第30話 哀れなる末路と死の微睡み
二つの音が、交錯する。
一つは、黒服が放った、対物ライフルの弾丸が、空気を切り裂く音。
もう一つは、桜華が放った、ライフルの弾丸が、空気を切り裂く音。
各々の産声である、銃声すらも置き去りに、音速の弾丸は、衝突し、固い音と火花を散らした。袂を別れた弾は、主にその牙を剥く。
桜華に対してもそれは例外ではない。桜華が放った弾は、一直線に桜華の額を狙っていた。
「……あ…」
桜華が迫り来る死神に声を漏らす。既に、その刃は、首に掛かっていた。
横から、乾いた、一発の銃声が響く。
雪華の拳銃、その取り付けられたスナイパーバレルから、上がったか細い硝煙と、排出された真鍮色の薬莢が後方へと流れ、消えていった。
明らかにライフル弾と比べても、質量、威力共に劣る拳銃弾。しかし、それは、ライフルの弾の軌道を変えるには、十分過ぎた。
桜華の目の前で、二回目の火花が散る。
桜華のライフル弾は、雪華の拳銃弾が、弾頭に衝突した事で、弾き飛ばされた。
運動エネルギーを失った二つの弾丸は、二人の横の屋根を一回叩き、その姿を消す。
一方、黒服が放った対物ライフルの弾丸は、黒服の下―――車体に向かう。
黒服にそれを迎撃する実力はなく、悲しい事に、有ったとしても対物ライフルには、連射する能力もない。
若干の運動エネルギーを損ないながらも、弾き返された弾丸は、車体下部―――モーターなどの駆動系をタイヤごと爆砕した。人に放たれた筈の銃弾は、皮肉にも、元々想定された破壊対象を破壊したのだった。
衝撃で、車体の後部は浮き上がり、甲高いスキール音と激しい火花を散らしながら、横倒しの状態で十数メートル進み、止まった。
「……ッ!」
葵衣が今まで放置していたハンドルを掴み。ブレーキを床まで踏み込む。雪華と桜華がシートに叩き付けられ、小さく呻いたが、今の葵衣に気にする余裕はない。
間に合わないと判断するや、サイドブレーキを引き、切っ掛けを作るとハンドルを回す。
車体は百八十度回転し、道路を塞ぐ形で、停止した。
葵衣は、免許を持っていないが、運転は出来る。そもそも、雪華にバイクを教えたのは、葵衣だ。しかし、十五歳という免許取得年齢には、余裕で達している筈なのに、葵衣は、教習所に行こうともしない。
以前、雪華は、理由を聞いた事があった。
本人曰く。
「え?学ぶ事なんてないし?面倒だし、高いし。そもそも、自動操縦とか、かったる過ぎてやってられないし」
雪華が怒ったのは、言うまでもない。
◆◇◆◇◆◇
外に出ると、真っ黒なブレーキ痕がタイヤから伸びていた。ゴムの焦げた臭いが、鼻につく。
壊れた部品が散らばっていた。燃えている物も有る。
黒服の男は、その散らばった部品の中で倒れていた。着弾の衝撃で、車から投げ出されたのだろう。頭から落ちたのか、首があらぬ方向に曲がっている。即死に違いなかった。直接手を下した訳ではないが、死体を見て、桜華は顔を背ける。
レーシャもまた、横転した車の側でうつ伏せに倒れていた。こちらは、手足が曲がっている。長い金髪は汚れ、ブランド物のスーツは、所々破けていた。
「……どうして…どうして私に従わないの…!」
一希と雪華、桜華が近付いて来たのを察したのか、レーシャが叫ぶ。折れた手足で地面を這おうとする姿は、最早、哀れみすら誘わない。ただ、醜いだけだった。
「全て……全て私の物なの…!…私が…王なの…!!絶対無二の…!それを……お前達は…!!私に逆らってぇ…!……死刑だわ…!!死になさいよぉ…!!死んで王たる私にぃ…詫びなさいよぉ…!!」
誰に対する訳でもなく、レーシャは、叫び続ける。これが、権力に溺れ続けた人間の末路。
「……哀れだな」
小さく一希が吐き捨てた。レーシャは、言葉にならない言葉を叫び続け、やがて陸に上がった魚の様に、僅かに痙攣するだけとなった。自身を射る、冷たい視線に気付かないまま。
雪華は、拳銃を抜くと、レーシャの頭部に標準を合わせる。引き金を引こうと指に力が入った瞬間、小さな白い手が、そっと雪華の手ごと、拳銃を包み込んだ。
「姉さん。撃つ価値なんて無いよ、こんな―――」
そこまで、言ってから、桜華は、姉の異常に気付いた。
「姉さん…手…顔色も…」
包み込んだ雪華の手。それは、氷の様に冷たくて。顔色は、青を通り越して、白かった。
「どうした、雪華!?」
漸く一希も異常に気付き、駆け寄る。
「出血が…!!」
黒っぽい制服故に、今まで気付かなかった。
ライフルに抉られた脇腹。その部分は、血を吸い込み紅く染め上げられていた。
病み上がりにはきつい戦闘。それが、癒着し掛けていた雪華の傷口を、再び引き裂いていたのだった。
二人に気付かれてしまった事で、一気に力が抜けたのか、雪華が膝から崩れ落ちる。慌てて桜華が抱き止めるが、その体は、軽い。
「姉さん!?」
「……ゴメンね、桜…華…」
言うなり激しく咳き込んだ雪華の口から、血が垂れる。咳き込んだ衝撃で傷口から血が漏れ、制服が吸い切れなかった血液が、アスファルトに紅い花を咲かせた。
「姉さん、しっかりして!」
「おい、冷泉!!救急車呼べ!」
薄れる意識の中、雪華は、必死に言葉を紡ぐ。
唇に、死の影が濃い笑みを浮かべながら。
「……お姉ちゃん…もう…駄目みたい…」
眼が霞む。
死ぬ事に恐怖はない。悔いもない。
桜華にも再開できたし、過去の懸念も絶った。
なら、何故。
何故、こんなに苦しいのだろうか?
その答えを得る事は出来ぬまま。
雪華の意識は沈み。
手は、地面に落ち。
少女の妹は叫んだ。
あの人vsあの人のバトルどうしようか…?
なんかこの期に及んで闘うってのもどうかって気がしてきた…