第27話 糸の切れた人形
そこは、真っ暗だった。
誰もが本能的に持つ暗闇への恐怖と息苦しさに雪華の思考が止まる。
「―――さん、姉さん!」
「おう、か…?」
目の前の暗闇―――瓦礫が取り払われ、雪華が見たのは、煤で黒く汚れた妹の顔だった。
少量の爆薬の爆破によって床の崩落に巻き込まれた雪華は、床の下敷きになってしまっていた。
二階の床から一階の床まで、大した高さではなかった事と、崩落した床が一部で、瓦礫に押し潰される事がなかったのが、不幸中の幸いとも言えるのかも知れない。
「怪我は?」
「問題、なっ…」
瓦礫ごと、上半身を起き上がらせようとした雪華の脇腹に、激痛が走る。脇腹は、包帯はおろか、服までもが紅く染まっていた。
落下の衝撃と、降ってきた瓦礫によって、再び傷口が裂けてしまったのだ。
差し出された手を握り、立ち上がる。
途端に、視界が揺れ、赤黒く塗り潰される。
度重なる失血に、身体が立ち眩みと言う形で悲鳴を上げていた。身体を支えられながらも、雪華は、妹に気を使う。
「桜華……怪我は?」
「私は、特になにも。……それにしても」
桜華は、回りを見渡し、言った。
「まるで、闘技場見たいな場所です」
中心には、瓦礫と姉妹。
そして、半径十メートル程の円を描くように、コンテナが置かれている。
勿論、葵衣を救出した時には、こんな置かれ方はしていなかった。
「…それだけじゃないよ。ここのコンテナだけ、新しい。多分、あいつらが持ってきたんでしょうね」
「ご明察。相変わらず勘は良いみたいで、安心したわ」
落ちてくる声に眼を向けると、二階の床の縁に腕組みをして立つレーシャの姿が有った。
「ご察しの通り、そこは、闘技場なのよ」
「そうですか。なら、今からあなたを撃ち殺せば良い訳ですね」
桜華がレーシャに狙撃銃の銃口を向ける。当然の如く、安全装置は外れていた。
「まさか〜。私があなた達と闘える訳ないでしょ?ちゃんとした相手は用意して有るわよ。……その前に最後のチャンスをあげる」
レーシャは、腕組みを解く。
「本当にあなた達は、こんな極東で燻るつもり。こんな平和に呆けたような、つまらない場所に」
「生憎だけど、ここはお前が言うようなつまらない場所じゃない。私達の居場所がある。戦争なんて、もう良い」
「もう戦争は終わったわ。後は―――」
レーシャの言葉が終わる前に、桜華が切って捨てる。
「私がボスを殺した様に、政治的に邪魔な人間を殺すだけ、と?」
「ッ…」
言葉につまるレーシャに、雪華は、止めを刺す。
「冗談じゃない。これ以上、お前の思う通りにはならない。唯々諾々と、命令に従うだけの操り人形は、もう止めた。ここには、私が護りたいモノが有る。なくした時間を埋める事が出来るモノが有る。………だから、桜華は返してもらう」
「……」
レーシャは、無言だった。しかし、それも僅かな時間。
いつの間にか、俯き、肩を震わせていた。
「……フフフフ…ハハハ…」
時を置かずして、それは哄笑に変わる。嘲りを含んだ、まるで狂ってしまった様な笑い。
「ハハハハハハハ!アハハハハハハ!恐れ入ったわ!まさか人形が、自分で糸を切っていたなんて!………でも」
レーシャの笑い声が収まる。姉妹に向けた眼は、人のそれではなかった。自分の考えを第一とし、利益になるならば、どんな物でも壊す。
獣の眼だった。
「…その言葉で、決断が付いたわ。…もう、お前達は、いらない」
レーシャは、スーツのポケットから小さなリモコンを取り出すと、これ見よがしに押した。
モーターの駆動音が響き、回りのコンテナが開いていく。
開かれたコンテナの中から、出てきたのは二体、計十体の人型の兵士。
「なっ…」
「これは…」
「兵士人形見ての通り、戦争による科学の発達で生み出された、完全無欠の人工兵士よ」
黒い外骨格に腕と同一化した刃物と銃。見るだけでも、それらが高い性能を秘めている事が伺える。
「こんな物まで…!」
「まあ、精々頑張りなさい。無駄でしょうけどね。ハハハハハハハ!」
笑いながら、レーシャが視界から消え失せた。
「……やるしかないわね…」
片や監禁による疲労。片や怪我人。それも、たった二人。
対するは、装甲に身を包んだ人工兵士十体。
どう見ても、不利には違いない。
それでも、二人は負ける気がしなかった。
何故なら―――
突如、銃声が響いた。
四発の銃弾は、寸分違わず、人工兵士の一体、その中枢たる頭部を破壊する。
「雪華、桜華。悪い、遅くなった。」
「すみません、迷惑を掛けて」
「間に合ったので、まあ、及第点です。許してあげます」
三人で、背中合わせに立つ。
「一人三体か。結構固かったからキツいな」
「それは、私達の台詞です」
桜華がライフルを構え。
「後ろはお願いしますね」
雪華が銃と刀を構え。
「任せろ」
一希が銃を構え。
戦いの幕は、切って落とされた。