偽りの過去
午後7時、大学から帰宅の途に着く折に、地元の数少ない友人であり
元彼女である三國小夜子に出会った。
彼女は明るく、天真爛漫な性格で、私の常識と照らし合わせるなら間違いなく美人と言えた。
そんな小夜子と付き合えたのは全くの偶然だった。
中学ではほとんど会話のなかった二人が、高校に上がると同時に仲良くなり始めた。
一見不自然だが、私たちに選択の余地はなかった。
高校は地元から電車で二時間かけたところにあり、同じ中学からこの高校に進学したのは、私と小夜子だけだった。
知り合いは小夜子だけ、もちろん小夜子にしても同じだった。
いや、小夜子は私のことなど、知りもしていなかったかもしれない。
しかし、話し相手という救いを求めて私たちは仲良くなっていった。
一種のつりばし効果というやつだろうか。そのある種の怪奇に根ざした現象は、奥手な私に小夜子を与えた。
ある日のこと、小夜子は私に告白した。
本来ならばなんの特徴もない私など相手にしないであろう人種が私に告白したのだ。
私は自分が人生の絶頂にいると確信した。
有頂天になり電車の中で小夜子と話すときは、
ありもしない優越感を周りの男達にぶつけていたし、
高校のクラスメートとの会話でも口をついて出てくるのは小夜子のことばかりだった。
そして、大した問題を抱えることもなく二人の関係は進み、
付き合って二年が過ぎた頃だったろうか、私は小夜子に別れを告げた。
特に理由はなかった。
今考えてもあの時の行動は理解できない。
別れを告げた瞬間も、私は小夜子を愛していたのだ。
小夜子は何も言わずにうなずくと、涙を拭った手の平で自分の頭を
軽く小突き、卑怯な私に精一杯の笑顔を送った。
それ以来、小夜子とは一度も話す事がないままに高校を卒業してしまった。
私は高校卒業と共にその苦い記憶を封印して生きてきた。
それが、別れてから4年の月日が経過した今になって、小夜子との再会によって
私の傑作であるはずの封印は、まるで初めからなかったかのように消えうせていた。