第13話 五年前(1) Promessa
イタリア南北戦争。
後にこう呼ばれる、数年間の不毛な戦いは、大局を迎えようとしていた。
喪われた物は数知れず、奪われた者もまた然り。多くの人間が憎悪に身を焦がし、悲嘆を振り払い、銃を乱射し、骸を築き上げる。
復讐の連鎖。その呪縛は留まる事を知らず、無差別に巻き込んでいく。だからこそ、誰も疑問を抱かなかった。
―――この戦争に、意味は有るのだろうか?
一年程前、南北両方の総大将は戦死した。休戦協定の折、偶然にも(・・・・)会談の会場に残っていた地雷に因って。最早、開戦の頃の大義名分は失われたに等しい。
なのに、戦争は泥沼状態と化している。
この戦争に対する疑問。それは、何も失わなかった、奪われなかった者の中の数少ない人間しか気付かない。
灰銀の髪を持つ、双子の姉妹、その姉もまた、その数少ない人間の一人だった。
◆◇◆◇◆◇
僅かな星明かりの下、冬に比べれば少しは柔らかくなった風に吹かれつつ、私は今にも崩れ落ちそうな鐘楼から眼下を見下ろしていた。
狙撃の餌食になるのを避ける為だろう、この鐘楼は勿論の事、自軍の陣地にも相手の陣地にも全く光源がない。
しかし、人の気配と交錯する殺気とが、他者の存在を感じさせる。今、下から上がって来た妹―――桜華もその一人だった。最も、桜華の場合は、業と気配を感じさせているのだが。
「…姉さん。」
案の定、上がって来たのは桜華だった。
イタリアは、『大戦』による核の冬の影響が少なかった国の一つだった。かと言って、全く影響が無かった訳でも無い。昼は未だしも、夜は肌寒い。その為、私達は、貰い物の薄いコートを羽織っていた。これだけでも、無いよりは遥かにましだ。
「まだ寝ないんですか?」
少し呆れた様な声で、桜華は私の隣に立つ。
「…うん。もうちょっと…ね。」
「そうですか。」
時間が止まっている様な、そんな沈黙が場を支配する。嫌いではないが、好きでもない。私は口を開いた。
「桜華。」
「なんでしょう。」
「…この戦争…どう思う?」
「………どう、とは?」
桜華は、眼下の景色から眼を離し、私を見た。
互いに容姿は一緒。生き写しと言うに相応しい私達が見つめ合うと、まるで鏡を見ている様な錯覚に捕らわれる。今までに何度も経験した事だ。
真剣な話をしようとしていたのに、思わず私は苦笑してしまう。
「む…何を笑ってるんですか姉さん。顔に何か付いてますか?」
胡散臭げな眼で、桜華は私を見た。
「何でもないよ。只、余りにもそっくりだなと思っただけ。」
「それはそうでしょう。分かり切った事じゃ無いですか。」
「ごめんごめん。」
謝ると、桜華はようやく真顔に戻った。
漸く話は本題に戻る。
「………この戦争に、意味って有るのかな…」
「姉さん、今懲罰隊に捕まる位危険な発言しましたよね?」
「なら、私を突き出して見る?反逆者ですって。」
「あの人達は私と姉さんを見間違えるので嫌いです。それに、元から突き出す積もりも有りません。」
元々私達を正確に見分けられる人間の方が数少ないのだが、桜華には関係ないらしかった。もし師匠が、私達を見分けられなかったら、私はともかく、桜華は絶対師匠を信用しなかっただろう。師匠曰く、『眼で分かる』らしいが、後ろ姿でも見分ける師匠には脱帽する。
「…それで…この戦争の意味、でしたか?」
「うん。」
「無いと思いますよ。」
あっさりと桜華は言い切った。
「毎日毎日増え続ける死体にスクラップ。なのに勝敗が付かない。無駄以外の何物でも無いです。」
そう言って桜華は左を見た。そこには、死体を埋めた穴がある。戦況の是非に関わらず、穴の数は増え続けていた。
「…でも、私には戦う理由が有りますよ。」
「え?どんな?」
「秘密です。」
桜華は珍しく―――本当に珍しく舌をチロリと見せ、片眼を閉じた。
「姉さん。一つだけ、約束しませんか?」
「何を?」
「この戦争が終わるまでに、戦う理由を見つける事です。」
「……」
「自分が何の為に戦うのか。それを見出だして、全てが終わった後に互いに教える。どうですか?」
私は驚いた。そもそも、桜華が私に隠し事をする事自体無い事だったし、何かを約束する事も初めてだった。互いに互いを信用していた所為で、約束と言う概念自体考え付かなかったのだから。
「…分かった。なら、見つけておくよ。全てが終わる前に。」
「約束です。」
生まれて初めて、私達は約束をした。
後数時間で夜は去り、朝が来る。戦いが始まる。
何時か約束を果たすその日が来るまで、私は生き残ろうと胸の内で誓った。