第28話 時速40㎞のカーチェイス
最初に動いたのは、意外な事に桜華だった。
「まずは一人」
乾いた発砲音が響く。
音速を越える弾が銃口から飛翔し、強化骨格で守られた兵士人形の頭部を貫き、制御ユニットをズタズタに引き裂くと、爆散してその機能を完全に止めた。
仲間が倒れるのを他所に、一体が雪華に襲い掛かる。雪華は、動かなかった。刀と銃を自然体で持ったまま、冷静に人形を見詰める。
手負いの身で、相手に合わせる義理もなければ優しさもない。そんな物が有ったなら、ここには居ない。死体を慰み物にされた後、野良犬にでも食い散らかされている。
眼が合った。
雪華の中でスイッチが切り変わる。
静から動へ。
ただ、目の前の敵を殺す為の思考に切り変わる。
単射に設定した銃を頭に発射。
幾ら固いと言っても機械は何処まで行っても機械という枠からは、脱出出来ない。完全無敵など、夢物語に過ぎない。
「はあっ!」
衝撃でよろけた人形に足払いを掛け、床に蹴倒す。
そのまま流れる様な動作で。人形の頭部を刀で貫いた。
舞無の様な『見せる』為の剣術ではない。
美しさを一切排除した確実に相手を『殺す』剣術だった。
雪華が冷泉銃工で受けたVR訓練の目的は、単に新装備のチェックだけが目的では無かった。
VR訓練では、事前に肉体をスキャンされる。
それは、肉体の損傷も例外ではない。
雪華がVR訓練を受けた本当の目的は、自分の身体の限界を調べる為。
何れだけの力を出せるかという、自分の身体を使った人体実験だったのだ。
最も、試作装甲車に生身で挑むなど、思いもよらなかったが。
頭部を貫き、無防備となった雪華の背中に、兵士人形が刃を振り下ろした。
―――が、刃は、空を切った。
と、言うよりは、刃、その物が途中でなくなっていた。
「遅えよ」
呟く一希の手には、銃口から硝煙を上げる銃があった。
一希は、再び引き金を引く。
放たれた三発の銃弾は、兵士人形の首を破壊し、頭を飛ばす。
三人は、一度も、気を背中に配らない。
それ程までに、三人は仲間を信頼して。
任せておけば大丈夫だと、確信していた。
程無くして―――
最後の兵士人形が倒れる。
「……これで全部か?」
「そうみたいですけど」
一希の言葉に答えながら、桜華は、二階を見る。そこに誰も居らず、一希は、舌打ちをした。
「逃げられたな」
「まだ遠くには行ってない筈。追い掛ければまだ間に合う」
「追い掛ければって…足がないですよ、姉さん」
雪華のバイクは、一人乗り用だった。当然、バイクの二人乗りは、御法度である。
「葵衣が来れば、何とかなる」
「……噂をすれば、なんとやらってな」
一希の言葉に示し合わせたように、倉庫の中に、車が入ってきた。冷泉銃工の特殊防弾車、その運転席から、葵衣が顔を出す。
「乗って!」
◆◇◆◇◆◇
倉庫を出た車は、倉庫街から出る直前に、レーシャの車に追い付いた。
ただ、問題も有った。
「ねえ、葵衣…」
やけにゆっくりと流れる窓の外の景色を見ながら、雪華は口を開く。
「……何?」
「どうしてこの車、40㎞しか出ないのよ」
葵衣は溜息を吐いた。
「あなたが乗り回してるバイクと違うわよ。私手動操作免許持って無いから自動操縦だし。法律違反だし。と言うか時速40㎞レベルのスペックだし」
自動車関連の法律は、厳正化された。
しかし、開けるなと言われたら、開けたくなるのが人の性。交通違反は、減ったものの撲滅には至らなかった。
そこで導入されたのが、『制限速度以上の速度が出ない車』である。
コンピュータROMに書き込まれたプログラムの問題ではなく、エンジン自体が、それ以上の出力を出せない。言うまでもなく、制限速度は時速40㎞である。
更に、車載AIによって、危険運転は消えた。正直、眠っていても目的地に着くのだ。自動運転免許に限り、十五歳から取得可能となっていた。
これらに当てはまらない例外と言えば、緊急車両。雪華のバイクもそれらに含まれ、車載AIは、存在せず、時速80㎞は出る。
「……どうしようも無いわね」
葵衣は、呟くと視線を自動でクルクルと回るハンドルを眺める。頭に蘇るのは、最近見た大戦前の映画。時速100㎞以上出して、銃を撃ち合いながらカーチェイスという、現代からすれば発狂じみた映画だった。
逃げる方も追う方も時速40㎞のカーチェイス。その奇妙な逃走劇は、高速に舞台を移そうとしていた。
後三話くらいで、二章は終わるのかな…
最近ぐだってる気がしなくもない。
指摘を受けたので、修正しました。