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第3話 青天の霹靂

「で、もう一つの案件は?」

紅茶のカップを音も無くソーサーに戻し、舞無は言った。

「…一時間前に、ウルフタイプの獣が都市に侵入しました。現在対策課が手配しています。」

嫌でも先を予想出来た舞無が再びカップを手に取る。

「それで?」

「駆除要請が来ています。私達に。」

口を付ける事無く戻したカップが、ソーサーとぶつかり、耳障りな音を立てた。

「…雪華。行ってきて。」

今現在、舞無達で動けるのは、舞無と雪華の二人だけしか居ない。一希の武器は壊れているからだ。

しかし、舞無は見ての通り、生徒会業務に忙殺されている。従って、雪華にしわ寄せが行くのだ。

「分かりました。」

「終わったら、もう帰って良いから。」

雪華はガンケースを持つと、部屋を辞した。

一人残された舞無は、書類に伸ばそうとした手を止め、呟く。

「…そう言えば、もう一人の転校生って、誰なのかしら?」

その疑問に答える者は、当然ながら居らず、代わりに寝ていた筈のクドが一声鳴いた。


◆◇◆◇◆◇◆


一時限目は、自習になった。佐々木が、『転入生との親睦を深める』と言う名目で、自分の担当である数学の授業を放り出し、漫画本を開いているからだ。

佐々木が授業を放り出すのはたまに―――一ヶ月に二、三回程―――有る事だが、転校生が居ると言う要素を除いても、かなり大きなイベントになっていた。

理由は、言うまでも無い。桜華である。

『彩萌』と言う姓は、はっきり言って無い。雪華の他にも、後一人位居れば良い方だ。

まだ名字だけならば、否定出来ない事もないが、桜華は、雪華と瓜二つの容姿なのである。灰銀の髪色から、更に言うと背丈まで。

誰もが雪華との姉妹関係を疑うのも無理は無かった。

一希は、桜華を囲むクラスメイト達から距離を置いている。頭の中では、雪華の話が渦巻いていた。

雪華の言った事を鵜呑みにするならば、彩萌桜華は存在していてはならない筈だ。彼女は、数年前に第五都市―――旧イタリア―――で死んでいるのだから。

しかし、一希の眼の前には、その死んだ筈の人間が居る。幽霊の類いを信じる積もりは毛頭無いが、冷や汗が背筋を流れた。

一希は、斜め前の雪華の席へと眼をやる。相変わらず、席の主は居なかった。鞄が、忘れ去られた様に机の横に掛けられているだけだ。

校内に於ける教室以外の雪華の行動範囲は、少ない。図書室、屋上、生徒会長室の三つに絞られる。逆に言えば、そこに行けば会えるのだ。これ程楽な人探しも無い。

佐々木が漫画本に夢中であり、クラスメイト達の視線が自分に向いていない事を確認すると、一希は、雪華に会う為に、そっと教室を抜け出した。


◆◇◆◇◆◇◆


人知れず学校を出た雪華は、電車に揺られていた。

レールの継ぎ目を踏む音を耳に、身体を揺らされながら、過ぎ去っていく窓の外の風景に呆然と眼を向ける。雪華の髪色に、珍しげな視線を向ける乗客も少なからず存在するが、それを差し引いても、雪華は、普通の高校生にしか見えない。

しかし、ライフルケースは、背中に重みを伝える事で、普通との境界線を雪華に指し示す。それを感じる度に、雪華の中に、孤独感が生まれていた。

勿論、自分と同い年で、武器を、銃を持つ者は居る。

ならば、幼い頃から銃を持たされていた者は、どの位居るのだろう、と雪華は自然に考えてしまった。酷い考えだが、自分と他の者達とは、歩んで来た道が違うのだ。

自ら進んで、自分の意志で銃を握ったか、他人に命令されて、銃を持たざるを得なかったか。大多数が前者に当たり、雪華は、数少ない後者に当たる。

無意識に雪華は、ケースの留め金に手を伸ばしていた。閉めた筈の留め金や鍵を必要以上に何度も確認してしまうのは、雪華の癖だった。ちゃんと閉まっている事を確認すると、僅かに安心できるのだ。まるで、親の手から離れまいとする子供の様に。

揺れが徐々に収まり、やがて電車は、ホームに滑り込んだ。雪華は、一人電車を降りる。

冷房の効いた車内を降りると途端に熱気が押し寄せてきた。差し込む日光に眼を細め、PGCの免許証を見せ、改札を通り抜ける。改札の外には、武装したPMCの対策課が陣を張っていた。明らかに過剰と取れる陣も視点を変えれば、住民に対する『完璧な治安維持』のポーズにしか見えない。汚れ仕事は、他人に押し付ける癖に、だ。

「PGCか?」

PMCの指揮官らしき男が言った。雪華は黙って免許証を見せる。

「さっさと終わらせろ。」

「言われなくても。」

無表情で傍らを通り抜けようとした時、聞こえるか聞こえないか位の声で、指揮官が言った。

「…全く、PGCとは言え、学生風情が銃火器を振り回しおって…」

「……」

だったら、自分達でやれば良い。その一言を喉の奥に押し込んだ。


◆◇◆◇◆◇◆


予め調べていた場所に、そのビルは有った。壁面にはブルーシートが掛けられ、骨組みと床が辛うじて残る解体途中のビル。八階建てと言う高さも、雪華に取って狙撃するには手頃な高さだった。故に、雪華はここを狙撃地点に定めていた。

エレベーターは当然止まっている為、非常階段を使い八階まで上がる。時折吹くビル風が床に積もった塵芥を舞い上がらせ、屋上に着く頃には、雪華の制服をすっかり白く汚していた。

屋上には、階下でも見た小型の重機が数台有るだけだった。雪華は、背負っていたライフルケースを下ろし、大型狙撃銃windを取り出す。馴れた手付きで麻酔弾を装填し、マイクロコンピューターを起動させたスコーブを除き込むと、標的を探し始める。

スコーブから見る避難勧告が出され、人の気が全く無くなったゴーストタウンの様な街は、何時見ても不気味にしか思えない。

マイクロコンピューターが風速や湿度、温度を割り出す頃には、既に雪華は標的を見つけていた。時間は、一分も経っていない。

ウルフタイプ。クガー程では無いが、強靭な肉体と俊敏性を併せ持つ獣であり、正面から闘いを挑むのは、余り好ましい事ではない。

遠距離からの狙撃となると話は別だが。

「…距離…約千メートル。風速西に三メートル、温度二十一度…湿度十五パーセント…」

二直線の交点を胴体に合わせ、息を整える。麻酔弾とは言え、下手な所に撃ち込む訳には行かないのだ。

そして雪華は、引き金を引いた。

音速を越えた速さで空気を裂きながら弾は飛翔し、狙い通りの場所へと命中する。速効性の麻酔がウルフの身体をふらつかせ、今にも倒れそうになった時だった。

突如として、ウルフの身体が弾け飛び、地面に肉片の混じった大輪の紅い花が咲いたのは。

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