第2話 第零世代
風見一希には、妹が一人いる。風見一姫という名の妹が。
裏を返そう。風見一希には、妹が一人しかいない。そう。風見一姫という名の妹が。
なら、こいつは誰なんだ?
「……どうしましたか、兄様?」
…抑揚のない声で、無表情のまま首を傾げられても困る。
「いや、落ち着くんだ風見一希。これより困難な状況なんていっぱいあるじゃないか。ちょっと会話の筋が見えないだけだ、な」
普段なら自分に言い聞かせるなどしない一希が自らに言い聞かせている光景は、舞無や雪華あたりがいたら、驚いて眼を丸くするだろう。
最も、その二人は、眼を丸くするどころか、一希の後ろで、にこやかに微笑んでいるのだが。
正直、黙って銃口を向けられた方がましかも知れない。
「……それで、どういう事なんでしょう、一希さん?」
「…あ、いや、その…」
「姉さん。この際ですから弁明を聞くのは、銃殺してからでも遅くはないかと。姉さんがこのケダモノにヤられる前に殺ってしまうべきです」
物騒な言葉と共に、背中に背負った狙撃銃を向けるのは、雪華と瓜二つの妹、桜華だ。
「…というか、俺何も悪くなくないか?」
「遺言はそれだけですね」
「安らかに眠ってくださいね」
二人が微笑んで引き金に掛けた指に力を入れた時。
一希は、本気で死を覚悟した―――
◆◇◆◇◆◇
コトン、と音を立てて湯飲みが置かれる。中に満たされた湯気を立てる緑茶が波紋を広げた。
「粗茶ですが」
雪華が目の前に置いた湯飲み、その中身を暫く興味深げに眺めた後、少女はペコリと頭を下げた。
一希の前にも同じように湯飲みを置くと、雪華は黙って桜華の後を追って自室に消えた。本当によく気が利く少女だと一希は改めて思う。
香りも味も薄い、特売ティーバッグの緑茶を一口飲んでから、一希は口を開く。
「で…君は俺の妹なのかな?」
「イエス、兄様。双羽は紛れもなく、兄様の妹です」
何の感情も宿していない、深紅の眼が一希を映す。
「……俺の親…つまりは君の親について何か知らないか?」
「ノン。記憶にありません」
「誰に育てられたかは?」
返事は同じだった。
「君は、どこから来たんだ?」
「…?それは、生物学的な観点からの疑問ですか?」
「……質問を変えよう。君は、ここに来る前はどこに居たんだ?」
「……」
双羽は、眼を宙に泳がせた。
「…ノン。その記憶は破壊されています」
「はい?」
「記憶に齟齬が生じています。被弾が原因かと考えられます」
「被弾!?どういう事だ?」
「そのままの解釈です。双羽は、十四時間前、銃撃を受け、被弾しました。」
双羽は、そう言うと、テーブルの上に黒い小さな塊を置いた。
それは、背の高いドングリのような形をしており、少しばかり、血が付いている。
紛れもない、銃弾だった。
「雪華、すまない。少し来てくれ」
部屋から出てきた雪華に、一希は銃弾を見せた。
餅は餅屋という事で、一希は、雪華に弾の鑑定を頼む。
因みに桜華を呼ばなかったのは、まだ、この都市で使用される銃弾の特徴を覚えきれていないからだ。
と言うのも、一希は既にその銃弾がどこで使われているか、大体の検討が付いていた。雪華に鑑定を頼んだのは、単なる保証に過ぎない。
もし、一希の予想が正しいならば、それは時限式の核爆弾よりも遥かに面倒な代物だった。
第四都市で、わざわざ黒に着色された銃弾を使う組織など、一つしか一希には思い当たらない。
「……PMC正規軍、治安対策一課…主に重要拠点の守備隊が携行する冷泉銃工社製の小銃弾に間違いありません」
「…やっぱりか…ありがとう。もう良いよ」
「……」
雪華は何か言いたげな様子だったが、敢えて一希は気が付かない振りをした。
部屋の扉が再びしまってから、一希は座り直し、乾いた口内を緑茶で潤す。
味は、しなかった。
「……最後の質問。君は、誰だ?」
「……」
双羽は、一希ではなく床を見ていた。
「…私は―――」
世間は聞かなきゃよかった事で溢れている。
それの殆どが後ろめたい話だ。
でも、この話は。
汚いとか後ろめたいとか、そんな次元を越えていた。
「“Half Red Eyes”計画、私はそれの第零世代型です」