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好き、じゃない

作者: 深見香穂

   好き、じゃない。

                 


 思えば、高校のときにすでに兆候は現れていたのだ。


「俺のこと好き?」

 嫌いじゃないよ。

そんな素直なやり取りのおかげで、高校のときのボーイフレンドはあっという間に私のもとから去った。

 

好きだよ。と言っていたらよかったのだろう。そんなことはわかっている、それはもうその件で学習した。


高校生の、恋愛のやり取りをまだ知らない私は、素直すぎたのだ。

好きかと聞かれたら、そうでもなくて、かといって嫌いではない。

そんなボーイフレンドの名前はもう思い出せない。それくらいの「嫌いじゃない」相手だったのだ。

 

大学に進んでからも私の恋愛事情は進歩がなかった。

ボーイフレンドから彼氏というステップは踏んだが、彼氏に対する感情はいつもほとんど同じ。別に嫌いじゃない相手。

飲み会や共通の友達伝いで知り合った相手から告白されてそのまま付き合う、けれど好きになれずに相手が離れていくという一連の流れを三回繰り返した。

 

もちろん高校のときみたいに、俺のこと好き?に対しては「好きだよ」ときちんと返事をした、のにだ。少し頑張ってラブラブオーラも出してみた、のにだ。


やっぱり相手のことを好きになれなくて、それは時と共にバレてしまう。半年から一年くらいの交際期間のうちに、彼氏は私から離れていった。

 冷めたならちゃんと言ってくれよ。的なことを三人とも言っていた。私に言わせれば、最初から熱くもなっていない。


けれどそんなことを素直に言うのはマズイというのは、高校時代に学んでいる。

そんなことないよ、ちゃんと好きだよ。と一応は全員にお伝えした。

まあでもやっぱり相手のことを好きではないわけだから、すぐにバレて振られてしまうのだ。

 

こうして充実した大学生活は終わった。傍目から見れば、大学の四年間で三人の彼氏がいたということはつまり、充実していたということらしいからだ。

 

きっと私は人を本気で好きになれない種類の人間なのだ。

求められたら応えるし、デートもキスもセックスもできるのに、好きにはなれない。愛せない。熱くなれない。


大学の友達はツーショットのプリクラに「すきすき」「愛してる」「ずっと一緒」なんてピンクの文字で書き込んだりしていた。

キスをしている写真も平然と撮っていた。

無理、無理。そんな気持ちの悪いことは私にはできない。

 

えー可愛いプリクラー。彼氏とすごく仲いいんだね、羨ましいー。

なんて、心の中とは全く逆のことを言って友達を褒めた。

けれどそんなことを平然とできる友達を、単純に「すごい」とは思っていたのだ。

 

私はもしかしてこのままずっと人を好きになれないまま、生きて死んでいくのか。結婚は普通にするかもしれない。

子どもだって欲しくないわけじゃない、そこまで確立した自立心や働きたい願望があるわけじゃない。

 けれどきっとおそらく、誰かを愛して、その延長で結婚をするわけではないだろうと漠然と思っていた。

 

その通りになった。

就職してまたすぐに彼氏ができて、一年半経ってプロポーズされて、少し戸惑って、けれど結婚した。自分で想像したよりもあっという間の出来事だった。


プロポーズされたときはやっぱり戸惑った。一生の問題になるかもしれないのだから、高校のときの素直さを発揮して


「私、人を愛せないの」と伝えるべきか迷った。

 

でも伝えなかった。

一年半も私の愛情の薄さに付いて来てくれた人は初めてだったのだ。

もしかするとこの先もバレないかもしれない。

バレたとしても、結婚して、もし子どもでもできていたら、簡単に別れを切り出したりしないだろう。


そんなことを思いながら、ふと、ああ私も人並みに結婚して離婚はしたくなかったんだなと気が付いた。

 

そうしてトントンパンと結婚した。

 

彼はふわっとした人だった。

初めて会ったときのことはほとんど覚えていない。

就職して半年ほど過ぎて、やっと仕事にも慣れてきて、大学や高校の友達との飲み会にも少しずつ参加し始めた頃だった。


ゼミが一緒でほどほどに仲が良かった友達から飲み会の誘いが掛かった。

行ってみると、こちら側の女と同じ数だけ知らない男もいた。

ああ合コンだったのか。そういえばそう言っていた気もする。

 

この合コンで彼と知り合ったのだ。

私は何人かとアドレス交換をして、彼はその中の一人だった。

 

「ご飯でも行きませんか、暇なら」みたいなメールが来たのは二週間ほど経ってからで、初めてのデートはその一週間後だった、と思う。なにせ、彼があまりにもふわっとした人だから、よく思い出せないのだ。

初めてのデートで食べたものも覚えていない。

その次のデートも思い出せない。たしか三回目のデートでキスをされたと思う。

 

覚えているのはここからだ。

四回目のデートは、初めて会った合コンから二ヶ月半くらい経っていた。

手を握られた。

キスはなかった。

普通だった。


初々しさよりも、ずっと前から一緒にいるような親近感と空気が心地よかった。

セックスをしたのはそれからまた二ヶ月経っていた。緊張よりも、彼の肌の温度が気持ちよくて違和感なく全てが終わった。

 

それから時間はすぐに過ぎていった。  

 

「あなたはいつもどっしりとしているよね。

あっ、どっしりって、悪い意味とかじゃなくてね。僕がふっと振り向くと、ちゃんとそこにいるんだよね。

少し困ったような真剣な顔をしてどっしりと存在しているんだよね」

 

ふわっと言われた。

あ、ついにバレたかと思った。「少し困ったような真剣な顔」、それは「私この人のこと好きなのかな」と思いながら彼を見ているときの顔のことだ。

決してどっしり存在しているわけではない。

今までの恋愛のように、私の恋はどこにもないから、どこにも行けずに彼の近くにいるだけのことだった。

 

これはバレたぞ。

過去の恋愛の経験から、そう思った。

まあでも今回は一年半も一緒にいたのか、十分の出来だ。それに心地よく一緒にいられたなあ。

 

「それでね、あなたにはずっと僕のそばでどっしりとしていてほしいんだけど。僕と結婚してください」

 

別れを覚悟した私に、彼はふわっと笑いながらプロポーズした。

あまりに突然で虚を突かれた私は、はあ?と言ってしまい、「ガラが悪いよ、それで答えは?」とまた彼にふわっと笑われた。

 

とてもとても困った。

彼は私がこれまでに出会ったどんな男よりも心地いい人だったからだ。

そりゃあ、イライラするときもある。

見たい映画の趣味が違ったり、味の好みが違ったりして、喧嘩になることもある。

けれど、彼はいつもふわっと謝ったり怒ったりして、私はすぐにそんな小さな趣味趣向の不一致がどうでもよくなるのだ。

 

「違うものは違うんだからもう仕方がないよね。

あなたはあなたの好きなものを見て食べて生活すればいいよ。僕もそうするからね」


そうそう。それでいいのだ。

好きにもなれない相手に無理に合わせたくないし、合わせられない。だからストレスが溜まって、どんどん、好きじゃないオーラが出て、振られてしまってきたのかな。

 

彼と一緒にいるとき、私は緊張しなかった。

自分を偽らなかった。

昔みたいに、ラブラブオーラを出そうともしなかった。それなのに。

それなのに、いや逆にそれがよかったのか?

 

彼はふわっと私にプロポーズした。

私は「私、人を愛したことがないの」と素直に言おうかどうか真剣に悩んだ。

こんなに悩んだのは人生を左右するセンター試験以来だった。

 

高校のときは「嫌いじゃない」と言って振られてしまったから、それからは「好きだよ」と言うことにしていたけれど、プロポーズとなれば話は変わる。

それに私はまだ二十四歳になったばかりだった。

けれど彼は二十八でそろそろ身を固めたくなる年頃だというのも、突然のプロポーズの要因だったのかもしれない。

 

ウーンウーンとたぶん声に出して悩んでいた私に彼はこう言った。

 

「あなたはね、素直な人なんだと思う。

話を合わせて、あれが好きこれは嫌いって言うこともない。

僕に対してもそうだよね。

僕はね、最初からあなたは僕のことを好きじゃないだろうな…って思ってた」

 

やっぱりバレていた。ゴンと頭のてっぺんをグーで殴られたような鈍い衝撃を感じた。

 

「でもね、それでもいいんだよ。

きっとあなたはもっと僕を好きになれる。ねえねえ、僕を嫌いじゃないよね?」


嫌いなわけがない。

 

「それなら大丈夫。

あとは好きになるしかないんだよ。

きっと結婚して子どもでもできれば、あなたは益々僕と離れづらくなる。

あなたと一緒にいると心地がいいんだよ、どうかな?結婚してください」

 

はい。

 

はい……?

私は「はい」と返事をしていた。

鈍い衝撃から立ち直った頃には彼はすでにふわっと笑っていて、「今の待った」は言えない状態だった。

「もう少し考えさせて」とどうして言わなかったのだろうか、と真剣に後悔している私を見て、彼はまたふわっと笑った。

 

「ほらね、あなたはすごく素直な人なんだよ。

だから直感で承諾したんだよ。諦めなさい」


そうか。私の恋愛に対する素直さが、高校生のときぶりに発揮されたのか。それならそれでよかった。

 


こうしてふわっとした彼とふわっと結婚したのだった。


それから一年経ち、二年、三年と歳を重ねるごとに、彼と一緒にいることが当たり前になっていった。

好きかどうかなんて考えるのもどうでもよくなった。

それよりも、彼と一緒にいたいと思えるようになった。

 

これは恋なのか愛なのか、いまだによくわからない。

もちろん今でも言えることは彼のことは「嫌いじゃない」ということだ。



―終―


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