第7話 護衛一日目 〜異変〜
お待たせしました。
転校生が転校して来た初日、最もよく有るイベントが有る。
元々居た生徒ーーークラスメイトからの質問責めである。
一時限目。
授業時間であるにも関わらず、二年A組の教室は喧騒に満ちていた。
その喧騒の渦の中心は言うまでも無い。
「ねえねえ、風見さんって前は何処の高校に居たの?」
「彩萌さん、髪綺麗〜!どんな手入れしてるの?」
一希と雪華だ。
そもそも、この臨時の質問責めが始まる事となった発端はーーーホワイトボードに『自習』と殴り書きし、教卓で居眠りする二神にある。
所謂、授業放棄だ。
先程のホームルームでもそうだが、二神の教師としてのやる気はゼロだと、一希はーーー正確には雪華もだがーーー確信していた。
こういう社会人を間違いなく、『給料泥棒』と定義するのだろう。
だが、二人に取って今は二神等の事を考えて居る暇は無かった。
「前は第4都市高に居て、両親の都合で此処に転校したんです。」
「えっ、髪ですか?そんな大した事はしてませんよ?」
二人とも、一対一、一対少人数の会話なら手慣れている。
だが、一対大人数の会話、それも、一方的な質問責めには慣れていない。
二神を気にするよりも、己に向かって来る質問に掛かりきりだった。
故に、一時限目終了のチャイムが、試合終了のゴングに聞こえたのは、満更聞き違えでも無かっただろう。
顔を真顔に戻すと、筋肉が引き吊った感覚がした。
「……やっと、お昼ですか…」
「そう…ですね…」
一時限目が終了してから、質問責めは弱まったが、完全に収まった訳では無い。寧ろ休憩時間を狙って、他クラスの生徒達が、A組の面々に代わり、質問責めに来たのだ。
その為、二人は今迄ーーー朝のホームルームから昼食時、屋上に来る迄、作り笑いを保つ必要が有った。
「月下じゃあ、あんな光景は有り得ないな…」
周りに人が居ない事を確認して、一希は口調を戻して喋った。
因みにこの高校では、屋上が解放されて居た。
だが、まだ時折冷たい風が吹く事も有ってか、屋上に一希達以外の人影は無かった。
「そもそも彼処では、私達は転校生では無いですからね。」
「この闘い、午後も続くと思うか?」
余り答えに期待せずに、一希は投げ掛けた。
「続くと思いますよ。寧ろ午後からの方が人が多いと思います。」
「誰かの救いの手とか、来ないかな…」
一希がそう呟いた時だった。
「お疲れ様です。」
その言葉と共にやって来たのは、彗だった。
手には、三本の紙パックを握って居た。
そして、その紙パックの二本を一希達に差し出して来た。
「すみません、有難うございます。」
「いえ、大した値段でもありませんし。」
一希は、素直にパックを受け取り、ストローを突き刺した。
ついでに、購買で購入したパンの包装を破き、一口口に運ぶ。
雪華や彗も、各々の昼食を口に運んで居た。
会話は無い。
一希も雪華も、基本積極的に話す方では無いし、彗も、何を話せば良いのか分からない。
だが、その沈黙が、二人に取っての本当の休憩になったのは、明らかだった。
「帰りの際の事なのですが。」
食事が三人とも終わった事を見計らって、雪華が切り出した。
「帰りは、何を使われますか?」
口調も先程一希と話して居た時の気を抜いた物から、変化して居た。
「普段なら、徒歩なんですけど、今日から家の者に車を寄越して貰う事になって居ます。…駄目でしょうか?」
「いえ、そちらの方が良いと思いますよ。徒歩だと、通り魔に襲われる確率は、恐らく上がるでしょうから。」
今迄に襲われ、殺害された被害者全てが、路上で殺されて居る。
車を使う事は、『路上で襲われる』と言う前提を覆す事が出来るだろう。
だからと言って、油断する様な甘さは、二人共持ち合わせて居なかったが。
「お二人は、車でも、付いて来られるのですよね?」「ええ。指令に、『対象の帰宅の確認』と言う項目が有るので、一緒に帰宅させて頂く事になると思います。」
「そうですか。なら、宜しくお願いします。」
彗がそう言って頭を下げた時、チャイムが鳴った。
「授業が始まりますね。急ぎましょう。」
一希は、生まれて初めてチャイムと言う物に、殺意を抱いた。
午後からの授業と、相変わらず激しい質問責めを潜り抜け、放課後がやって来た。
逆瀬女子高は部活動が盛んで、あれだけ群がって居たクラスメイト達は、各々の部活へと去って行った。
立ち去って行く前に、クラスメイト達に、部活動に勧誘されたが、二人共、この学校には、学生生活を送る為に来ている訳では無い。二人は適当な理由を付け、上手くあしらった。
彗は、この高校では数少ない『帰宅部』所属なので、遅く迄学校に残る事は無い。
最も、通り魔が都市を騒がす様になってからと言う物の、部活動の時間短縮と言う措置がこの学校では、取られて居たのだが。
「なら、帰りましょうか。」
「ええ。」
三人は、学校を後にした。車を学校に横付けさせる訳にもいかないので、彗の家の車は、校門から少し離れた所に駐車して貰って居る。
一希は、学校を出る前に、鞄の底板の下に仕込んだ拳銃を太もものホルスターに移した。
今までの状況から考えると、襲われるには僅かに時間が早いが、油断をする積もりは無い。
PGCである自分達に何時鉛玉が飛んできてもおかしく無いのと同様に、何時何が起こっても分からないのだから。
「此れが家の車です。」
「……」
「……」
校門から僅か百メートル。其処にその車は停車して居た。
「えっと、お二人共、どうしました?」
唖然とする二人を見てか、彗は問う。
「…いえ、まさかリムジンとは思わなかったので。」
そう。
三人の前に停車して居たのは、一台のリムジンだった。
当然と言っては何だが、運転手付きだった。
「お帰りなさいませ、お嬢様。どうぞ。」
「ありがとう。」
運転手が開けたドアから、彗はリムジンに乗り込んだ。
その乗り方は、明らかに慣れて居ると確信出来る程スムーズだった。
「これは…」
「流石に予想してませんでしたね。」
何が有ったとしても、対応出来る様に考えて居た二人だが、まさかリムジンが停まって居るとは思わなかった。
「どうぞ、乗って下さい。」
彗の招きに応じて、一希達は、リムジンに乗り込んだ。
中は見た目よりも広く、ゆったりしている。
シートも慣れれば座り心地は良いのだろうが、慣れて居ない今は、落ち着こうと言う方が無理だった。
三人が乗り込んだ後、リムジンは発進した。
路面が良いのか、車が良いのか、ーーー恐らく後者だろうーーー揺れはほとんど感じない。
実は動いて居ないと言えば、信じてしまえそうだった。
「今日はお疲れ様でした。」
ある程度落ち着いたのを見てか、彗が頭を下げる。
「いえ、仕事ですから。…それに、まだ何か有った訳でも有りませんし。」
雪華が応じる。
「でも、お二人が居たお陰か、久し振りに安心して学校の敷地外を歩けましたよ。通り魔が現れてから、安心して街を出歩く事が出来なかったので。」
「そうですか。なら、良かったです。」
「明日からも宜しくお願いします。」
「此方こそ。なら、明日ですがーーー」
雪華と彗が話し込み始めたので、一希は窓の外に目をやる。
そこで、気付いた。
「…どういう事だ」
一希に取っては、呟きとも言える声も、車内では、問い掛けも同然だった。
「どうしました、一希さん?」
「雪華さん。確か車を使用した帰宅ルートは、学校が有る中央ブロックから、住宅地の南ブロック迄のルートだよな。」
「…そうですけど?」
「それがどうかしたんですか?」
どうした急に、と言わんばかりの二人に一希は窓の外を見せた。
「なら、どうしてこんな所を走ってるんだ。」
「え…?」
「何で…?」
中央ブロックから南ブロックへと向かって居るのなら、窓の外に広がるのは、住宅地か、オフィス街でなければならない筈だった。
その筈がーーー
「何で、都市高速に乗って居るんだ?」
窓の外に広がって居たのは、騒音防止の灰色の壁だった。
「どういう事!!」
声を荒げる彗に返って来たのは、ドライバーの声とーーー
「すみません、お嬢様。こんな物が運転席に…」
一枚の便箋だった。
それに記されて居た言葉はーーー
『この車には爆弾が取り付けられている。爆破させたくなければ、時速七十キロで車を走らせろ。これを違えた場合、この車は爆破される。又、外部に助けを求めたりした場合も爆破される。 通り魔』
如何にも分かりやすい、脅迫状だった。
本来、一つのパートにしようと思ったのですが、思ったよりも長丁場になりそうなので、二つに分ける事にしました。
急いだので、誤字脱字有るかも知れませんが、ご容赦下さい。
先日、予告した通り、12月8日にタイトル変更致します。
新タイトル
『白紙の地図と高校生のPGC 〜half red eyes〜』です。