくれて、怖いって思ってくれるのなら、それで良いって思う」
「ダメだよ、ルーア、僕は君をそんなことになって欲しくない。僕が守りたいって思っているし、僕の死を、君に見せるのも違うって思ってるから、だから何としてもジェルド様を助けて、一緒に生きて戻ろう」
サルアはうん、と頷いた。
本当はもう目的を果たしてしまったような、軽い陶酔に浸っていた。グイドが見守っていてくれると思えば、死の不安が和らいで行く。