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第23話 Cielo stellato

これで、雪華の過去編は最後です。

「それでは…右門さんは、北方戦線に?」


「ああ。南方戦線よりかは、多少マシであったが…な」


寝台から半身を起こし、私は、話をしていた。本当は、出て行こうとしていたのだが、話し相手が欲しいと引き留められた。


「と言っても、どこの世界でも戦争は変わらん。場所と立場が変わるだけでの。お主の様に酷い顔をしとる顔をしとる者も居れば、戦争経済で笑いが止まらん者も居る」


右門は、そう言うと水差しの水をグラスに注ぎ、飲んだ。


「……私…そんな酷い顔、してますか?」


「死人と大して変わらんよ」


「……」


右門の『死人』という言葉に、蘇ったのは、今までの記憶。さっきの人を斬り殺した感覚は既に薄れているのに、あの記憶達は消える事はない。

恐らくは、一生付いて回るのだろう。

いつか死ぬ、その時まで。


「……右門さんは、人を殺した事は、ありますか?」


視線の先には、大小の刀が二本。使い込まれたそれらが、悠然と答えを語っているにも関わらず、そんな質問を口にしていた。


「…それはある。幾ら北方戦線とて皆仲良く、という訳にはいかんからの。わしはおろか、南北問わず、あそこに居た者は、人を殺めておろうな。お主も、そうであろう?」


サイドテーブルに置かれた機関拳銃(マシンピストル)と日本刀。幼い頃から握ってきたそれが、一体どれ程の血を啜ったのだろうか。

否。本当に血を啜ったのは私だ。武器は、私が血を啜る為の道具だったんだ。

両手が、否、自分が酷く汚れた存在の様な気がする。

違う。気がする、じゃない。私は、何も思わずに殺した屍の上で笑っていた正真正銘の―――屑だ。

船体に叩き付ける雨音が一層大きくなった気がした。

もう限界だった。人の皮を被り続ける事に。『化け物(・・・)』を押さえ付ける事に。

雨が嵐が、船体を叩き壊す様に、『化け物』が私の中の何かを壊した。

今までの隠されていた様々な物が、濁流となって流れ出す。それは、今までの理不尽への何かを孕んだ洪水。

何故、こんな運命に晒されなければならない?私達が、私が一体何をした?孤児になって生きる術を無くし、助けてくれた人に恩を返す為に、生き残る為に武器を手にした。人を殺した。それの何が悪い?誰もがやっていた事だ。なのに何故私は、翻弄されなければならない?

人の前であるのに、私は、慟哭していた。まるで壊れた無線―――そう、あの日桜華の悲鳴を最期に砂嵐しか発しなくなったあの役立たず―――の様に慟哭を繰り返す。

そうだ。あの時に桜華の所に行けば良かった。師匠を殺して、私にはもう桜華しかなかった筈なのに。

生きていたのならそれはそれで良い。仮に死んでいても、その場で死ねば良かったのだから。

いや、そもそも師匠に殺されれば良かった。今思えば彼になら殺されても私に文句を言う筋合いはない。

悪いのは、全部私だ。師匠を殺し、桜華を見殺しにした。『奪われた』?何を言ってるんだ私は?


私が、私から二人を『奪った』んだ。


ただ、死にたくなかった(・・・・・・・・)から。

殺されたくなかったから師匠を殺し。

巻き込まれたくなかったから逃げた。


「―――私が私の全てを奪った時に死ねば良かった!!殺されていれば良かった!!死にたくなかったからなんて、下らない生存本能に従わずに死んでしまえば、殺されてしまえば、全部楽になれたのに!!」


手の皮膚がズタズタになり、血が垂れている。

それは、変わらず冷たかった。

とうとう、自傷癖にも目覚めてしまったらしい。自嘲するかの様に力無く笑う私の耳を右門の言葉が、打った。


「……ならば、楽になるか?」


いつの間に取り出したのだろう。頭上に刀身が煌めく。

そして、右門は私に刀を降り下ろした。


―――ガキンッ


…ああ。私は、殺される事すら出来ないらしい。

咄嗟に刀を鞘で受け止めながら思った。

全く、要らない本能だ。これも『奪って』しまえば良かった。


「……ふむ。お主自身は、まだ、死にたくないようじゃが?」


「………」


「まあ、良い」


刃が鞘に収まる澄んだ音が響いた。同時に、私の両手は、嘘のように力を失い、刀を取り落とす。

木目を断つ様に付いた傷を、私は、ただ眺めていた。


「…お主、もう少し生きてみる気はないか?」


「……生きていても、やる事なんて…」


この船に乗ったのも偶々。どうするか、なんて考えてすらない。

生きる理由すら、もう無いのだから。


「ならば、わしの所で働いてくれ」


「……何を、しろと?」


顔を上げて右門を見る。


「お主は、腕も立つ。わしは、正直お主が死に体だろうが、死にたがりだろうがどうでも良い(・・・・・・)。要らんのなら、その命、わしが使ってやる。……わしのじゃじゃ馬()を護れ。命に代えてもだ」


「分かりました」


いとも簡単に交渉は成立し。

彩萌雪華の寿命は伸びた。

果たしてそれが良かったのかどうか。

それは、後に明らかとなる。

数日後。

航海は、無事に終わり。

私は、一人の少女と出逢った。


◆◇◆◇◆◇



「……と、言う訳でだ。今日からこ奴がお前の専属になる。宜しくやってやれ」


背は、大して私と変わらない。

黒真珠の様な眼は、強い不信の光を宿し。

伸ばしっぱなしの黒髪には、支柱に絡み付く蔓が如くリボンが巻き付いている。


「宜しくお願い致します、お嬢様」


私は、護るべき対象―――月下舞無お嬢様に頭を下げる。


「そう」


お嬢様は、私の方を見向きもしなかった。

でも、それでいい。

楯が、一々される必要はない。護れ、と言われたから護るだけ。

もう、私の腰には、ホルスターも刀もない。

変わりに、私の背中には、狙撃銃が掛かっていた。



とある夜。ベランダに座った舞無は、言った。


「ねえ、雪華」


「何でしょうか、舞無」


舞無は、お嬢様と呼ばれる事を嫌う。唯一心を許した私にも、それは許さない。公的な場を除き、呼び捨てにするように、厳命されていた。


「……ううん、何でも無いわ。ただ、星が綺麗だなって」


「宜しければ、星座をお教え致しますが」


戦場に居る頃、娯楽は余りなかった。

星を見て、星座を探すのは、その数少ない娯楽の一つだった。


「いい。昔の人間が勝手に決めた、そんな物聞きたくない」


舞無の声が暗くなる。その理由に、私は心当たりが有った。

―――舞無は明日、許嫁と会う。勿論結婚自体はまだだが、舞無が産まれる前から決まっていた事らしい。

だが、当然舞無は反発した。出逢った当初のあの不信の眼は、その現れだった。私の事も、相手からの『貢物』だと思っていたらしい。


「…ホント、下らないわよ。結婚位、自分の好きにしたいわ」


「どなたか、意中の方でも居られるのですか?」


「まさか…雪華以外、誰も信じてないのに…」


舞無は笑った。釣られて、私も笑う。まだ、ぎこちない笑みである事は、否めない。

でも、舞無のお陰で、私は、人をある程度『取り戻した』気がする。

舞無が居なければ、私は未だに生ける屍だっただろう。

それ故に。

何一つとして恩を返せていない事に、私は心を痛めていた。


「でも、逃げ出せたら良いな…全部、しがらみを捨て去って…」


「なら、逃げ出してみますか?」


言ってしまってから、しまった、と思った。過度な希望は、時として人を苦しめてしまうのに。


「良いわね、それ」


「ふぇ?」


思わず情けない声を出してしまった。その事に若干赤面しながら、私は、問いただす。


「えっと、舞無?一体何をなさるつもりですか?」


「雪華。実は貴女にも内緒で、不動産を探していたの」


部屋に引っ込んだ舞無は、部屋の隅に置いてあった小さなバックと日本刀『月蝕』を取る。バックの中身は、舞無と雪華の必要最小限の荷物が入っていた。


「不動産、ですか?」


「ええ。月下の影響が余り無い場所をね。…で、昨日見つかったの。住居付きの事務所が。電磁力式じゃなくて旧式の再利用ガス(バイオガス)式だけど、ライフラインも整ってる」


「そこに家出でもするのですか?」


「半分正解。雪華、私達で―――」


そう。

この夜から、本当の意味で全てが始まった。

最初は、私達二人から始まったのだ。


「―――PGCを開業しよう?」


舞無は、私に手を差し出した。最初に逢った時とは違う、澄んだ眼が私を見る。

……躊躇いなど、無かった。


「はい!!」


その夜、二人の少女が、姿を消した。


◆◇◆◇◆◇


「……銀行立て籠りのようです。人質は多数。犯行グループは、あの(スコーピオン)です。また、今回はライセンス(容疑者殺害)の許可が出ています」


「なら、雪華が狙撃で援護、私が突入ね。一つ派手にやりましょう」


「PMCの方々との連携はどうされますか?」


「あんなのと付き合ってたら、いつまで経っても解決しないわよ。放っておきなさい」


打ち合わせと平行して、私達は装備を整える。

結局、私達の家出の結果は微妙に終わった。

隠れ家は、一週間で露見したが、結婚の話が二度と浮き上がる事はなく。

私達は、自由を手にした。

PGCもやがて軌道に乗り、私が狙撃で賞を取る頃には、名指しで指名が来る事も増えた。

月下家は、私達の監視はしているようだが、今の所、手を出して来る様子はない。

全てが、平和だった。


「じゃあ、行こっか。雪華」


「ええ。行きましょう」


―――これは、彼女達が運命の交差路で少年と出逢う、ほんの数時間前の出来事だった。

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