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第26話 姉妹の再会、姉の咆哮

私は、本当の両親の顔を覚えていない。

唯一知っていそうな姉に聞いても、彼女はただ、困った様な顔をするだけだった。

それが、忌々しく、忘れたいような物だったのか、それとも覚えていないのか。恐らく後者だろう。

人間の記憶程、不確かな物はない。

日々上から塗り重ねられ、殆どの古い記憶は、陽の目の見る事はなくなる。思い出す事は有っても、あくまで一時的で、またすぐに潜り込んでしまう。

私自身もそうだ。

一時の思いで、一番大切な物を忘れてしまった。

愚かな愚かな人間(お人形)に過ぎなかった。



風切り音。爆発。銃声。悲鳴。呆気なく人が死んでいく音。それらは、少なくとも私に取って当たり前(・・・・)だった。

昼間は、聞いても何とも思わない。しかし、夜に限っては、餓えた肉食獣の様に牙を剥く。

火を消して、真っ暗な中を銃を抱いて眠る。

眼を閉じて、闇の中に微睡む頃、それらは、突如として叫び出すのだ。

それは、呪う声であったり、銃声だったり。形なんて、一々上げればキリがなくて。

眠る事が出来ない。

傍らの姉を見ると、小さく寝息を立てていた。

私は弱い。姉が側に居るという安らぎを得る代価に、そう実感する瞬間でもあった。

だからこそ。

私も(・・)強くなりたかった。

私も(・・)護れるようになりたかった。

それが、私の戦う理由。

だから―――あの日私は…姿を眩ませた。

強くなる為に。

護れるようになる為に。

姉が追って来ないように、わざわざ茶番劇までもを演じて。

アイツ(・・・)の口車に乗せられて。

姉の側と言う居場所を忘れ(うしなっ)てしまった。

その成れの果てが、今の状態。

殴打された後頭部が鈍痛を訴える。軽くたん瘤位は出来ているかも知れない。

見える限りの範囲には、誰も居なかった。回転する巨大な換気扇の羽根の隙間から差し込む橙の西日が、日の入りが近い事だけを教えてくれた。

助けなど、期待していない。

否。

助けになど、来てはいけない(・・・・・・・)

特に姉とあのお人好し(風見一希)は。それこそ、奴等の思う壺なのだから。

倉庫の扉が開く音がした。間もなく誰かが来て私を連れ去るのだろう。

……本当は。

…助けて、欲しい。

もう、あそこには戻りたくない。

もう、操り人形になんかなりたくない。

もう、人殺しなんかしたくない。

もう、擦れ違い続ける(・・・・・・・)のは、嫌だ。

頬を、一筋の小川が流れる。涙を出すなんて、何年振りかすら、分からない。

階段を上がる音が聞こえる。


「……姉…さん…」


たった一度でも良いから、正面から会いたかった。


「……桜華」


聞き慣れない声がした。


「…え?」


首を無理矢理回す。

長い灰銀の髪。

右手に拳銃、腰には刀、背中にライフルを背負った奇妙な出で立ち。

それは、もう一人の私。


「……姉…さん…?」


幻覚…なのだろうか?

だとしたらなんと都合の良い幻覚なのだろう。

それでも私は、尋ねずにはいられなかった。

もう一人の私は、その言葉を聞いて駆け寄り。

私は強く抱き締められた。


「……本当に…久し振りだね……桜華」


◆◇◆◇◆◇


倉庫の中は、恐ろしい程に静かだった。

あの事件の後、一時期PMCが所有していた倉庫。

売りに出したもののどういう訳か買い手は付かず、そのまま放置されていたのだ。

人手不足で、こんな所に警備の人手を裂く余裕はPMCにはなく。鍵も、電子ロックではなく骨董品の南京錠が使われていた。

それを残雪で斬り捨て、中へ潜入する。

殆ど場所が変化していないコンテナ。しかし、微かに残る葉巻と火薬の臭い。誰かがここに居た事は、ほぼ間違いない。

残雪を鞘に戻し、チェリーローズを構え、クリアリングしながら奥へと進む。

誰も居ない事が、気味を悪くさせ、二階への階段を上る事を躊躇わせる。

もし、桜華がここに居なかったら……

そんな想像を、雪華は振り払う。

錆び付いた階段を一段一段丁寧に上る。それでも消しきれない音が、倉庫中に響く。

二階も一階と違い、コンテナもなく、がらんどうとしていた。

コンクリートを打ちっぱなしの床。そこに転がる一つの影。

死体?

そう思った時、影が微かに言葉を発した。


「……姉…さん…」


その言葉に。

雪華は、それが誰であるかを本能的に理解した。


「……桜華」


「…え?」


思わず口に出た言葉に、影は首を回す。

灰銀の髪。

鏡に映したような、自分と同じ顔立ち。

気が付くと、雪華は、駆け寄り、強く抱き締めていた。

大切な桜華(いもうと)を。


「……本当に…久し振りだね……桜華」


「…ね…え……さ…ん…?」


一旦抱き締めるのを止め、雪華は、ナイフを抜くと、桜華の縄を切る。


「取り敢えず話は後で。ここから出よう」


背中に背負っていたライフルを桜華に渡す。撃てもしないライフルを持って来ていたのは、桜華の為だった。

このまま―――平穏無事に帰れるなどという甘い幻想など、思ってもいなかったが故に。

パチパチと拍手の音が響く。雪華は、桜華の手を握ると、振り向いた。


「久し振りねぇ、彩萌雪華。最後に会ったのは…何時だったかしら?」


馴れ馴れしい声に、雪華は無表情で口を開く。


「生憎、そんな下らない事なんか覚えてないな、レーシャ・サクレイン」


「あら、名前だけは覚えてくれてたのね。お姉さん嬉しいわ」


かつての戦争、その総大将の娘。

そして、第五都市(イタリア)の頂点に立つ女。

一日足りとも、忘れた事は、ない。


「ところで、再開してすぐ言うのも何だけど……二人とも、私の所に来ない?あなたたちがこんな平和ボケした所に居るなんて勿体ないわ」


「だから連れ帰って、殺しの仕事をして貰う、と?」


桜華の言葉に、レーシャの顔から笑みが消えた。


「……本当にあなたには感謝しているのよ、桜華。お父様を始末してくれて。わざわざ情報を流した甲斐が有ったわ」


「やはりお前の差し金か。桜華があの日、私の前から消えたことも」


「ええ、そうよ。全て私の筋書き―――あなたたちを護ろうとした、あなたたちの師でもあり、本当の父親(・・・・・)である神崎紫蘭をあなたに殺させたのも」


雪華は目を見開き、桜華は、表情を消した。

雪華は、ゆっくりと口を開いた。余計な物(感情)を削ぎ落とした声が漏れる。


「………師匠が、私達の父親?」


「そうよ、そしてあなたは、予定通り父親を手に掛けた」


「どうして…どうして姉さんにそんな事を!!」


「どうしてって、だって―――」


―――邪魔だったんだもの。


刹那―――

床に孔が空いた。雪華の銃、その銃口が薄い硝煙を吐き出す。


「飢えて、寒くて、大人数の男に襲われた恐怖を考えた事があるか?毎日毎日、人殺しを強制される気持ちは?必死に生き抜いても常に死が隣り合わせの状況は?」


前髪に隠された雪華の表情は見えない。


「話した事がある人間が、二度と帰って来なかった時の気持ちを考えた事があるか?見つかった死体に、顔がないのは?」


排出された薬莢が床に落ち、音を立てる。それすら五月蝿いと言わんばかりに、雪華は、薬莢を踏み付けた。


「師匠が、私に剣を向けた時の私の気持ちが分かるか?いつも私達の事を第一に考えてくれたッ!それでも死にたくない一心で、殺してしまう(・・・・・・)異常性が!」


雪華は、己の妹を乱暴に抱き寄せ、咆哮した。


「その後、私は桜華も失った。師を殺した!妹を見棄てた!全て護ろうとして護れなかったッ!それがお前の筋書き?ふざけるな!お前の書いた筋書きなんて、何にも劣るただの屑だッ!」


雪華は、両手に武器を持っていた。

右手に残雪を。

左手に銃を。

どちらも、『奪う』為の道具だった。


「私は、お前を許さない。泣いて謝ろうが死んで詫びようが、絶対に許さないッ!許せるかああああああああああああああああッ!」


喉が切れ、口から血が溢れる。

絶叫は反響し、消えた。

沈黙が支配する。換気扇も何時しか止まっていた。


「散々人を弄びやがって……」


雪華は、顔を上げ、武器を構える。


「もう、あなたなんかに利用されるのは、沢山です」


桜華も、ライフルを構える。スコープ越しの視線が、レーシャを射抜く。

雪華は、走り出した。後に残ったのは、踏みつけられていた薬莢。それは、再び宙を舞い―――


―――パチンッ


―――主もろとも、突如起こった倉庫の崩落に消えていった。

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