第29話 ラスト・チャンス
都市高速は、珍しくガラガラだった。
「雪華、これ渡しておくわ」
運転席に座っている葵衣が振り返り、筒の様な物を差し出す。雪華は、それを顔を青くして受け取った。
「幾ら自動でも、運転席から振り返るの止めてくれない……で、これは?」
「ああ、それは、チェリーローズのスナイパーバレルよ」
「スナイパーバレル……」
雪華は、スナイパーバレルを取り付けると、構えた。若干取り回しが悪くなったが、精密射撃には、良いかも知れない。
「ありがとう」
「良いわよ。その分の見返りは、もらってるから」
葵衣がウインクした時だった。
「……!!サンルーフが!」
彗の声に車内の空気が硬直する。前方を見ると、開いたサンルーフから、黒服の男が顔を見せた所だった。その手に有ったのは…
「対戦車ライフル……だと…」
「…何時も何時も、碌でもない事を考えますね、あいつは…!」
絶句した一希。その隣で桜華が吐き捨てるように言うと、サンルーフを開ける。吹き込んだ暴風が、雪華並みに長い髪を弄ぶ。
「桜華!?あなたまさか…!」
ライフルを持ち上げた桜華に、雪華が叫ぶ。
「大丈夫です、姉さん」
「馬鹿、止めとけ!相手は対戦車ライフルだぞ!」
「大丈夫よ、二人とも。そのライフルも対戦車ライフルだから」
引き止めようとする二人に、葵衣は、とんでもない爆弾発言をした。
「対戦車ライフルって…条約違反だろうが!?」
「あれって普通のライフルじゃないの!?」
「ああもう五月蝿い!!黙って人の話を聞きなさい!!」
二人の質問の嵐に耐えかねた葵衣は、怒鳴る。気圧された二人は、慌てて口を閉じた。
「まず、対戦車ライフルって言ったけど、弾は至って普通の7.62㎜。つまり、あれは、対戦車ライフルだけど対戦車ライフルじゃない。言うなれば、似非対戦車ライフルよ。それで、どうしてそうなったのかって事だけど………雪華のライフルね、一回解体したのよ。内部の機関も全部。って言うのも、全部イカれてたから。元々、設計に無理があったんでしょうね。頑丈に作っただけあって、銃身は、そのまま流用出来たけど」
「なら、今中身は、空っぽ?」
「そこなのよ。雪華は、もう狙撃が出来ないって分かったけど、倉庫で腐らせるには勿体無い。それなら、純粋な狙撃銃にしようって思ったの。雪華レベルの……ううん、それ以上のレベルの腕前を持つ人物が扱える様な。……最初に行っちゃうと、それ、射程は、無風で2.3㎞は飛ぶよ。圧縮空気の力でね」
「圧縮…空気…?」
「詳しい話は避けるけど、発射が火薬と圧縮空気の併用になってる。その二つの力でこれだけの射程を実現できた。……1㎞以内なら、対戦車ライフル以上の威力になっちゃったのは、私も予想外だったけど」
「……銃は、納得できたけど、それでも…」
「姉さん」
雪華が見上げた先には、雪華を見つめる桜華が居た。
「信じて」
姉と妹。二人の視線が交錯する。それは、僅かな時間だった。
「……分かった。でも、見届ける」
雪華は、席を立つと、サンルーフから顔を出す。すでに、桜華は、狙いを定めていた。
◆◇◆◇◆◇
ずっと、胸の中に、罪悪の塊を感じていた。
それは、刺々しくて。しかも、永続的に続く。まるで、切れ味の悪い刃物で傷口を抉られている……そんな気持ちだ。
ライフルの威力が低かったのは、必然。相手の弾を軽く弾く事しか出来なかったのも、また必然。
なら、弾かれた相手の弾が、姉の腹を吹き飛ばしたのは、偶然か?
否。必然だった。ライフルの威力が云々ではなく、唯単に、私が弱かったから。
だから、もう、敗けない。これは、ラストチャンスなのだ。
覗き込んだスコープに、様々な情報が展開される。
気温。
湿度。
風向き。
風速。
重力補正値。
これだけ、様々な情報が有っても、最後に物を言うのは、腕だ。
横で姉が銃を構えた。何時も感じてしまう。
姉さんは、優し過ぎると。
しかし、それが姉の美徳。逆に言えば、それが有ったからこそ、今を生きていられるのかも知れない。
息を詰める。
―――そして、私は引き金を引いた。
前回、後少しと言いましたが、やはり長引きそうです。
と言うのも、あの戦いを入れる事にしたからです。
あの戦いって言うのは、敢えて流したあの人vsあの人です。