表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/83

第8話 偽りの心

病院を出ると一希は真っ先に携帯を開く。案の定、メールは舞無からだった。内容は、急な依頼。葵衣から銃を受け取ったら、直ぐに連絡するようにと言う旨が書かれていた。

それならばメールよりも通話の方が早いだろうと一希は電話帳を開き、舞無の名前を出す。

しかし、それ以上指が先に進む事は無かった。

日光を遮る様に、一希の正面に立つ人物。制服は勿論の事、女子としては高めの身長も、髪の長さと色、果ては背中に得物が入る漆黒のケースも同じ。

「……お前は…」

「個人的に逢うのは、これが初めてですね。風見一希さん。」

鏡から抜け出て来た容姿で、姉とは全く逆の、触れれば切れる様な冷たさを纏いその少女は言った。

「初めまして。私は彩萌桜華と言います。」


◆◇◆◇◆◇


「…彩萌桜華、ね…」

時は一時間程前に遡り、場所は月下高校の生徒会長室に移る。執務机の上に広げたファイル、舞無はその一ページをじっと見つめていた。

そのファイルは、転入生の名簿。それは、別に舞無の栽可が必要な物でもない。実際、舞無が今日中に片付けなくてはいけない書類は、高層ビルとなって目の前に立っている。

側に置いてある日本刀『月蝕』で切り刻めたら、何れ程良いかと思ったのは秘密である。

だが、今はその得物を抜く気にすらならない。理由は言うまでもなく、眼の前のファイルだ。

休憩と言う名前を借りた現実逃避に走ったのは、舞無に取っては必然。ならば、偶々このページを見てしまったのは、果たして偶然か必然か。

舞無は、彩萌桜華の顔写真―――まるで雪華の写真を貼り付けた様なそれ―――から眼を離し、情報を見る。が、一瞥しただけで、無駄な行為と知った。

恐らくは、彩萌桜華個人が書き込んだ物だろう。故意かどうかは分からないが、日本語で書かれていなかった。更に、筆記体で書かれていると言うおまけ付き。姉である雪華から見れば読めるのかも知れないが、無い物ねだりならぬ無い者ねだりをしても仕方がない。

別に構わない。他に手は幾らでも有る。舞無は携帯を取り出した。

「瓜生?頼みたい事が有るの。」

『何ですか、会長。』

何が有ろうと電話ではきっちり三コール目で出ると言う奇妙な癖に内心嘆息しつつ、舞無は生徒会の幽霊役員―――瓜生蓮(うりゅうれん)に交渉を始める。

瓜生蓮。月下高校で数少ない人間にしか知られていない情報屋。舞無は、蓮の情報収集力に目を付け、連が出した会議には参加しないと言う条件で生徒会に迎え入れた。

「彩萌桜華、と言う人間の経歴、背後関係…全てを洗って。どの位必要?」

『彩萌桜華、ですか。元々彩萌姉妹と言うのは、やけに情報が少ないんですよ。会長……三時間下さい。」

三時間と言うのは、蓮の情報収集にしてはかなり長い時間だった。何時もならば、蓮が情報を洗い出すのには、一時間も掛けない。

「分かったわ。それから、調べた情報は、私と風見一希に送って。」

『分かりました。』

蓮の声が、通話終了を告げる無機質な音に変わる。

ファイルを閉じ、舞無は眼を閉じた。


◆◇◆◇◆◇


目の前に突如として現れ、彩萌桜華と名乗った少女。確かに彼女は、転校生として来た少女であり、―――僅かに容姿は異なっているが―――雪華の持っている写真に写っていたもう一人の少女だった。

「…俺に一体何の様だ。」

万が一の事に備え、一希は脚を肩幅に開く。

「そんなに警戒しなくても、別に殺し合う(・・・・)積もりは有りません。寧ろ、良い話を持って来たんです。」

「……」

「単刀直入に言います。―――私と手を組みませんか?」

身動ぎ一つせず、桜華は言った。

「…どういう意味だ。」

「そのままの意味です。姉さんが倒れた今、貴方達には遠距離の火力支援が出来る人材が必要なのではないですか?」

一希の背中を冷や汗が流れた。

今現在、雪華は長期の仕事に出ている事になって居る。生徒会長の舞無自身が手を回した事も有り、情報操作は完璧の筈。

それなのに、何故桜華は雪華が撃たれた事を知っているのだろうか?

まさか―――

「…一つ聞きたい。」

「なんなりと。」

「雪華を撃ったのは、お前か?」

一希の言葉を聞いても、桜華の顔に変化は無い。

「…あれは私の失敗です。」

数秒後、桜華は口を開く。

「私が上手くやっていれば、姉さんが撃たれる事は無かった。協力を申し出たのは、それの穴埋めの様な物です。」

淡々と話す桜華。感情を押し殺している様子は無かった。

「さあ、行きましょう。時間が有りません。」

一希の携帯が再び震え出す。確かに、余り時間は無さそうだった。

「待ってくれ。」

それでも、一希は桜華を呼び止めずにはいられなかった。桜華が振り返る。

「雪華に…君のお姉さんに会わなくて良いのか?」

桜華の眼が一瞬だけ揺れた。

「……構いません。」

今までで一番の冷たさを発し、桜華は歩き出す。その脚が止まる事は無かった。


◆◇◆◇◆◇


風見一希は長生き出来るタイプでは無い、と桜華は数分で判断した。

それは別に一希が弱いとか、桜華が強いと言った、強弱の話ではない。もっと根本的な事―――即ち、精神的な事だ。

彼は最も性質(たち)の悪い、無条件で他人を気遣うと言うタイプの人間なのだろうと、桜華は推測する。

根拠の無い―――無条件な優しさは嫌いだ。その裏で何を思っているのか、全く分からないが故に。

あの日から五年。味方が全て消えた、否、味方の全てを消した(・・・)あの日から、桜華の闘いは始まっていた。

今両手を見れば、見る事が出来るだろう。決して落ちる事の無い、見えない赤黒い汚れに塗れ穢れた手が。

本当は、桜華は雪華に会いたかった。姉の事を一秒たりとも忘れた事は無い。

しかし―――

桜華の心には、一つの恐れが宿っていた。

果たして、姉は赦してくれるのだろうか。受け入れてくれるのだろうか。

五年前、死んだと思わせて姿を消し、突然現れた自分を。

こんなにも汚れ、穢れきった自分を。

結局桜華は自身の恐れに打ち勝てなかった。

会わなくても良い―――そう、心に偽りの蓋をする他無かった。

最も、桜華の心に宿ったその不安が、後に姉妹の運命を大きく導くのは少し後の話となる。



アンケートの結果、今後の方針等については、活動報告に掲載させて頂きます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ