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閉塞された部屋

 今度は椅子に座らされ、後ろで手を拘束された。

 石造りの壁と床は、ひんやりとした空気が滞っている。

 サルアの体を拘束したのはグイドだった。


「君を連れて逃げてあげたいけど、僕には無理なんだ、ごめんね」


 耳元でそっと告げられた言葉。とても苦しそうな響きがあった。

 グイドは振り切るように踵を返し、部屋の後方へと下がって行った。


 サルアの前方には、左右に椅子が並べられ、中央最前に豪華な椅子が一脚、置かれている。その左右の椅子には、髭を蓄えた老人や、豪華な衣装を着た男が合計で6人座っていた。それぞれ口をつぐみ、サルアの方へわざと視線を向けないようにしている。髭を撫でる者、椅子の背凭れに体を預け、腕を組んで宙を見つめる者、面倒くさそうに足を揺らし、時折咳払いをして見せる者。誰もサルアを歓迎していない。


 サルアは、この国の、この領にいて、何らかの事情で腕ひとつ残された、誰かもわからなかったが、ただ指輪の存在に背中を押され、この腕の持ち主に想いを寄せる者に帰すことが出来ればと、そう思いながら腕を運んで来た。もしいらないと言われたとしても、何もせずにいるよりはマシだと思えたのだ。


 事態は簡単に済む問題ではなかった。


 しばらくすると扉が開き、兵に警護された人物がゆったりとした態度で入って来た。

 赤地に金の刺繍が入った衣装は、頭上に乗せられた十字に凹みのある帽子と同様の生地で、ふくらみも無く真っ直ぐに地面ぎりぎりまで繋がっている。靴は黒光をしており、つま先が細長く伸び、上方へ折れ曲がっていた。顔や指先にも皺があり、かなり高齢なのだろうと思わせた。


「ジェルドの遠征先は“竜の巣”であったな」


 サルアと対面する位置の椅子に座っている老人が枯れた声を上げた。

 脇に座っている6人は、老人の視線を避けるように視線を泳がせている。

 壁際に立ったグイドの手が、固く握られていた。


「……食され、腕だけが残された、ということか」


 グイドが一歩を踏み出そうとし、歯を噛み、体を震わせ、耐えていた。


「女、貴様は竜の巣へ参ったことがあるのか!」


 男の一人が強い眼差しと共に、怒声を聞かせた。

 サルアは身を震わせ、男から視線を逸らした。


「その緑の肌には見覚えがある。いや、正確に言えば薬師に聞いたことがあるのだ。珍しい薬草を摘む幻の一族がいると。その生息場所が“竜の巣”であったのか」


「違います」


 初めてサルアは声を出し、自分の声に驚いて俯いた。


「ほう、違うと申すのか」


 壁際のグイドが心配そうにサルアを見詰めている。

 違うと言ってしまったが為に、嘘であるとばれてしまったのだと、サルアも感じていた。


「あの薬師を呼び寄せても良い。答えられぬと言うのならば、一族を探し当て、一連の事件を問うことも可能なのだぞ!」


「いいえ、そんなことはありません。あたし一人が勝手に山を下りて来たのです。あの腕はあたしが見つけました。深い山の奥です。場所は告げられません。お願いです、お許しください」


 サルアは観念し、言える範囲の言葉を並べた。

 秘密を明かせば、奥歯に仕込まれている毒の封印が解け、一瞬にして命を持ち去るだろう。


「なぜあれを持ち込もうと思ったのか」


 目前に座る老人が、静かな声で問って来た。


「……指輪の紋に見覚えがありました。以前に出会った商人の持っていた札に、同じ紋が刻まれていました。商人はリラト=ファタ=サーイム、サーイム家の使いだと言っていました。特別な紋を装飾品に刻めるのは、その紋の示す領主筋の人だけだと聞いたこともありました。だから大切なものなのだと。あたしが見つけたのも、あたしに故郷に帰して欲しいと言っているように思えて……」


 しばし、静寂が室内に満ちる。


 最初に口を開いたのは、深い思考の縁から覚醒したように息を吐いた老人だった。


「あの指輪はやはりヴォルパトが持つ運命なのだろう」


 6人の男たちからも、深いため息が漏れた。

 グイドは視線を外し、諦めきれないというように、苦い顔つきをしていた。


 サルアは、ゆっくり進められて行く会話を聞きながら、彼らの話す内容の半分の意味も分からなかった。特に男たちの深いため息の意味や、苛立ちを見せるグイドの態度が気になっていたが、口を挟めば叱られてしまいそうで、ただ注意深く見守るだけに留めていた。


 ただひとつ、なじみの言葉を見つけた。“竜の巣”だ。しかし、その場所は秘密にしなければならない場所とは別の場所になるが、大まかに言えば同じ場所ともいえるので、あまり聞かれたくない話だとういうことだけは理解していた。


「では、次の遠征には、ヴォルパト様を……」


 脇にいる男が重い口を開き、中央の老人に問いかけていた。


「ううむ……」


 頬の深い皺を撫でながら、唸り声をあげた老人は、仕方がないとばかりにため息を漏らした。


「次の遠征はいつだ」


 それには壁際に立つグイドが答える。開いていた足を引き寄せ、左手を胸に当て、表情を引き締めている。


「2月後です」


 はっきりとした声を上げたグイドを、6人と老人が強い眼差しで見止めた。


「これほどまでの被害を受けながら、王は遠征をおやめになってはくれませんか」


 6人のうちのひとり、一番歳若い男が申し訳なさそうな小声で問う。

 それを強い眼差しで切って捨てたのは、老人だった。


「“竜の巣”を越えなければ、我が国の繁栄は望めない。そういうことだ」


 老人の代わりに、老人に一番近い位置の男が答える。その表情には諦めが見えた。


 グイドが一歩を踏み出し、ふわりと地に膝を折った。左手で胸を強く打ち、懇願するような目を老人へと向ける。


「私に、ジェルド様の捜索をさせてください」


「捜索だと!」


 諦めの表情を見せていた男の瞳に強い光が戻った。

 他5人の目にも、期待の光が宿っていたが、老人だけは違った。それを見た6人は、期待を消し、諦めの表情に戻っていた。


「……我がファタ領が遠征に失敗したことに違いはない。そこでジェルドが生きていたところで、王には腑抜けと映ろう。どこかに生きているのなら、そのまま自由に生きていた方が良い。戻ってもジェルドには酷なだけだろう」


 老人は皺が刻まれた枯れ枝のような左右の手を、口元で組み合わせながら、深いため息をついた。


「ジェルド様が失敗など、ありえません」


 地に拳を付けたグイドは、願うような顔で老人を見詰め、悔しさに奥歯を噛み鳴らせた。


「ジェルド様は確かに腕を無くされたかもしれません。しかし、それは何らかの作戦である筈です。あのお方が、易々と死を選ぶとは思えません。せめて私に捜索の任をお与えください。未だ“竜の巣”に潜伏しておられるジェルド様の助けになり、必ずや竜を滅ぼして参りましょう」


 サルアは、誰にも知られないように、縛られている椅子の背の後ろで、両手を強く握り締めていた。“竜の巣”“竜”それに竜を滅ぼすと言ったグイドの言葉が、痛く胸に突き刺さっている。


「許可はできぬ!」


 6人の男たちが口々に告げ、馬鹿なことをと怒りを見せた。

 そんな中、老人だけが表情を変えず、グイドへ静かな視線を向けていた。

 グイドは俯き、歯噛みする。それと同時に、老人が椅子から立ち上がった。


「その者に罪は無かろう。しかし、“竜の巣”の秘密を握っておるようじゃ。薬師を呼び、その者の住処を明かすもよし。利用価値のあるうちはグイド、貴様が面倒を見るように」


「……はっ」


 グイドは不本意そうに顔を顰め、しかし、従うように胸に手を当てた。


「あたしは!」


 思わず声を荒げたサルアは、しまったとばかりに顎を引き、改めて懇願するような視線を老人へと向ける。


「あたしは何も話せません。そういう決まりなんです。お願いです。腕はお届けしました。ですからもう良いでしょう? 放して欲しい」


「馬鹿な!」


 6人の男たちから失笑が漏れる。

 老人は立ったままサルアに背を向け、何かを考えているようだった。


「秘密を告げられぬと言ったな。では、行動で示してみるのはどうだ」


「それは!」


 声を上げたのはグイドだった。

 老人は振り返り、尻の後ろで手を組んだ姿勢で、サルアを見る。


「お前がジェルドの腕を見つけたという場所まで行くことは可能だろう。ん?」


「……それは」


 サルアは俯いて考えていた。

 確かにそれは出来るのだと思う。秘密を明かさなければ良い。たとえばあの場所までの道をわからないようにして連れて行くとか、目隠しをして連れて行くとか。様々な方法があるだろう。しかし、問題は鳥除けの薬を塗ることができないことだ。あの薬は女にしか効き目がない。どういう訳か、そう昔から言い伝えられている。だから薬草摘みには女しかいない。


「我がファタ領は、王の命には逆らえぬ。従ってジェルド捜索など出来はせぬ。……しかし、ジェルドを想い、勝手に探しに行く者もいよう。その場合はグイド、貴様が追って連れ戻して参れ、女を連れ行くのも勝手だ、良いな」


 グイドは目を見開いて顔を上げ、退室をする老人の後ろ姿を見詰めた。

 それから静かな喜びが足元から這い上り、震えが身を包んだ。


「はっ、確かにお受け致しました!」


 深く頭を垂れた時には、最後の男が部屋を出て行くところだった。

 サルアは深い思考に沈みこんだままだった。


 “竜の巣”それは、グルクラナ山脈の北方に位置するとされている。

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