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第24話 露見する秘密

いつの間にか、吹雪き始めていた。

現実世界では、最早体験できない天候、降雪。

しかし、その感慨に浸っている暇など、雪華には、なかった。

唯、この吹雪が、自らに取って吉となるか、凶となるか。AIがランダムに選ぶ天候でさえも、貪欲に戦術の『材料』として組み込んでいく。

その材料には、当然の如く自分の負傷も組み込まれる。激しい動きによって、脇腹の傷口は再び開き、紅の染みを作っていた。

遮蔽物である装甲車の影から、手で暖めた空弾倉(マガジン)を投げる。

弾倉は宙を舞い、砕けた。一拍遅れて、狙撃銃独特の高らかな音が届く。


「…やっぱり、か」


真っ二つになって落ちた弾倉を見ながら、雪華は、呟いた。

吹雪の所為で、視界は十メートル程しかない。幾ら優れた視力を持っていたとしても、狙撃は至難の技である。

だが、赤外線(サーマル)ゴーグルの類いを持っていたら、強風を除いては、大した影響にはならない。

雪華は、相手を試したのだ。

暖めた弾倉で相手の視界を調べ。

吹雪という環境で、相手の腕を調べた。


「……本当に、大した腕」


関心している場合でもないのに、雪華はそう呟くと、装甲車を見る。

排熱口からひっきりなしに上がる白煙と、火傷しそうな程に熱された車体。

兵器構造など余り興味がなかったので、大した事を知っている訳ではない。しかし、裏を返せば、知っておく必要のある事は、知っているという事。

例えば―――この手の車両には、大抵技術漏洩阻止の為に破壊されると爆発する(・・・・)とか。

雪華は、それを待っている。装甲車が爆発し、周囲を高温の風(・・・・)が吹き荒れる瞬間を。

が、側に居れば爆発に巻き込まれる事は間違いない。

故に、弾倉で試した。

相手がどの方向から撃っているのか、という事を。

要は、相手と装甲車と雪華が一直線上に結ばれる様に動けば良い。

移動した雪華は、念の為にとある物を取り出した。

一見、スプレーにも見て取れるそれ。唯一、スプレーと異なっているのは、商品名の代わりに冷泉銃工では、試作品である事を示す白色のラインが引かれている事と本体にピンの様な物が刺さっている事だった。

地面に伏せた雪華は、ピンを歯で抜くと、スプレーの天辺を押し込んだ。

雪華が使ったのは、冷泉銃工社製のスプレー型スモーク。(スモーク)にある程度の指向性を持たせたスモークグレネードならぬスモークスプレーである。唯一の欠点は、安全ピンを抜くと化学反応を起こすため、一気に使いきらなければならない、という点である。

だが、この煙幕は、単なる目眩ましではない。

煙に混ざった赤リンが、赤外線を透過させない(・・・・・・)のである。当然、人体から発せられる赤外線も、例外ではない。

つまり、このスプレーは、対赤外線装備アンチサーマルウェポン。無人機などの索敵をやり過ごす為に製作された装備の思わぬ使用法だった。

煙の中で、雪華はその時を待つ。

やがて―――

激しい閃光を伴い、爆炎が、吹雪をその強力な爆風と熱線で薙ぎ払った。

吹雪と同じく吹き飛ばされる煙幕。

その中には、既に誰も居なかった。



彼女は、スコープを覗き続けていた。

丸く切り取られた世界に映るのは、赤外線が映し出す赤い塊。標的が隠れる装甲車。

他人のデータに基づいて創られた仮想現実にしか存在し得ない身体。与えられたのは、武器と技術。任務。

何も考える必要はない。出て来た標的を撃てば良い。

彼女を構築するAIは、優秀であり、忠実だった。

だからこそ、気付けない。

この違和感(・・・)に。

刹那―――

赤い塊が爆ぜた。急激な温度上昇に多大な処理が掛かり、赤外線(サーマル)スコープがダウンする。


「……」


装備の故障。標的の消失(ロスト)。予想だにしなかった事態にAIは、思考に切り替わり、短くない隙を生んでしまった。

彼女は、移動するべきだった。体制を整えるべきだった。

だが、全て遅かった。


「狙撃手は、予期せぬ事態を何よりも嫌う。あなたの敗因は、慎重じゃなかった事」


言葉と共に一発の銃声が響き。

バイタルサインは、消失した。


◆◇◆◇◆◇


「お疲れ様でした。正直、クリアされるなんて思っても見ませんでした」


ヘッドセットを雪華の頭から外しながら、彗は言った。


「結構苦労しましたけどね。…そう言えば、葵衣は?」


「外で電話してると思います。……はい、もう良いですよ」


「ありがとう」


椅子から立ち上がり、軽く伸びをすると、雪華は部屋を出た。待っておこうと、葵衣の部屋に向かう。装備の更なる調整を頼もうと思っていた。

自販機でコーヒーを買い―――あんな砂糖漬けのコーヒーは飲めない―――研究所の一番奥の扉、葵衣の私室に入る為に、カードキーをコンソールに差し込む。

ピッ、っという軽快な音と共に、合金の扉が開き―――その言葉を聞いてしまった。


「―――彩萌桜華が居なくなった?」


紙製のコップが耳障りな音を立てて落下し。

雪華が、葵衣の言葉の意味を理解し。

葵衣が、雪華の存在を認識するまで。

さほど、時は必要無かった。

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