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夏とプールと少年少女

夏の風物詩と言えば何であろうか。

花火、浴衣、海、水着。多かれ少なかれ、大抵の人間は、この四つの内、一つは確実に挙げるだろう。

しかし、この汚染が広がった世界に海などという贅沢な物が存在する筈もなく。よって、代替物が存在するのは、想像に難くない。それは、プールという物の筈だった。

今までは。


「海だあぁぁぁ!!」


「……何故お前も居るんだ、五十君野…」


いきなり叫び出した秋に、一希は、頭を抱える。

普通、周囲の客に非難の眼を向けられてもおかしくないのだが、二人以外誰も居ない。

それもその筈。この海。まだ開業していない(・・・・・・・)上に、現実ではない(・・・・・・)からだ。


「しっかし、すごいな。冷泉の知り合いってのは」


秋が周りを見渡しながら言った。


「全くだな」


複合レジャー施設の一つとして新たに出来た仮想空間に於ける(・・・・・・・・)海水浴に一希達を招待したのは、葵衣だった。モニターを頼まれたは良いが、貰ったチケットは、六枚。そこで一希達を誘ったのである。


「それにしても…七万も積んだ甲斐があった…!」


本来なら、ここに来るのは、一希、舞無、雪華、桜華、葵衣、彗の予定だった。ところが、彗が前日に風邪を引いてしまい、一人枠が空いてしまった。

一姫を招待しようとしたものの、一姫は一姫でバイトが入っている。そこで、チケットは、葵衣に任せられる事になったのだが…


「あいつ…オークションに掛けやがったな…」


恐らく、ネットではなく、直接的なオークションだろうが、何が起こったのかは、一希にも容易に想像できた。四人とも、それなりに人気がある事を知っているからである。


「俺は、彼女達の水着を見れるなら…もう死んでも良い…!」


「じゃあ死ね。というか、殺されるぞお前」


「誰にですか?」


後ろから、太陽に焼かれた砂すらも、一瞬で凍て付かせるような、冷たい声が響く。


「桜華か。早いな」


「水着の選別がすぐに終わったので」


黒の競泳用水着を着て、短い灰銀の髪を潮風に揺らす桜華が立っていた。こんな時でも、武器を手放したくないのか、左足のレッグホルスターに拳銃(サイドアーム)を装備していた。最低限の良識は有ったのか、ライフルは持っていない。

出来るだけそれには、眼を向けないようにしながら一希は、口を開く。


「…似合ってるぞ」


「…あなたに言われても嬉しくない」


淡々と答える桜華の前に、突如、秋が片膝を付く。


「ああ、なんと麗しいお姿。きっと今日、私と貴女は―――」


「うるさい」


火薬の爆ぜる音と共に、砂浜に孔が開いた。


「あっち行け」


続けてもう一発。二発共に秋の膝頭のすぐ前の砂に命中しているのは、流石狙撃手(スナイパー)と言った所だろうか。


「は、はい……」


トボトボと秋は、去っていった。


「…そういう事は、姉さん達に言うべきかと。まだ姉さん達が来ていない一番の原因は、あなたなんですから」


「……どういう事だ?」


「分からないんですか?」


驚いたような表情を浮かべ、桜華は、一希の顔を見る。


「全く分からない」


「……自分で考えて下さい」


若干怒ったようにそっぽを向き、パラソルの下へ歩いて行ってしまった桜華に、一希は頭を悩ませた。


「……なんだって言うんだ…?」




仮想空間とは言え、再現された太陽は、足元の砂を鉄板が如く熱していた。

何をする事もなく、時折太陽を見上げながらぼんやりと待ち続ける一希は、パラソルの下という安全地帯(日影)で、拳銃を解体整備している桜華よりも不毛な時間の使い方をしているのかも知れない。

だからこそ―――


「お待たせ」


という声は、ありがたく聞こえたのかも知れない。

一希は、その声に振り返る。

シンプルな赤色のビキニの上にワイシャツを羽織った舞無。

緑のギンガムチェックのビキニに髪を後ろで纏めた雪華。

自然に―――極々自然に―――


「似合ってるな」


と、二人(・・)に一希は言ってしまった。


「あ、ありがと…」


「…ご、ございます…」


気温の所為か、顔を真っ赤にして背けてしまった二人を他所に、一希は後ろに立つ最後の一人を見る。


「…で、なんなんだそれは…」


「分からないの?」


「すまん。全く分からない」


というか分かりたくない。内心一希は呟く。


「スク水が分からないなんて、どうかと思うけど?」


紺色のスクール水着、所謂スク水を着た葵衣は、その水着には似合わない胸(雪華程ではない)を張る。ご丁寧にも『にねんいちくみ れいせん』と書かれたゼッケンが揺れた。


「あれ?もう一人は?」


舞無が周りを見渡して言った。


「……桜華を見て察してくれ」


銃にマガジンを装填する桜華を指差し、一希は言った。


「あー」


納得したように三人が頷く。


「……それで、私達は何をすれば良いんでしょう?」


雪華の疑問に、全員が黙った。誰も海に|《仮想空間だが》来た事がないので、何をして遊べば良いのか分からないのである。


「…敵の上陸を想定した戦闘訓練、というのは?」


いつの間にかやって来た桜華が言う。


「現実じゃ役に立たないだろ…海ないし」


「えーっと、困った時は…」


葵衣が宙から説明書を取り出し、捲る。


「……これが良いかな」


次に宙から降ってきたのは、ボールだった。


「ビーチバレーっていうのが有るらしいわよ。取り敢えずそれで良いんじゃない?コートも出来たみたいだし」


葵衣が指差す先には、ネットと審判台が有った。


◆◇◆◇◆◇


波の音だけだった海岸に、鋭いホイッスルの音が響いた。審判台の上の葵衣が吹いた、ゲーム開始の合図である。


「行きます」


桜華によってボールが空高く打ち上げられ、次の瞬間空気を切り裂いた。


「よっと」


一希は、それをアンダーで打ち上げ―――


「はいっと」


舞無がオーバーで返す。


「それっ」


返ってきたボールを雪華がネット近くに打ち上げ―――


「えい」


桜華が一希達に叩き込む。

そんな攻防が数回続き。

舞無がネット近くに落としたボールに、雪華と桜華がボールを中心にXを描くように走り出す。

どっらが返して来るか分からないようにするつもりなのだろう。

一希もネットに向けて走り出す。砂が足に蹴られ、潮風に舞う。

一希が跳躍した時、ボールを打つ絶好の地点を跳んでいたのは、雪華だった。

互いに一瞬だけ眼が合う。

雪華の手が動き、ボールを捉える。

一希が迎撃する為に、手を伸ばし。

そして―――



ボールが地面に落下する。


「はい、終了。1-0で風見・月下ペアの勝ち」


ネットに沿って引かれた線。二人に弾かれ、ネットの上に乗っかったボールは、雪華と桜華のコートに落ちていた。


「意外と疲れたな…」


一希は呟いた。


「次は、私と誰?」


「なら私が」


「一希さん、審判やってください」「あぁ、分かった」


まだ、昼は終わりそうになかった。


◆◇◆◇◆◇


あれから―――

ビーチバレーをしたり、水を掛け合ったりしている内に、すっかり辺りは暗くなって。

夜空に、大輪の火の花(花火)が咲いた。


赤、青、緑、黄。花火が浮かび上がる毎に様々な色が水面や砂浜、一希達を染め上げる。

やがて―――

最も大きな花火が夜空を彩り、消えた。

花火がもう撃ち上がる様子はない。


「綺麗だったね」


「まさかこんなのまで有るなんて…」


「音が迫撃砲に似てた割りには綺麗でしたね」


「迫撃砲って…」


「今度から花火の調合しようかしら」


「「「「やめて(ろ)」」」」


舞無、雪華、桜華、一希、葵衣達は、それぞれの感想を述べながら、空を何時までも眺め続けていた。

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