第1話 プロローグ
廊下が赤く照らし出される。非常電源によって作動した赤色回転灯だ。
「捜せ捜せ!!」
「絶対に逃がすな!!」
「監視班は何をやっていたんだ、馬鹿野郎!!」
絶え間無く響く軍靴の音は、とても慌ただしい。
防弾・防刃ベストを着込み、小銃を抱えた兵士達の表情もまた同じ。
それだけ、彼らに取ってはこれは、『予想外』の出来事だったのだろう。
警報の中、一際高い音程で鳴り響くブザー。
「隔離完了しました!!」
「よし、虱潰しに捜せ!!最悪、手足の一本や二本は構わん!!」
「はっ!!」
「第五小隊は隔離壁外を捜索しろ!!まさかとは思うが、脱出されている可能性がある!」
「イエッサー!!」
部下達が廊下の角から完璧に消え去るのを確認してから、彼は溜め息を吐いた。
「ったく、なんてこった…」
とんだ貧乏くじを引いちまった。それは、彼がポーカーで敗け、今日の夜警を引き受けたが故の物だったのだが、恐らくその時から彼の運は尽きていたに違いない。
研究対象一名の脱走。
有り得ない事だと思っていた。誰も彼もが油断をしていた。それが、この様である。
予想外の事態に、人間は弱い。軍人だろうと、それは変わらない。
彼は、人差し指で軽く目の前を凪いだ。
「……ちっ」
普段ならそれで出現する筈の仮想ディスプレイ。しかし、何の反応もない。
「システムが偶然故障するなんてなぁ…」
完璧に制御された筈の兵員補助システムの故障は、兵士達の捜索にも、かなり大きな障害となっていた。
「駄目です、隊長。目標、完全に見失いました。追跡は不可能!!」
「……第五小隊を呼び戻せ。これ以上は無駄だ」
さて、これから待っているのは何だろうか。始末書?査問会?降格?
どれにせよ、ろくでもない未来だと、彼は自嘲する。
赤色回転灯だけが、彼を慰めるように、クルクルと回っていた。
―――研究対象一名が脱走。直ちにこれを追跡、捕獲せよ。
対象名は―――
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