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第5話 十年前(1) Incontro

遅れてすみません

昨日まで三日間学祭で、寝てました。

雪華の復讐の心理は自分と似ている所が有るので、比較的書き易いですね。

妹や一希達とどう絡めるかが問題ですが。

そこに生きている人間は居なかった。

飢えと寒さに耐えきれず、路傍に転がるボロ布を纏っただけの痩せ細った老若男女の死体。肉体は死して尚、苦しみから逃れる事は出来ず、身体は、野犬や野鳥、虫に好きな様に啄まれ、食い散らかされ、見るも無惨な姿に変わり果てつつあった。

過酷な環境に淘汰され、食物連鎖の「食料」にまで墜ちた彼らに、鎮魂の祈りを捧げる者は居ない。近くで突発的に起こる抗争の銃声や叫び声と、風化した建物が崩壊する音が極稀に聞こえるだけだった。

「大戦」が終わってから十五年。この(イタリア)に救いは無かった。


◇◆◇◆◇◆


「…お姉ちゃん…寒い。」

とある路地裏。そこに、互いに寄り添う様にして座り込む二人の少女がいた。

まだ年端のいかない小さな身体に暗闇でも僅かな光を反射して輝く灰銀の髪。顔は、見分けが付かない程そっくりだった。

そう。少女達は双子の姉妹。本当の両親の顔は、姉妹が物心付く前に死んでしまったから知らないが、孤児になった所を日本人―――今では第四都市と呼ばれるが、この様な表現は今でも存在する―――に拾われ、幸せに暮らしていた。

三日前、この地区が抗争ならぬ戦争の戦場になるまでは。

あの日、外で一緒に遊んでいた二人は、生まれて初めて銃声を聞いた。

乾いた、小さな爆発の連続音。断末魔の叫び声。二人は、その音楽(・・)に、自失し、一種の美しさ(・・・)を感じてすらいた。

音楽に導かれる様に、二人が向かったのは自分達の家。そこで二人が見た物は―――

―――義親の死体と略奪され、燃え盛る家だった。

二人は、全てを理解した。それは、かつて両親を亡くした孤児としての勘か。持って生まれた頭の良さかは分からない。只、理解したのだ。

また、全てを(・・・)奪われた(・・・・)のだと。

思えば姉の心の中には、その時からそれが存在していたのかも知れない。最初の両親は流行り病に奪われ、今度は何者かに奪われた。姉妹は、何時も奪われて来たのだ。

どうして、呪わずには居られようか。

この理不尽を。運命を。神を。

しかし姉妹は気付かない。

姉は何時の間にか、己の心に宿った復讐の心に。

妹は何時の間にか、己の心が姉以外の事には冷めている事に。

姉は妹の手を引く。妹は、振り返りもせずに姉に従う。

姉妹が姿を消した三日後。誰も居ない何処とも知れぬ雪の積もる路地に、姉妹は座り込んでいた。

三日三晩歩き回ったとしても、頼れる知り合いも居らず、更に戦火に巻き込まれた地で、幼い姉妹が安息の地を得られる確率は果てしなく低い。

だが、疲労困憊で脚が棒の様になった姉妹は、まだ恵まれていた。

何故なら、二人はまともな服を着ている事が出来たのだから。

煤けて黒ずんだ服や小さな身体に灰色の雪が降り積もる。凍傷を負っても可笑しくない寒さに、姉妹は互いに寄り添うしか無かった。

その日は、皮肉にも十二月二十五日。クリスマスイブだった。

にも関わらず、路地も通りも人通りは少ない。動く物と言えば、街を焼き払い、瓦礫を炙る火位の物だった。

「そろそろ行こうか?」

何時までも路地に留まって居る訳にはいかない。薄暗さが、極寒の夜が刻々と迫って来ている事を伝えてくる。それまでに、少しでも寒さを凌げる場所を探すべきだった。

「うん。」

妹もそれを分かっていたのだろう。差し出された姉の手を握り、立ち上がる。

姉妹が歩き出した時だった。

「あれれ、お嬢ちゃん達、こんな時間に、こんな所で何してんのかな?」

何処からともなく表れ、言葉と共に行く手を塞ぐ四人の男。全員が拳銃を持っており、内一人はライフルを持っていた。

「貴方達には関係無い。」

素っ気なく答えて間をすり抜け様とした姉妹の肩を男が掴んだ。

「こっちが質問してんのにその言い草はねえんじゃねえか?」

「ちょっと礼儀を教えてやった方が良いかもな。」

下品な笑い声を立てながら、男達は姉妹を路地の奥に引き摺り込もうとする。

「いや!止めて!!」

身体を掴む手を振り払わんと、姉妹は抵抗する。当然の行為だが、男達を苛つかせるだけだった。

「こいつら面倒だな。一発殴るか?」

「止めとけ、折角の上玉だ。商品としての値段が下がる。」

その言葉を聞いて姉妹は、内心安堵する。大の男に殴られて少女が無事でいられる保証はない。

しかし、次の言葉は姉妹の心を揺さぶるには十分だった。

「でも、商品にする為の「仕込み」位は良いだろ?」

二人は単なる箱入り娘では無い。ある程度は世界の汚い所も見ている。この状況で、次にどうなるかは大体知っていた。大人達はその詳細を幼い二人に話す事は無かったが、寧ろその方が生理的な恐怖を抱かせる原因となった。

「止めて!!離して!!」

「お姉ちゃん!!」

姉妹を繋いでいた手が引き剥がされる。目の前が、男達で埋め尽くされ、姉が諦めて眼を閉じた瞬間。

「ぎゃあぁぁぁっ!!」

路地に響く銃声。場違いには程がある悲鳴を上げ、男の一人が倒れる。鉄錆の匂いがする粘り気のある液体が身体に掛かった。

「な、何だ!?」

人が歩いていない路地にコツン…コツンと靴が地を打つ音が響く。自然と男達の手が離れた。

「…その二人を離して貰えないか。」

そこに立っていたのは、刀を腰に差した中性的な顔立ちの青年だった。もし、彼が声を発しなければ、姉妹は、彼を女と間違えていたかも知れない。銃口から煙を上げる拳銃を手に、彼は前に進み、男達の前に立つ。

「な、何者だ、お前―――」

「聞こえなかったか?」

一陣の風が男の声を途中で途切れさせた。声が途切れたのも無理もない。首から上が無くなり、体液を噴水が如く噴き上げていたのだから。

「その二人を離して貰おうか。…早くしないとここにいる全員を殺してしまう。」

言葉には真実の響きが存分に含まれていた。と言うより、最早半分を殺してしまっている。

「わ、分かった。娘は離す。だから…」

叫ぶ様に良い、残った二人の男は我先にと逃げ出す。しかし、また彼らも石榴の様に頭を弾けさせる事となった。男の手には拳銃が有った。男達の身体は、頭を失いながらも慣性の法則に従い、数メートル進んだ先で倒れた。

「二人を離せとは言ったが……逃がすとは言ってないぞ。」

一言呟き、彼は姉妹に声を掛けた。

「怪我は無いか、二人共。」

「あ…有り難うございます…」

差し出された手を握り、姉は立ち上がると、同じ様にして、妹に手を差し伸べる。妹は、立ち上がるなり姉の後ろに下がった。

「どうしてこんな所に居る。家は?保護者は?」

「…もう私達には両親も居ませんし、家も有りません。」

「…どうやら訳有りの様だな。話してみな。」

男が信頼出来るか出来ないか、それが分からない状況のままで、意を決して姉は口を開く。

生みの親を流行り病で亡くした事。育ての親も殺され、家を失った事。安住の地を求めて、三日三晩歩き回った事。この場所には、偶然迷い込んだ事。

七年間の人生を纏めた説明は、五分も掛からなかった。

「…つまり、お前達は今後の生活の目途も立たず、後ろ盾も無い…そう言う事か?」

姉は項垂れた。

「二人はそのままで良いのか?断言してやる。この先何処へ行こうとも、安住の地は見つから無い。数日後には、何処かの路傍で冷凍肉になる筈だ。何もかも奪われたままで、な。」

そんな事は姉妹は身を以て思い知らされた。この世界には、優しさも無ければ救世主も居ない。甘ったるい幻想など存在しない。

「…です。」

「何?」

「…嫌…です。でも…どうしたら…」

全てを奪っていった『何か』が憎い。奪われたまま死ぬ。それだけは嫌だった。

「なら…『戦え』。」

「え…?」

姉は思わず顔を上げた。

「戦えば、奪われた物は取り返す事も出来るかも知れない。抵抗しなければそれまでだ。泣き叫べば代わりが貰える時代は終わった。」

再び、男は手を差し出す。

「もし、お前達が何かを取り戻したいなら…これ以上奪われない為に護る力が欲しいなら…俺の所に来い。」

躊躇は、無かった。

三本の手が、一つの場所に集う。

「…決まりだな。俺の名前は神崎紫蘭(かんざきしらん)。お前達は?」

「…シャルロット。妹はリース。」

「そうか。だが、その名前は変えた方が良い。後々、厄介な事になるかも知れない。お前達、誕生日は?」

「私は二月四日。妹は二月五日。」

「立春の日か…」

紫蘭は、暫く考え言った。

「…雪華…桜華…シャルロット。お前は今日から、彩萌雪華を名乗れ。リース。お前は彩萌桜華だ。」

馴染みの無い名前。にも関わらず、長年使ってきた名前の様に、新しい名前に抵抗は沸かなかった。

「じゃあ行くか、雪華、桜華。」

「はい!」

これが、姉妹の運命を大きく変えた、神崎紫蘭との血の匂いに塗れた出会いだった。

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