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3:迷子になった彼女

後半にRシーン(PG-12程度)を含みます。

――し、死ぬ……。


 夜会が始まって約一時間。リディアは早くも後悔をし始めていた。

 敗因はコルセットという物の底力を嘗めていたことだろう。こんなにぎちぎちに締め付けられては、食事どころか呼吸だって満足にできやしない。今だって立っているのがやっとという有り様で、メイラーが紹介してくれる人物に機械的な挨拶を返すのが精一杯だった。

 そもそもアザリアに最終チェックを頼んだのが間違いだったのだ。十分過ぎる程締め付けられたコルセットを、「まだまだ締められます」と更に締め付けるようメイドに命じたのは彼女だ。メイドだけなら、もう少し緩くしていてくれただろうに。

 その諸悪の根源(アザリア)も今は招待客への挨拶に連れて行かれてしまった。

 遠目で見てもすぐにわかる存在感。普段の質素な姿でも十分に美しいけれど、ドレスアップした姿は輝かんばかりで神々しくすらある。

 それに比べて、リディアの幼いこと。二歳という年齢差はこうも違うものかと、溜め息を吐いた。


「あのな、お前が歳を重ねたところで、アザリア嬢みたいにはなれないからな」

「……」


 思考を読むなとメイラーを睨むが、全く意に介さない様子で流される。明日の朝食にタバスコをぶちこんでやろうと、リディアは一人決心した。


「で。いたのか?“運命”の相手とやらは」


 いたら兄の傍(こんなところ)にはいないだろうが。

 メイラーもそのことはわかっているらしく、意地悪い顔で笑っている。そのにやにや笑いに、リディアはカチンときた。

 締め過ぎたコルセットや(物理的な理由で)口にできないご馳走など、夕方以降ずっと我慢を強いられ続けているリディアの沸点は、現在非常に低くなっていた。からかっているだけとは知りつつも、リディアはその怒りを抑えることができなくなった。

 すうと呼吸を整え心中でにっこりと微笑み、――彼女は伝家の宝刀を抜いた。


「あ、アザリアが絡まれてる」


 その瞬間、メイラーの顔から表情が消えた。

 ばっとアザリアのいる方角を振り返り、青年貴族と談笑するアザリアを認めると顔から血の気がざっと引いた。

 今アザリアと話をしている男、名前をアーノルドと言う。遠く遡れば王家に繋がる由緒正しい家柄の嫡男で、その甘いマスクは女達を(とりこ)にしてやまない。

 そんな優良物件たるアーノルドだったが、結婚どころか未だ婚約すらしていない。その理由は彼の性格にある。彼は、社交界に疎いリディアさえ知っている程の女(たら)しだった。世界中の女性は自分のものだと豪語し、更に十人中十人が美女と認めるような女性しか目を向けない。アザリア曰く、「百回死んでも治らない馬鹿」だそうだ。

 そんな男がアザリアに張り付いているのを看過するようなメイラーではなかった。


「……リディ、広間から出るんじゃないぞ」


 顔を強張らせたメイラーは、リディアにそう言い置くと、脇目もふらずにアザリアの元へ向かって行った。


――絡んでるって言ったって、単に話してるだけなのにね。


 相変わらずアザリアのことになると周りが見えなくなる兄に苦笑しつつ、リディアは人とぶつからないよう壁際へと寄った。

 近くテラスから吹いてくる風が何とも心地好かった。火照った彼女の頬を冷まし、芳しい薔薇の香りを運んでくれる。手持ち無沙汰な彼女はふと、中庭に興味を向けた。

 兄は広間(ここ)にいろと言っていたが、何も敷地の外に行こうというわけでもない。中庭だって立派な会場の一部だし、短時間で戻れば見咎められることもないだろう。それに、食べられもしないご馳走がずっと視界に入っているのは、精神衛生上非常によろしくない。

 リディアはドレスの裾を摘まむと、そっと広間を抜け出した。



 中庭一杯に咲き誇る薔薇を前に、リディアは言葉を失っていた。

 客達は気にしていないようだが、ウィルモンド伯爵邸の庭には非常に多くの薔薇が――中には貴重種と言われるような種類のものも――植えられていた。咲く時期が微妙に異なるこれらを、この日を選んで一気に咲かせた庭師の技術は見事言う他ない。

 元々ダンスやマナーといった淑女の嗜みより、植物をいじっている方が性に合っているリディアは、誘われるように中庭の奥へと歩いて行った。

 見慣れた種類の中に、ぽつりぽつりと珍しい種類のものが混ざっている。それは大海に隠された宝箱のようで、思いがけない宝探しにリディアの心は浮き立った。浮き立ち過ぎて――


「ここ、どこ……?」


 迷子になった。


――え?ここ、庭よね。伯爵邸の敷地内よね。


 リディアに塀を越えた記憶はないから、《転移》の魔方陣でも踏んでいない限り、ここはウィルモンド邸の庭の筈だ。

 しかし植木の配置のせいか、丁度この場所からは屋敷を見ることが出来ない。その上、客人がここまで訪れることを想定していないらしく、灯されたランプの数は非常に少ない。リディアは本当に伯爵邸にいるのか、心配になってきた。


――は、早く戻らないと、お兄様に怒られるー!


 リディアが焦り始めたその瞬間。がさりと、何かの動く音がした。


――良かった!誰かいたわ。


 庭で迷ったと言うのも中々恥ずかしいものだが、背に腹は変えられない。屋敷の方向だけでも教えてもらおうと、音のする方を目指し歩き始めた。

 人は複数いるらしく、何やら話し込んでいる様子だった。はっきりとした言葉は聞き取れないが、声質から言って男と女らしい。男性と会話するのには慣れていないので、女性がいてくれるのはありがたかった。

 しかし次の瞬間、リディアはそう思ったことを全力で後悔することになる。


「……はぁ……やぁ…………」

「…………レオナ、愛している……」

「ぁあんんっ…………」


――ちょっと待てーーっ!!


 いや、ここ庭ですよね。しかも夜会真っ最中ですよね。なのに、何故艶っぽい声してるんですか?どう贔屓目(ひいきめ)に見ても、薔薇に感動して出す声じゃないですよね?

 リディアは思わず周囲を確認した。とても薄暗くぼんやりとしか見えなかったけれど、間違いなく彼女の周りには切り揃えられた植木や剪定された薔薇があり、ここが手入れされた庭園であると主張している。花街や裏道の類いに迷い込んだわけではないとをわかりほっとするが、それで問題が解決したわけでもなかった。

 絶え間なく響く甘い吐息は、否応もなくリディアの耳に届く。濃密な口付けの音に彼女の顔は真っ赤に染まった。なんという場違いな所に来てしまったのか。彼女は自分の迂闊(うかつ)さを呪った。いや、本当に場違いなのはカップルの方であったが、それを指摘する度胸などリディアにはなかった。


――社交界なんて、ロクなものじゃないわ。


 恋人達に見つからないよう、体を低くして元来た道を戻る。帰り道がわかったわけではないが、見つからない内にこの場から離れたかった。

 しかしそんな願いすら叶わない程、今日のリディアは運が悪いらしい。

 ふいと頭を上げたその先で、暗闇に浮かぶ深紅の瞳と鉢合わせる。燃え盛る炎のような紅にリディアはひゅっと息を飲む。


「静かに」


 それは木々の葉擦れの音より小さな声だった。リディアの耳に届くか届かないかぎりぎりの声量。しかしその声には、有無を言わせない何かがあった。拘束の術はかかっていなかったのに、彼の言葉を聞いたリディアはその場から一歩も動くことができなくなった。


「失礼」


 え?と思った時、既に彼女の身体は男の腕の中にいた。右手で彼女の口を押さえ、左手でその身体を抱く。あまりにも急過ぎる展開に、リディアは“抵抗”という言葉すら思い浮かばなかった。

 迷子になっていたことも忘れて呆然とするリディアと息を潜めて身を固くする男。その奇妙な沈黙を破ったのはどちらのものでもない声だった。


「音がしたって……。気のせいじゃないか?」

「でも確かに物音が……」


 すうっと血の気が引いていくのをリディアは感じた。別に自分に(やま)しい所は一つもないのだが、鉢合わせた所で「見てましたよー。素敵なキスシーンでしたねー」と和やかな世間話ができるわけもない。出来ることなら何も見なかったことにしたい。

 目だけ動かして男の様子を確かめると、男も同じ思いなのか黙って頷かれた。


「誰もいないよ。気のせいだろう」

「そうですか……」

「今はいなかったが、ゆっくりしていては誰か来るかもしれない。そろそろ戻ろう、レオナ」

「そうですわね、オーガスタ侯爵。あの……、来月の視察なんですけど……」

「ん?……ああ、あれか!勿論、お前を連れて行くよ」

「嬉しい!楽しみにしてますわ」

「私も楽しみだよ。……この続き(・・)もできるしね」

「まあ!」


 くすくすという笑い合う声はどんどん遠くなっていき――、やがて何も聞こえなくなった。それでもあの二人が戻って来るのではないかと、二人ともその場から動くことができなかった。

 何時間にも感じる沈黙の後、先に動いたのは男の方だった。ふうと安堵の息を吐くと、ゆっくりリディアの拘束を解いていく。


「突然、失礼しました。あの二人に見つかりたくはなかったので」


 そう言って、へにゃりと笑う男。今までの緊張感はどこへ行ったのかと思う笑顔だったが、それを見たリディアの感想は、綺麗な瞳だなーという、もっと間の抜けたものだった。

R指定の基準がよくわかりません……。

今回なら15禁までいかないとは思うのですが……。

最近の少女漫画が結構過激なので、どこまで許されるのか悩みどころです。

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