願いの行方
セシルの妾として受け入れられたサルアは、セシルの言い付けでだけ外出を許され、その際には、顔を隠すベールを着用するように申しつけられた。それはサルアの緑掛かった肌を隠す為なのか、美しくないサルアの容姿を隠す為なのか。両方かもしれないと、サルアは思っていた。
サルアは久しぶりに外の空気を吸っていた。四方を兵が囲んでいても、後ろにララが付きまとっていても、それはサルアにとって自由にほど近いものだった。
突然、兵の間を縫うように、一人の女がサルアの方へ掴みかかって来た。
サルアは突然のことで驚き、何事かと緊張を走らせた。
兵は女を捕え、民衆の集う区画まで連れて行こうとしていたが、彼女の強い眼差しはサルアに据えられたままで、涙が頬を濡らし続けていた。
「おまえのせいだ!」
女が叫ぶ。
サルアは自分に向けられた敵意に恐れ、兵がいてくれて良かったと思っていた。
「おまえが息子の未来を奪った! よくもグイドを足掛けにしたな! 許さない!」
女の投げた靴が、サルアの肩に当たった。
サルアはどうしようもない焦燥に囚われていた。
そんなことをした覚えはない。でも結果だけを見れば、そう思われても仕方がなかった。どう言い訳をしても、甘い汁を吸っているのはサルアの方。いくら塔に閉じ込められ、セシルの言い付けがなければ、どこにも行けないとしても、領主の三男の妾としての地位を得てしまっている。
「良い身分を手に入れると、恨まれたりするんですよねー」
サルアの後ろで、ララが楽しそうにつぶやいた。
それが民衆の意見なのだと、サルアは深く暗い穴に落ちて行く感覚を得る。
ただ山の中で薬草摘みをしていた頃が懐かしく思えた。同じ境遇の仲間と共に、毎日同じ仕事をして暮らしていたあの頃が……。それを不満に思い、飛び出して来たのはサルアだった。きっかけがあったにしろ、選んだのはサルアで。
民衆の並ぶ間を、豪華な衣装を着け、薔薇の花びらの洗礼を受けながら歩いて行く。
その先にあるのは、グイドを刑罰に処す場だという。
刑罰の方法は、ループ。高い位置に立ち、首に縄を掛けられ、そのまま下へ飛び降りる。死に至る前に縄を切り、干し草の上に落ちるという刑罰だ。
ループ。ルーア。グイドがサルアを呼ぶ声が聞こえた気がした。
刑罰台の上には、すでにグイドが立たされており、顔に袋を被され、後ろで手を縛られ、足も一つに括られていた。
「……ひどい」
ララを振り返れば、さすがに神妙な面持ちでいる。ほんの少しだけ安堵し、刑罰台の上を見上げた。
台はかなり高い位置にある。森の木々よりも高く、首の縄が食い込みすぎて、首が飛ぶ場合もあると聞いていたし、落ちる場所が悪くて死ぬ場合もあるとも聞いた。これは処罰でありながら、処刑に近いやり方だった。
サルアは震えていた。この重圧にどう耐えて良いのか、わからずただグイド、グイドと心の中で叫んでいることしかできなかった。
本当は駆け寄って、お願いだから止めてと懇願したかった。けれどサルアの足には、ドレスの下、両足首が、ゆっくり歩けるくらいにしか開けないように、縄で繋がれている。それはセシルの命令の一部で、この刑罰に立ち会うことも、セシルの命令であった。
見なければならないと、サルアは気丈に顔を上げている。グイドは大丈夫。強い人だからと願いを掛ける。
城の鐘が鳴る。
刑罰の時間を示す鐘が、夕刻の茜色の空に響いている。
鐘の音が止む。
息を飲む音さえ聞こえるような静まり返った場所に、刑罰台に立つグイドを支えていた板が外される音が響いた。
世界が色を失った。
嫌にゆっくりと過ぎる時間の中で、グイドが縄に吊るされて行く。
見なければならないと思った。
目を反らせば、サルアの願いが聞き届けられないような、そんな気さえしていた。
獣の咆哮が響く。
民衆の視線が一斉に空へと向けられた。
茜色の空に飛ぶ黒い影。
それが弧を描いて旋回し、グイドの傍へ向かったと思えば、そこにはもうグイドの姿がなくなっていた。
「グイド!」
サルアは叫んでいた。
あっという間に黒い点になってしまう竜の姿を視線で追いながら、やっと泣くことができた。
助かったのだと思いたかった。
竜が人を救うことがあるのか。そう問われたら、どう返せば良いのかわからない。けれど、竜と共にある人が、グイドの慕っていた人だということだけは知っている。だから新たな願いを掛ける。
どうかグイドが無事でありますように。
もう一度、グイドと出会えますように。




