第15話 五年前(2) Tradimento
祝 一周年
これからも宜しくお願いします。
ずっと信じていた。
出会ってから、五年。生かされてから、五年。共に戦場に経つようになってから、五年。
その時間の積み重ねは、どんな物よりも固いと信じていた。
なのに―――
「……どうして…ですか…師匠!!」
早朝から始まった戦い。前線に居る紫蘭からの救援要請を受け、赴いた雪華を待っていたのは、敵ではなかった。
「今まで…ずっとこうだったのさ…」
雪華に銃口を突き付けながら、紫蘭は言った。
「…今まで色々な奴を育てて来たが……この壁を殆どが越えられなかった。」
「何を…言っているんですか…?」
紫蘭はそれに答えず、空いている右手の人差し指と親指の二本を立てた。
「一つ目は実戦。お前も…お前達も経験した筈だ。」
親指が仕舞われる。
「そして、二つ目が……俺だ。」
ゆっくりとした動作で、右手が握り拳に戻った。
「雪華。この戦争は今日終わる。」
「…そんな事…分かりませんよ…」
「いや、今日だ。この意味も分からなくなる程続いた不毛な戦争は今日で終いだ。」
その言葉に、雪華は反論出来なかった。口を開く事さえ出来なかった。それは、彼女自身が、終戦の空気を身で感じていたからかも知れない。
「その戦争が終わった後、待ち受けているのは何だと思う?」
「……平穏…?」
「違う。新たな抗争だ。奪い、失う世界がまた始まる。」
「そんな事―――」
「無いと思うか?」
紫蘭の演説は続く。
「古来から、人間が一つになった時代は短い。呆れる程に戦いを繰り返し、敗者は死ぬ。そして勝者は別の物を求めて新たに戦いを始める。仮令、百年後、千年後になったとしてもそれは変わらない。」
繰り返され、実証され尽くした歴史。考えられない程の重みを持った証明は、雪華の口を塞ぎ続ける。
「お前達は、始めての実戦で『奪う』事を覚えた。でも、それだけじゃ駄目だ。」
「……」
「……雪華。お前は、俺が今まで見てきた奴の中で、一番出来が良かった。…だが、お前には一つだけ無いものが有る。」
「……『失う』事ですか…?」
「…そうだ。」
紫蘭は短く肯定した。
「これから先、お前達が人生をどう歩むのかは知らない。…しかし、どの道を行くにしろ、お前は何かを『失う』事を経験しなければならない。」
「……何が言いたいのです…?」
「…桜華は、今戦闘の真っ最中だ。お前が居なくなったのを見計らい、奇襲された。長くは持たないだろう。」
「なっ―――」
「雪華。」
絶句する雪華に向け、紫蘭は、銃の撃鉄を起こした。
「桜華を助けたいと願うなら―――俺を『失って』見ろ。殺せないならば、桜華を失うぞ。」
それは刹那の瞬間だった。雪華は咄嗟に横に跳ねる。
雪華が元居た場所に、硝煙が一筋上がっていた。後一瞬でも遅れていたら、銃弾は雪華を間違いなく穿っていただろう。
「………師匠。」
長い沈黙の後に口を開いた雪華の表情は、灰銀の長い髪に隠れ、見えなかった。
只、声は震えていた。
それが怒りから来る物なのか、絶望から来る物なのか、悲しみから来る物なのかは分からない。しかし、何か形容しがたい物から来ているのは明らかだった。
「…私達の五年間は、全て今の為に用意されたモノなんですか?」
「さあな。俺にも良く分からない。結局は、自分で探し当てる物だ。……雪華―――」
もう問答をしている時間はない。紫蘭は、この少女の師として、最後に一言だけ命じた。
「―――抜け。」
髪の下に隠れた愛弟子の顔は、さぞかし酷い物になっているだろうと紫蘭は思った。罪悪感は有るが、後悔は無い。何れ越えなければならない物だから。
雪華は武器を抜く。右手に銃、左手にナイフを持ち、腰を少し落として右半身を後ろに下げる構えは、紛れもなく自分が教えた物だった。
そして雪華は、呪詛的な、決別の言葉を口にする。
「……大っ嫌いです…」
開戦の合図はそれで十分だった。
師匠とその愛弟子。最初で最後の、命を掛けた死闘が始まった。