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四話:『ハジマリ』

「へぇ〜。リリナ様って、こんなことも出来るんですね〜」

「そうよぉ。貴方たちが館の外に出るなら、獣人としてのパーツは隠さなきゃいけないからねぇ」

「ん〜。僕はあんまり気にしないんだけどなぁ」

「それを言うなら私もよ。けど、万が一のことを考えなきゃ」


 ぽふぽふと自分の頭を叩きながら、耳の無い違和感を楽しんでいるルー。その隣には、同じように翼が無いのを確認したエリカが、ルーの身嗜みを整えていた。


「でも、なんでエリカと? どうせなら僕、フルートとがいいなぁ」

「そう言うなよ。エリカが怒るぞ」

「あんたじゃあるまいし、そんなことじゃ怒らないわよ」


 口を尖らせて言うフルートに、軽口で返すルリ。

 一見失礼にも思えるルーの発言でもあったが、エリカは別段気にした様子もなかった。使用人としてルーを指導している間に、ルーがこういう人物だと理解していたからだ。


「俺だってついていってやりたいけどな。生憎、気が向いた時しか俺は外に出ないのさ」

「なにそれ。そんな気分屋だったっけ?」

「さあな。とにかく、今回はエリカと行ってくれ。勝手なことするなよ」


 怪訝そうなルーの視線を手で払うようにしてかわし、ルリはその場を離れていく。

 本当は、不用意な外出は控えるようにリリナに言われているからなのだが、それを言うとまた説明が面倒になるのでルリは言わない。

 それを察したエリカが、ルリの手を引いて、


「では、行ってまいります」

「え、ちょっとエリカ」

「気を付けてねぇ。何かあったら、直ぐに伝えるのよ?」

「はい」


 手を引かれながら、ルリに名残惜しそうな視線をチラチラ向けてくるルー。ルリはそれに対して軽く尻尾を振るだけで、特別何かをすることはなかった。

 バタン、と少し重たい音を響かせて扉が閉まる。ルリはそこでようやく息を吐いて、


「大丈夫かな、アイツ」

「なぁに? 冷たい態度とってたわりに、随分不安そうねぇ」

「…………」


 クスクスと笑うリリナ。所在なさげに揺れる尻尾は不安げで、それを見抜かれたルリはひとつ咳払い。


「大丈夫よ。エリカにはいつもより強めに身体強化をかけてるしぃ。ルーちゃんだって」

「いや、俺が心配してるのはそっちじゃなくて」

「?」


 ルリの否定に、てっきり二人の身を心配していると思っていたリリナが首を傾げた。

 が、ルリはその点に関して全く気にしていない。リリナは万が一があれば獣人化したって構わないのだし、ルーが本気で逃げに入ればまず捕まることはない。

 では、ルリは何を心配しているのか。


「……余計なこと、言わなければいいんだけど」


 ぽつりと呟かれた言葉は、誰に届くでもなく虚空に吸い込まれていった。










「あぅ……お尻が痛いかも……」

「慣れればどうってことないわよ」


 ルーが崩れた執事服を直しながら呟く。馬車の揺れは乗客にダイレクトに伝わる為に、乗り慣れていないルーには多少辛いものがあった。

 そんなルーとは対照的に、慣れたものだと言わんばかりにスタスタと歩いていくエリカ。ルーが慌ててそれについていくと、エリカは少しだけ歩く速さを抑えた。


「えーっと、頼まれたものは」

「大したものは無いわ。いつも通りの、食料調達よ」

「どれくらい買うの?」

「いつもなら買えるだけ買うのだけれど、今日はルリが居ないから」


 言いながら、ルーの細い身体をざっと見渡すエリカ。執事服に包まれたその身体は、正直力があるようには全く見えなかった。

 ワーキャットとハーピィ。本来なら、単純な力では前者に軍配が上がる。しかし、身体強化の恩恵を受けているエリカは普通のハーピィとは一線を画する。

 目の前にいるルーを見て、エリカは自分以上の戦力にはならないだろうな、と小さく息を吐いた。


「今日は、無理しないでそれなりにしましょう」

「そう? 僕、荷物持ち出来るよ?」

「いいから。いくわよ」


 首を傾げたルーの手を引き、エリカは歩き始めた。


 買い物を始めた二人だったが、ここでルーが意外な持ち味を発揮する。

 野菜片手にどれを買おうか悩んでいるエリカの横で、ルーがぱっと棚から緑黄色の葉野菜を手に取った。それはエリカが手に取っているものと同じものだったが、ルーが手に取ったものはエリカのそれよりも一回り小さい。

 が、ルーはそれの匂いを嗅ぐように鼻を近付け――否、実際に匂いを嗅ぐと、満足そうに息を吐いてそれをエリカに手渡した。


「何よ、小さいじゃない」

「小さいけど、詰まってる。騙されたと思って買ってみなよ」

「……本当に?」


 言われて、ルーから渡された野菜と、自分が持っていた野菜を見比べるエリカ。

 すると、その様子を見ていた店の男が嬉しそうに、


「おう、そいつぁウチの自家製だ! 良い目してんじゃねぇか」


 と、本当に嬉しそうに二人に向かって言った。

 いきなりのことに驚いたエリカは、それでも片手の野菜を男に掲げて聞く。


「こちらの方が、良いものなのですか?」

「おうとも。それは小さければ小さい程中身が詰まってるもんでな。それだけ香りも歯応えも違う。良いのが出来たんで試しに店先に並べてみたが、どうにも最近の客はわかってねぇなぁ。大きさだけで選んで買っていきやがる」

「はぁ」

「売れなかったら自分で食うつもりだったんだがよ。そこの嬢ちゃ……兄ちゃんか? まぁいい。なかなか見る目を持ってんな! 気に入った、御代はいらねぇからもってきな!」


 そう言って快活に笑ったかと思うと、男は棚から手頃な袋を取って、ポイポイと野菜を投げ入れていく。


「わぁ、おじさん男前〜!」

「ハッハッハ! なんのなんの!」


 男は袋が一杯になるまで野菜を入れると、最後にエリカの手にある野菜を二つとも袋に入れて手渡した。


「帰ったら、二つを切って見比べてみな。違いがわからぁ」

「わ、わかりました。ですが、こんなに……」

「いいっていいって。俺の機嫌が良いうちにいっちまぇ! 機嫌屋だからな、なに言い出すか分かったもんじゃねぇ」

「あ、ありがとうございます」


 深々と頭を下げるエリカに、照れたように顔を背ける男。

 去り際、ルーが元気に手を振ると、男も笑いながら手を振り返すのだった。


 で、次の店でも。


「エリカ。店の奥からすっごい良い匂いする」

「あら、わかるのお嬢ちゃん? ……ほら、これよ」

「これは……真っ赤な香辛料?」

「そうよ。見た目は辛そうだけど……そうね、今夜のスープにでも使ってみなさい。少しオマケしておくから」


 と、スパイス専門店で珍しい香辛料を貰ったり。


「お兄さん。これじゃなくてそっちがいいなぁ」

「なに?」

「だってそっちの方が美味しそうな匂いするよ? 並べてるんだから、売ってるんでしょ?」

「……知ってて言ってるなら大したものだな。ちょっと待ってろ……ほら、落として寝かした、丁度食いごろの肉だ」


 肉屋では同じ部位でも格段に旨いとお墨付きを貰った肉を買ったり。

 色々な意味で、二人の買い物は収穫を増やしていった。



 そして、時間は過ぎて。

 馬車が待つ門の外へと、当初の予定よりも多くなった袋を持って、二人は歩いていた。

 上機嫌で歩くルーの口には、帰りに通った菓子屋からもらった飴がくわえられている。

 そんなルーに、エリカは気になっていたことを聞くことにした。


「ねぇ、ルー?」

「んー?」

「貴女、しきりに香りとか、匂いとかって言ってたけど……あれって?」

「ああー。僕はね、魔術で『香り』を操ることが出来るんだよ」

「魔術で……? そんなの」

「獣人の魔術は、人間の魔術とビミョーに違うからね。それに、僕の魔術は一際異質なものだから」


 変だよねー、と軽く言うルーだったが、エリカにしてみればそんなに軽く済ませられるものではない。そもそも、香りを操る魔術なんて聞いたことがないのだ。


「エリカだって魔術使えるじゃん、音の。僕はそっちのが便利だと思うけど」

「いや、便利とか便利じゃないとか、そういうことじゃなくて……」


 呑気なルーの口調に、エリカは疲れたように息を吐いた。

 そんなエリカに気付くことも無く、ルーは続ける。


「そういえば、フルートの魔術も凄いんだよねぇ。流石、オ……、っと、これは駄目だった」

「……何? ルリも魔術を使えるの?」

「あぁ、いやいや駄目! 何も聞かなかったことにしてよ」


 一転、慌ててエリカを制するルー。しかし、エリカは何か聞き捨てならない言葉を聞いたような気がして、引き下がるにも引き下がれない。

 エリカは、ルリのことを奴隷だったこと以外は全くと言っていい程に知らない。だから、単純に好奇心が先走ったのもあった。

 予想外に食い付かれ、自分の失言を引き吊った表情のまま後悔するルー。それも当然、ルーが口走った内容は、ルリが何を置いても隠したがっているものなのだから。

 だが、二人の会話はここで強制的に中断させられることになる。





「「――ッ!?」」






 門の手前、もう少しで出口と言う所で、二人の身体に電流が走った。

 否、直接的な電流ではない。それに似たショックが、身体の表面を一瞬で駆け抜けたのだ。


「これは……っ」


 エリカの背中で、勢いよく翼がはためいた。リリナの魔術によって隠されていたはずの、獣人としてのパーツ。

 ルーもまた同様に、ワーキャットとしてのパーツ――即ち耳と尻尾が出てきてしまっている。

 エリカは考える。

 リリナの魔術は、感情が異常に昂らない限りは破れることはない。二人とも、魔術が破れる程に興奮などしていないはずだ。ならば、魔術が解けた理由はひとつしかない。


「かかったぞ!」

「全員、構え! ワーキャットを捕らえよ!」


 ――やはり、王都の妨害魔術!


 答えに辿り着くと同時、罠に嵌まったことも理解したエリカは周りを見渡した。

 既に二人は囲まれている。この対応の速さは、ターゲットを決めて準備していなければ到底叶わない。

 ハーピィであるエリカを狙うことは考えにくい。ならば、先の言葉通り、狙いは当然――


「エリカ、荷物持って先逃げて」

「なっ」

「薄々感付いてはいたんだよね。鉄と鉛と火薬……それに、だいっきらいなアイツの臭い」


 ルーの尻尾が、髪の毛が、空に向かって逆立っていく。

 見開かれた瞳は、気味が悪い程に瞳孔が開いていた。


「エンクルゥ伯爵はワーキャットの生け捕りを求めている! 両手両足を撃ち抜け! 動きを封じて縛り上げろ!」

「巻き込まれる前に早く! エリカ!」

「っ……!」


 ルーの分の荷物を持ったエリカは、その翼をはためかせて一気に空へと飛び立った。

 その速さは流星の如く。身体強化のかけられたエリカの移動速度は、もはや生物の限界を越えていた。

 エリカが飛び去ったことを確認したルーは、そこから見る間にその形相を変えていく。次いで、手の爪は鋭く伸びて、剥き出しの歯は牙のように尖っていく。


「悪いけど手加減しないよ。あんな奴のとこになんか、絶対帰ってやるもんか」


 瞬間、ルーの身体が『消えた』。

 遅れて放たれた銃弾が、何もない地面に突き刺さる。


「どこだ!」

「ここ」


 声を上げた男が倒れる。その男だけではない。周りにいた数名もまた、糸が切れたかのように倒れていく。


「銃を捨てろ! 刀剣、構え!」

「! ちぇっ」


 銃が捨てられ、全員が剣を構える。ルーは舌打ちをしつつも、高速で移動するのを止めた。

 密集している刃物の中を高速で移動すれば、当然身体は傷だらけになってしまう。

 それを悟ったルーだったが、動きを止めてしまったことまでは、間違いだった。


「一陣、構え! 前へ!」

「やばっ」

「突撃!」


 ルーが動きを止めた一瞬で、数人が一斉にルーに襲いかかった。

 如何にルーの動きが速かろうと、囲まれてしまえば成す術が無い。

 だが、


「なーんて」


 ルーは切羽詰まった焦りの表情から一転、悪戯っぽい笑みで舌を出す。まるで、今の状況が予定通りだと言わんばかりに。


「ほいっ」

「っ!?」


 剣が降り下ろされる刹那、ルーは目の前にいた兵士の一人の脚を払った。ワーキャットの身軽さは、その身体の軽さともうひとつ、異常なまでの脚力から成されている。地面ごと抉ろうかという勢いで足払いをかけられた兵士は、堪えられるはずもなく地面に倒れこむ――前に、ルーに身体を捕まえられた。

 首に右手を回し、左手の爪を首に軽く押し当てたまま、ルーは兵士を上にしたまま仰向けに倒れこむ。


「さ、どーぞ?」


 軽い口調で、ルーは兵士達にそう言った。兵士達が剣を降り下ろせないのを分かっている上で、ルーはまたしても意地の悪い笑みをする。

 自分を捕まえたいのなら、上の男ごと切れば良い。言外に告げるルーに、兵士達は剣を振り上げたその体勢のまま動けない。

 そして、一瞬でも動きが止まってしまえば、今度はルーが動く番になる。


「よっと」


 何気ない仕草から、上にいる兵士を『持ち上げて蹴りあげる』。

 天高く打ち上げられた兵士が苦しそうに呻いたその時には、既にルーが包囲網を突破していて。


「にゃははは。僕を捕まえたいのなら、もっと頭を使うんだね! では、さらば!」


 少し前までと同じように、高らかに笑って逃走したのだった。










「ただいまー」

「ルー! 大丈夫だった!?」

「うわぁ、びっくりした」


 ルーが屋敷に戻ると、今まさに屋敷を飛び出そうとしていたエリカが、ルーを見るなり肩を掴んで詰め寄っていた。

 上から下まで、ざっと見てルーに怪我が無いことを確認すると、エリカは小さく安堵の息を吐く。


「だから言ったろ。ルーから心配いらないって」

「フルート」

「お疲れ様。厄介な目にあったみたいだな」

「ううん。数こそいたけど、大したことなかったよ。それより……」

「?」

「……やっぱりいいや、着替えてくるよ」

「あぁ。本当に、怪我は無いんだろ」

「うん。ありがと」


 言って、背を向けたルー。その背中をしばらく見つめていたルリだったが、やがて何かを思い出したようにエリカの方へと視線を向けた。そして口を開いたところで、


「エリカ。少しお休みなさいな。王都からここまであれだけの荷物を持って翔んできたんだもの」

「申し訳ありません……。……ルリ? どうかした?」

「いいや、何でもない。後は俺がやっておくから、今日は休め」

「うん……お願いね」


 疲労困憊、といった様子のエリカを見て、一度口を閉じて再度休憩を促した。

 聞きたいことがあったが、急いで聞き出すことでもない。些か、聞く内容と、答えによっては不安が残るものの、仕方無いとルリは割りきった。


 そんなルリを見詰める、リリナの視線には気付かないままで。


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