第8話 護衛一日目 〜脱出〜
遅くなって申し訳有りません。
私用で忙しかったので。
自称『通り魔』からの脅迫状を受け取った一希達は、リムジンの後部、その中央に設けられたテーブルの上に広がる道路地図を見ていた。
「どうしましょう?」
雪華が現在地を指差し、言った。
その声には、何時もの様に動揺は含まれて居ない。
今更ながら、爆弾一つごときで慌てる様なほど、一希や雪華は一般人では無かった。
その所為か、車内には落ち着いた雰囲気が漂って居た。
「取り敢えず、このまま此処に居る訳には行かないな。」
今、リムジンは西ブロックの高速道路を走って居る。少なくとも、今の所は。
勿論、車は何時までも走り続けられる訳では無い。
ガソリンが切れたら、走れなくなり、脅迫状が本当なら、この車は爆破されるだろう。
「取り敢えず、残りのガソリンの量次第だな。……鳥遊さん、後どの位走れますか?」
一希は運転手ーーー鳥遊に声を掛けた。
「…この速度でこの量だと、持って後一時間ですな。」
「一時間ですか…」
今では殆どの車はハイブリッド化されて居るが、元々搭載されて居たガソリンが僅かだったのかも知れない。
一時間と言う少ない猶予で、四人が脱出する手立てを考えなければならない。
「…ドアを開けて、周囲の車に助けを求めると言うのは駄目でしょうか?」
恐る恐る、と言った様子で彗が言った。
「駄目だと思います。多分、その事も考えてドアを開けた瞬間に…」
「なら携帯で…」
「電波を探知されて爆破される可能性が有りますから、それも駄目だと思います。それに、」
雪華は一端言葉を切り、言った。
「脱出するにせよ、まず、周囲の車をどうにかしないと。」
前述した通り、此処は高速道路の上だ。
脱出しようとすれば、リムジンは、爆破されるだろう。
爆弾の威力が、分からない以上、周囲の車を巻き込む可能性が十分に有った。
「そもそも、爆弾は何処に有るんでしょう?」
「見たところ、車内には無さそうだな。」
リムジンに乗った時、一希はさりげなく周りを見たのだが、爆発物らしき物は無かった。
「もしかして、車外に有るんでしょうか?」
「まあ、どっちにしろ爆弾の時点で俺達に手は出せないけどな。」
銃火器の扱い方を知っている一希と雪華も、流石に爆弾の解除方法は知らない。そんな事が出来そうな知り合いは居たが、こんな状況では意味を成さない。
正に八方塞がり、と思えたその時だった。
「皆様。」
鳥遊が、静かに言った。
「車が居ない所で有れば、ございますが。」
「……鳥遊。それは何処ですか?」
鳥遊は振り返りーーー勿論運転中、立派な余所見運転だーーー地図の一部を指差した。
その指の先で差されて居たのはーーー
「これって…建設中の橋?」
「はい。」
誰もが言葉を失い、沈黙する。
「…其処には、どうやったら行けるんですか?」
「一希さん?何を言って居るんですか?」
いち早く混乱から回復した一希の言葉に、雪華と彗は更に混乱する。
唯一、ハンドルを握る鳥遊だけが落ち着いて居た。
「此処から直ぐの所に分岐点が有ります。其処を過ぎれば直ぐです。」
「其処に向かって下さい。」
「…お嬢様。宜しいですか?恐らく、車は只では済まないと思いますが。」
沈黙の中、鳥遊は自らの主に問う。
「…構いません。この車に爆弾が積んで有る以上、最悪、爆破される事も考えてましたから。」
「承知しました。」
二人の会話が終わると同時に雪華が切り出す。
「…で、橋まで行ったとして、どうするんですか、一希さん?」
「さっきから考えて見たんだが、このまま車で走り続けるのも、爆弾を解除するのも駄目なら、やっばり『飛び降りる』以外に無い。どっちにしろ脱出しなければならないしな。」
「…時速70キロの車から飛び降りる曲芸が出来る人間が、この世界に何人居ると思って居るんですか?私や一希さんならともかく、二人はどうする積もりですか?」
無謀としか思えない脱出方法は、雪華を不安にさせたらしかった。
一希は落ち着いて答えていく。
「雪華さんはケースから銃を抜いて、背中に掛ければ後はうつ伏せの体勢でケースを下にすれば怪我はしない筈だ。」
高校に潜入する為に、雪華は狙撃銃を入れたケースを楽器ケースに偽装して居た。しかし、楽器ケースと言っても、外見だけで、その実態は、耐衝撃、防水、防弾と、ケースだけでもハイスペックだ。
まあ、中に入って居る銃を考えれば、ケースを用意した人間が、ケースにすら、気を配るのも分かるのだが。
「分かったけど、彗さんや鳥遊さんはどうしますか?」
「私は自分で飛び降りましょう。そのくらいの事は出来ます。…風見様。真に申し訳有りませんが、お嬢様を宜しくお願い致します。」
「分かりました。なら古手鞠さんは、俺を下敷きにして飛んで下さい。」
その言葉に当然ながら、彗は困惑する。
人を下敷きに飛び降りるなど全く考えて居なかったからだ。
対する雪華は、まるで何も聞いて居なかったかの様に落ち着いて居た。
雪華は、そんな事位簡単に出来ると知って居たからだ。
困惑の表情を浮かべて居た彗は、二人の至って真面目な表情を見て、決心したらしかった。
「…なら、風見さん。宜しくお願いします。」
「喜んで、お嬢様。」
「…皆様、橋が見えて来ました。」
鳥遊の言葉に三人は窓の外に視線を移した。
全長一キロにも満たない橋が、直ぐ其処に有った。
工事現場のフェンスを突き破り、70キロまでのマージンを取る為に、リムジンは僅かに加速する。
「後、五秒です。」
橋は建設途中で、中央の部分が僅かに繋がって居ない。なので、飛び降りると同時に、下の河へ落とす事にした。
もしかしたら、ドアを開けた瞬間に爆弾が起爆するかも知れないが、其処は賭けだ。
「後、四秒。」
雪華が狙撃銃を背負い直す。
「後、三秒。」
鳥遊はハンドルを片手に持ち返る。
「後、二秒。」
雪華と彗がドアノブに手を掛ける。
「後、一秒。」
一希は叫ぶ。
「ーーー今だ!!」
彗がドアノブを引くと同時に、一希は背中でドアを押し開け、飛び降りた。
制御を失った筈のリムジンは、事前に稼いだマージンを削って行き、見えなくなった。
数秒後、激しい爆発音と共に、噴水が上がった。
「…重い。」
「重くないです!!」
建設途中の橋の上。
一希は彗の下敷きになって居た。
自分が言い出した事とは言え、こうして見ると結構無茶が有った様に思える。
「すみません、取り敢えず降りて貰えませんか?」
束の間の開放感の後のーーー
「ぐふっ」
強烈な蹴り。
予想外の事に、一希は思わず本性で叫んだ。
「何しやがる!」
「重い、って何ですか!?重いって!!」
「いや、思わず…」
そう言った後、彗の表情が変わったのは、一希の気の所為では無いだろう。
実際、その直後、再び強烈な蹴りが一希を襲った。
『俺、何か悪い事言ったっけ…?』
薄れていく意識の中で、一希はそう自問した。
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