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リラト=ファタの軍人

 とても大きな建物の中へ入って行った。


 とても大きな門を潜り、綺麗な花が咲き乱れる庭で馬から下ろされ、そのまま柱が立ち並ぶ屋根付の道を通り、白い石が並ぶ水辺の脇を通り抜け、重い扉を潜り抜けた先の、広い部屋の中央に座らされた。腹の前で縛られた腕は解かれていない。そわそわと辺りを見回していると、後方右手にある扉が開き、最初に衣装を改めたグイドが入って来て、サルアのななめ前に片膝を付いた格好で座った。


 紺色の軍服。その袖の形に覚えがある。グイドのものは、紺の生地に金の房の付いた肩章が乗せられ、襟にはファタ領を表す紋章に、紫の縁取りの入ったピンバッジが付けられ、胸のポケットの上部には、金の星が一つ付いていた。袖は手首のところに返しがついており、同じ生地で返した袖先は、金のボタンが3つ付いていた。白い線は入っていない。しかし、あの腕の袖には、白い線が2本、縦に長く引かれていた。


 壁際に立つ兵の軍服も紺色だったが、襟の紋章に色はなく、袖の折り返しもなければボタンもなく、胸の星も見当たらない簡易な印象を受けるものだった。


 サルアは周りを静かに観察しながら、装飾の多さで位が上がるのだと見当をつけた。グイドは第二小隊に所属しているのだと言った。それはどれほどの地位にあるのか、サルアには見当もつかなかったが、壁際にいる兵よりは上なのだろうと想像する。


 そうしていると、右前方の扉が開かれ、3人の男が中に入って来た。しかし、サルアに近づこうとはしない。扉から数歩入ったところで足を止め、嫌なものでも見るような顔つきでサルアを眺めている。彼らの胸には星が3つ付いており、肩章から背後へと翻る程の長さのマントが掛けられていた。グイドよりも位が高いことは、その態度からもうかがえた。


「それを、こちらへ」


 顎で指示するように、グイドを見た男は、サルアの前に立ちはだかった馬上にいた男で、忌々しそうな顔でグイドを見ている。


「大丈夫だよ、それを渡してくれる?」


 グイドはサルアにだけ聞こえるように告げると、外した肩掛けを受け取り、いつの間にか後方に控えていた兵が持って来ていた、黒光りをしている板状のものの上に置くと、グイドが持ち上げ、前方へと運んで行った。

 その板の上に、男が隠しから取り出した布に包んでいた指輪を置くと、あとの二人から感嘆の声が上がる。賞賛すると言うよりは、単に驚きを表したにすぎないのだろう。


「グイド、その者の身なりを整え、議会の場へ連れて参れ」


「はっ」


 グイドは胸に手を当て、視線を下げると、退室をして行く三人の後ろ姿を見送っている。

 サルアは良くわからず、ただ視線でグイドの姿を追っているだけで精いっぱいだった。


「さあ、行くよ」


 サルアに近づいたグイドは、サルアの縛られた両手を取り、ゆっくりと立ち上がらせると、背に手を当てながら、サルアを誘導した。





 鍵のかかる小部屋へ連れて行かれ、やっと手を拘束していた縄を外してくれた。部屋にはグイドと、白と黒のエプロンドレスを着た侍女がいた。

 グイドは部屋の窓際に置いてあった椅子に座り、格子の入った窓から外を眺めている。そのうち侍女が用意したお茶を飲み始め、とても優雅な雰囲気を出していた。


 サルアの方は、侍女にいろんな場所に連れて行かれ、体を洗われたり、衣服を見繕ってもらったり、食事を勧めてもらったりした。


 侍女が「はい、良いですよ」と言った時には、サルアは見違えるほど綺麗になっていた。


 さすがに肌の緑色が落ちることはなかったし、薬草独特の匂いも微かに残っている。しかし、薄汚れた感じがなくなっていたし、服は相変わらずの簡易なものだったが、真新しい品らしく、織り目がきっちりついていて、型崩れ一つしていない。


「ルーア、見違えたよ。とても良く似合っているよ」


 グイドの前に立てば、グイドは目を細めてサルアを見て、満面の笑みでほめてくれた。

 新しい服など初めて着たサルアは、歩き方がぎこちない。初めて靴を履いたからかもしれなかった。


 グイドは、自身の座っていた椅子をサルアに勧め、サルアの脇に立ったグイドは、綺麗に櫛を通し、艶の良くなったサルアの髪を一房指に絡めると、さらさらと流し落として行った。それはサルアの髪の手触りを楽しむ為なのか、それとも、これから告げることを誤魔化す為だったのか。


 サルアは、グイドのすることに抵抗せず、じっと座って前を向いている。

 何もせずにただ座ることさえ、サルアにとっては初めてのことで、内心では戸惑ってもいた。


「あのさ、ルーア。君はあの方の腕をどこで見つけたんだい?」


 とても静かな、悼みを感じる声だった。

 サルアはグイドを見上げることができず、視線を動かさないように努めながら、ただ首を振った。知らないという意味で捉えられるのか、言いたくないと捉えられるのか。サルアにとってあの腕との出会いは、場所も、情景も、何一つも、話すことの許されない禁句に繋がってしまう。告げられるはずなどなかった。


「……そう」


 グイドは悲しげな表情でサルアから視線を逸らし、重い息を吐き出していた。それから

すぐに笑顔を見せたグイドは、床に膝を折り、サルアの手を取った。


「それでも僕は君に感謝しているよ。あの方は腕を無くされた、でも生きているかもしれない。あの方は強い、だから僕はこれを希望とするよ。ありがとう」


 グイドはサルアの手を引きよせ、その甲におでこを付けると、祈るように目を閉じた。

 手が震えている。グイドの髪を見下ろしながら、サルアはどうしたらいいのかわからなくて、ただグイドの好きにと思い、じっとしていた。


 感謝して欲しくて腕を届けに来た訳ではなかったが、あの腕はこうして誰かに見つけて欲しいと願っていたのかもしれないと思うと、グイドの感謝の言葉は、サルアの行動を認めてくれたように思え、心の中に温かなものが浮かんでいた。

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