第25話 本当の味方
「…どういう……事なの…?」
床に広がる、黒色の海。それを気にする事なく、雪華は言った。
否、気にする事すら出来ない。
「桜華って…桜華は…」
「…何でも、ないわ」
「嘘!!」
葵衣との距離を瞬時に詰め、雪華は葵衣の服の襟を掴む。葵衣よりも雪華の方が背が高く。自然と雪華は、葵衣を吊し上げる形になった。
「どういう事なの!?桜華が行方不明って!!そもそも何で桜華が居るの!?説明してよ!!」
「それ、は…」
前後に揺さぶられ、激しく咳き込む葵衣。
無理もない。
形はどうあれ、やっと割り切った事。
桜華は死んだ。決して覆せない、誰にも否定する事のない現実。認めたくはない、しかし認めなければならない。
偶然とは言えども、葵衣は、それらを引っくり返してしまった。
もし、雪華が狙撃され、入院していなければ。
もし、桜華が倒れ、入院しなければ。
もし、入院した桜華が、姿を眩ませなければ。
また別の形で葵衣や一希は、雪華に桜華の存在を知らせる事が出来たかも知れない。
しかし、現実は一番最悪の物となってしまった。
雪華は、葵衣と一希が裏切り、桜華の存在を隠していたと思い込んでしまった。
果たして、誰が悪かったのだろうか?
否。
果たして、何が悪かったのだろうか?
時か。
巡り合わせか。
運命か。
そんな事は、誰にも分からない。
雪華は、葵衣を掴んでいた手を離す。葵衣が受け身を取れる筈もなく、床に崩れ落ちた。
それを一瞥すると、雪華は、踵を返す。
「…何処に…行くつもりよ…!?」
「決まってる。桜華を捜しに行く」
一度目は間に合わなかった。
もう、遅れる訳にはいかない。
雪華が、部屋から出ようとした時。
「…待ち…なさいよ…!!」
振り向いた雪華が眼にしたのは、愛銃スターレインの銃口を向ける葵衣の姿だった。
「動くなら、撃つ」
「私を撃てるの?生憎、的じゃないんだけど」
「意地でも止めるわ。もう一回、病院送りにしてでも!!」
「なら、撃ってみなさいよ!!」
雪華は、葵衣の前に立つと、自ら銃口を胸に押し当てる。銃身は、手は、震えていた。
「撃ちなさい!!」
「……」
人の命を奪うにしては、余りにも軽い音を立てて、スターレインは、床に落ちた。葵衣の顔も、それを追うが如く下を向く。
「……前に、私の事を調べたって言ったよね」
「…ええ」
「なら、どうして止めようとするの?…調べたのなら、私が急ぐ理由も分かる筈」
「……」
「葵衣。所詮、貴方は。文字を読んだに過ぎない。だから、何も分からない。私があの時、どんな思いをしたか、分かった振りしか―――」
「………る」
出来ない、と言おうとした雪華の言葉を葵衣は遮った。
「分かるわよ、この馬鹿!!」
今までにない大声で怒鳴り、葵衣は雪華に飛び掛かる。想像すらしなかった逆襲。その勝敗は、雪華を押し倒し、マウントポジションを取った葵衣に大きく傾いた。
腹の傷を圧迫され、苦渋の表情を浮かべる雪華を葵衣は、気にもしない。
葵衣は、怒っていた。
「誘拐された時も私は本気で心配した!!だから協力した!!入院した時だってそう!!医者に死ぬかも知れないって言われた時の私の気持ちが分かる!?分からないでしょうね!!あんたは昏睡状態だったんだから!!」
雪華が拐われた時、助け出しに来たのは、一希と葵衣。
一連の事件を揉み消したのも葵衣。
昏睡状態から目覚めるまで、雪華の側に居たのも葵衣だった。
葵衣が左手を振り上げる。
だが、その左手が暴力的な勢いで、振り下ろされる事はなかった。
「…なんで一人で勝手に突っ走ろうとしてるのよ……?なんで何時も自分の身だけを危険に晒すのよ…?幾らでも…助けてあげるのに……!!」
そっと左手が雪華の頬に添えられ、顔に一滴、二滴と雨が降る。塩辛い雨だった。
雪華は、今更になって気付く。
今、自分の上で泣きじゃくる葵衣は、自分に取って本当の味方だという事に。
「……ごめん」
「…ほんとに、馬鹿……」「ごめん…」
「もう危ない事、しない?」
「…うん。だから…」
雪華は、上半身を起こす。
「協力して、葵衣。私は絶対に取り返さないといけない」
葵衣には、一つの答えしかなかった。
「喜んで」
バイクに跨がり、キーを差し込む。電気エンジンが、静かに唸った。
ヘルメットを被ると、仮想ディスプレイに現在のバイクの状態が表示され、そこに、葵衣の声が響く。
『標的は、衛星写真とGPSの履歴を遡ると、二時間前、倉庫地帯で消失。地点を更に分析した結果、42番倉庫に入った可能性が高いわ。恐らく、そこに居ると見て良いと思う』
「42番倉庫……それって確か」
『相当私達は恵まれてるわね。そう、かつて私と貴方が出会った場所。勝手は知ってると思うけど、一応見取り図を送るわ』
倉庫の見取り図が目の前に現れる。全二階建ての間取りは、あの時と何も変わっていなかった。
『それにしても、雪華さん。本当に、持っていかれるのですか?』
仮想空間に、彗の声が響く。
「そのつもりだけど。駄目だった?」
『いえ、そんな訳ないですけど…かなり中身が変わってますから、前のようには使えませんし…使ったら傷口が開きますよ?』
「自分で使うつもりはないよ。お守りみたいな物かな」
雪華は、背中に吊るしたライフル―――かつての愛銃を撫でる。暫く見ない内に、その姿はかなり変わっていた。
『……なら、良いのですが…』
「大丈夫よ。なら、出るから」
『ご武運を』
『私達も後から行くわ』
通信が切れる。
「さて…と」
ペンダントの写真を見る。
「絶対に…取り返す」
バイクは走り出す。
向かうは、多数の運命が、交差する地。
一人の少女は、もう一度過去と対決する為に、そこへ向かった。
多分次は、戦争になるんじゃないかな〜と
保険で注意の所にガールズラブを入れました。今回の話しもアレですし、なにより軽くネタバレですが、桜華はシスコンなの…
「何か?」
いえいえいえ!!何でもございません!