不確定な在り方
先に駆け足で病院を出て行った小夜子の姿を見届けた後、新一もゆっくりと歩き出した。
夜とは何時のことだろうか。もう、外は少しずつ暗くなっている。
(どこへ行くつもりだ?)
『もちろん笠見山に決まってる』新一は鼻で笑った。
(さっさと体の自由を返せ)
『返せ?それはおかしい、この体、遠藤新一は、今まで、そしてこれからも本人以外操ることは出来ないのだから』
(お前が遠藤新一だと言いたいのか?)
『そうじゃないさ、お前も俺だということをわかって欲しいんだよ、俺が小夜子に言った言葉に間違いはなかっただろ?』
(………)
笠見山の前に着いた頃には、月はあの日と同じように空に張り付いていた。
(小夜子は来ないんじゃないか?)
『来るよ。…絶対に』新一は小夜子が来るであろう方角を見据えて言った。
(お前に何故わかる)
『そりゃあ簡単さ、小夜子が遠藤新一に「大嫌い」って言ったからだよ』
(…?)
『本当に嫌いなら面と向かってそんなセリフ言わないもんだ。……ほら、見てみろよ』
暗がりに小夜子が見えた。ゆっくりこっちに歩いて来るのがわかる。
(早く変われ!)
『………』
(おい、ふざけんなよ!まさか、このまま変わらない気じゃあないだろうな!!)
『………』
新一は小夜子が来る間、何も答えようとしなかった。
『小夜子、来てくれないのかと思ってたよ』
「夜に待ってるって言い方が曖昧でそれが気になっただけよ。いつまで待つつもりだったの?」
『わからないよ。でも出来るだけ待とうと思ってた』
「たぶん、すぐ帰ったと思う」
小夜子は無理に笑った。
(居づらい。でも今は逃げる体がない)
『もう一度森に入らない?今度は離さないから』そう言って新一は小夜子の手を握った。
(小夜子にさわるな!)
自分で自分に自分の体で触るなというのは矛盾で、あまりに不自然だが今の私にはどうでもよかった。
「手をつなぐの何年ぶりかな?」小夜子は懐かしい感触に少し緊張の糸がほぐれたようだった。
「私ね、新一君に謝らなきゃいけないことがあるから来たの」
小夜子は立ち止まった。
『謝らなきゃいけないこと?』
「一つだけ新一君に嘘ついてることがあるのよ。駅で会ったでしょ?あれ、偶然なんかじゃない。
私、駅で新一君を待ってたんだ、久しぶりに会ってみたかったから……ごめんなさい」
『謝りたいのはこっちだよ』
新一はそう言うと小夜子を連れて森に入った。
しかし、あの時と違い私に自由はない。私は小夜子が笑う度に、悔しい気持ちと嬉しい気持ちが同時に押し寄せるのをただ黙って感じているしかなかった。




