第21話 La mano di due nodi piatti
テスト終わった〜
何回日が昇り、落ちていったのか、それすらも分からない。
あれから、ただひたすらに彷徨い続け、気が付けば、何処かに向かう船に乗っていた。
思えば、まだ、数日しか経っていない。なのに、あれから随分と遠くに来てしまったような気がする。
煮える太陽。揺れる甲板。
何が可笑しいのか、話しては笑う、傭兵崩れの男が数人。
下らない、と呟く。
この世の全てが下らないと感じる。
この場所に居続ければ、いずれ消えてしまう事が出来る。そんな非現実的な考えが浮かび、微かに笑う。
そして、こんな下らない世界が、そんなに甘い考えを許してくれる訳もなくて。
「おい、お前」
頭上から突如降って来た声に、私は顔を上げた。
同時に、手を引っ張られ、無理矢理立ち上がらせられた。
「おっ、結構上玉だせ、こいつ」
ああ、何処の世界でもこういう人間は変わらないらしい。凍て付くような寒さの路地裏と、汗ばむような暑さの甲板。思わず、笑みが浮かぶ。
「なんだ、こいつ。笑ってやがる」
「別に良いさ。久々なんだ。早くヤッちまおうぜ」
手が服を破ろうと胸元に伸びてきた。全く以て、あの時と同じ。
唯、違うと言えば―――
「死ね」
―――手に温もりではなく、冷たい刀の持ち手がある事。
そして、何の躊躇いも持たず、人を殺せる事。
もう、救いとやらを待つ必要もないという事だった。
振られた刀身は、的確に男の首を狙い。
その半分を動脈ごと切り裂いた。
血飛沫が、甲板を他の傭兵達を私を濡らす。
暖かい筈のそれは、異様に冷たかった。
糸の切れた人形の様に、倒れる男。
それが何だか―――面白くて堪らない。
だから、私は、笑った。
「こいつ……気が狂ってるのか!?」
「落ち着け、向こうは一人だ!?取り囲んで襲えば問題ねぇ!!」
各々の武器を取り出し、男達は臨戦態勢を取った。
「面倒だが…殺してやるよ」
私は笑いながら、取り敢えず一人目を斬り捨てた。
戦いにすらならなかった。
一方的な殺戮。
傭兵が残り一人になるのに、数分も掛からなかった。
甲板の縁に追い詰めた傭兵に、私は、一歩一歩敢えてゆっくりと距離を詰める。傭兵の武器は、すぐ側で、真っ二つになって転がっていた。
「ま、待ってくれ!!な、何でもするからさ!!」
何でもする。
その言葉に、私は脚を止めて、言った。
「…なら、人を生き返らせる事は出来る?」
「い、いや…」
「…時間を巻き戻す事は?」
「そ、それも…」
「…あれも駄目、これも駄目。お前に期待した私が馬鹿だったわ」
再び一歩前に出る。
「死ね」
「か、金なら有る!!ほ、ほら、受け取れ!!」
言葉と共に放り投げられた袋を私は咄嗟に斬った。
瞬間―――
「掛かったな!」
右足に焼けた鉄を突っ込まれた様な衝撃が私を襲った。
刀が手から離れ、私は甲板に倒れた。運悪く主要な血管を撃たれたのか、忽ち、私を中心に、血の海が形成される。
首だけを上げて見ると、傭兵は、隠し持っていたのか、一丁の拳銃を持っていた。
「お、お前が悪いんだからな!?お前が俺を殺そうとしから!!」
言い訳紛いの叫びを、私は薄れ行く意識の中で、他人事の様に聞いていた。
死ぬのは怖くない。否、寧ろ死ぬ事さえもどうでも良い。
この世界にも、俗に言うあの世でさえも、生きる理由はなかった。
唯、一つ、悔やまれるのは―――
太陽の光は、目蓋に沈んだ。
◆◇◆◇◆◇
……雨の音がする。
雨は好きだった。
絶えず続く雨は、その音で銃声を掻き消せはしないものの、硝煙の臭いを消してくれた。
少しでも、戦争を忘れさせてくれた。
ここは―――何処?
重い目蓋を僅かに開く。
ランプの光が涙と乱反射して、様々な模様を描いていた。
「気が付いたか?」
額に押し当てられたひんやりとした手。視界の端に、影が映る。
「…師…匠……?」
影に手を伸ばす。が、途中で力を失い。地に堕ちる―――所を辛うじて捕まえられた。
「残念ながら…わしはお主の師ではない」
「あなたは…だ…れ…?」
「わしか?わしは―――」
思えば―――
この出逢いが、全てを変えたのだ。
このまま、何処かで狂い死に、消える筈だった私の運命を。
彼は、生きる希望をくれなかった。
生かそうとしただけだった。
本当に生きる希望をくれたのは、彼の孫。
しかし、彼に出逢わなければ、彼女と出逢う事が出来なかったのも、また事実。
嵐の中を進む船。
薄暗い船室。
満身創痍の身を横たえた狭い寝台の上で―――
「―――わしは、月下右門じゃ」
―――私は、『月下』に出逢った。
確か…右門だった筈