第9話 八年前 Guerra
乾いた銃声。耳障りな多数の液体の落下音。そして、自我を永遠に喪った肉の塊が地面に崩れ落ちる音。
何て事は無い。この二年で聞き慣れ、見慣れた光景。外に出れば、幾らでも見聞き出来る惨劇の形。
最も、それを作り出している人間の一部は、自分達であったりする。
「ネーヴェからHQへ。オールクリア。」
雪華は、小型の無線機にそれだけを言う。朝から充電していない無線機は既に電池が切れ掛けていた。無駄口を叩く余裕はない。
『……HQからネーヴェへ。オールクリア、確認しました。帰投して下さい。』
無感情なオペレーターの声にも、もう慣れていた。環境は、人を呆気なく変える。仮令、それが悪い方向であろうと。
ナイフの血を払い、銃の弾倉を入れ換えると、雪華は、近くに停めていた偵察用のバイクに跨がった。
硝煙に霞んだ空に浮かぶ、真夏の地中海の太陽は、生者も死者も問わず、平等に光線で熱し続けて居る。生者はその光線に水分を奪われ、死者は何時か肉体を奪われるだろう。
微かに遠くから響く機関銃の斉射音に迫撃砲に因る爆発音。一年経っても、何も変わっていない。寧ろ酷くなっていた。
戦争も、雪華自身も。
◇◆◇◆◇◆
特に何事もなく基地に帰ってきた雪華を出迎えたのは、紫蘭でも無ければ桜華でも無い。このご時世には珍しく、スーツを着た一人の女性だった。
「あら。丁度良かった。今、探していたのよ。」
「…レーシャさん。」
ここ一年ですっかり顔馴染みになった女性、否、雇い主―――レーシャ・サクレインは雪華に歩み寄った。
「任務だったの?」
「ええ。命令で少し前線の掃除に。」
事も無げに言うが、朝から出ていた雪華が数時間で『掃除』したのは、十数人に昇る。一人でそれをこなした事を考えると、『少し』の概念を遥かに越えていた。
とは言え、桜華の様に前線の長距離火力支援や、紫蘭の様に前線に放り出されるよりは、今の様に遊撃に駆り出される方が気が楽で良かったのだが。
「レーシャさんこそ、こんな前線基地に何の様ですか。後方と違って、此処は迫撃砲どころか、戦闘ヘリが飛んで来る様な危険地帯です。間違っても総大将のご息女が護衛も無しに、来て良い様な場所では無いと思いますが。」
「ああ、大丈夫。頼りになる護衛なら此処に居るから。」
レーシャは雪華を指差した。何の気かは知らないが、ウインクまでしている。
「…私は、迫撃砲や、戦闘ヘリと戦える程優秀ではありませんが。」
「本当にそうかしら?彩萌雪華特務中尉。特務とは言えども、二桁に満たないその歳で尉官クラスなのは、貴方達姉妹しか居ないのだけれど。」
「……」
真実だった。雪華は一ヶ月前に特務中尉に、桜華は特務少尉に任命されている。年端もいかない少女達にその様な階級が用意されるのは、勿論雪華達自身の働きも大きかっただろうが、結局は人材不足だ。
雪華は溜め息を吐くと、歩き出したレーシャの後に続くいた。仮にここで放って置いて、死なれるのも後味が悪すぎる。盾になる積もりこそ無いが、護衛として付くのは当然の事だった。
「未だ…一年しか経っていないのね…」
「私に取っては、一年も、経っている、と言う感覚ですが。」
開戦直後に連れて来られ。来る日も来る日も前線を抜けて来た敵兵を『掃除』する。当然四季の移り変わりなど感じる訳も無く。
人を殺すだけで一年も使い潰した。
何時まで経っても終わらない…永遠にこれが続く…そんな思いさえ抱き始めている。
「…本当に…何時か終わるのかな…」
その言葉は混じり気の無い、純粋な雪華の本心だった。
「大丈夫よ。後一年以内には、この戦争は終わるわ。いえ、終わらせなければならない。」
でなくちゃ家の財政が持たない、と続け笑うレーシャ。吊られて雪華も少し笑う。
指揮官のテントの前迄が雪華が護衛する範囲。後は別の人間に引き継がれる。
「有り難う、おかげで助かったわ。」
「いえ…仕事ですから。」「また、会えると良いわね。」
そう言ってレーシャはテントの中に消えた。
「……戦争が終わる…本当に、そうだと良いけど…」
レーシャが消えたテントの入り口、風に煽られ揺れる布を見ながら、雪華は呟いく。しかし、誰もその希望を聞く事は無かった。