第2話 転校生
キャラの容姿が変わっている様に感じると思いますが、詳しくは活動報告を見て下さい。
古手鞠影人を都市外で始末してから一週間後の朝。
医者も驚嘆する様な奇跡的な回復力で、一昨日退院した一希は、久し振りに学校へと登校していた。
月下高校では、PGCで働いている者も少なからずいる為、アルバイトはともかく、PGCの活動で授業を休む場合、公欠として認められている。つまり、一定以上の成績を取れば、どうこう言われる事もない。
しかし、公欠を取る者がバラバラのクラスに所属していると、あらゆる面で、不具合が生じる事がある。
故に、各学年に一クラスずつ、PGCで働く者を集めたクラスが編成されている。
一希や雪華の所属する、二年A組もその内の一つだった。
因みに、舞無は、会長職に追われている為、PGCの活動で公欠を取る事は少ない。よって、二年B組に所属している。
と言っても、会長職は忙しく、公欠を取るのが日常茶飯事になっているのだが。
一希が教室に入った時、まだ教室には数人しか来ていなかった。
「よお、風見。生きてたのか。」
「簡単に人を殺すな、五十君野。」
呆れた様に一希は言う。五十君野秋はそれを聞いて笑った。
「ハハ、悪い悪い。で、何の仕事で出てたんだ?一週間以上も休んだって事は、手配獣討伐とかじゃないだろ?」
「護衛の仕事だ。別に大した仕事じゃない。」
実際は、『只の』では済まない程度の仕事だったのだが、一希は言わない。実を言うと、入院中に、PMCから、報酬と言う名の口止め料と引き換えに、この件に付いての口外禁止を命じられたのだった。
「…そう言えば、拳銃は?」
「今、メンテナンスに出してんだよ。」
大破した二丁は、一希が気を失っている間に、葵衣が修理に持って帰っていた。後で、法外な値段の請求書が届き、値段交渉が始まるのは、言うまでもない。
「そう言えば、彩萌は?」
有らぬ誤解を避ける為、一希が雪華の事を呼び捨てにするのは、仕事中だけと言う取り決めが、入院中に結ばれていた。勿論、一希は賛成した。流石に、もうこれ以上痛い目を見るのは、耐え切れなかったのである。
「ああ、彩萌か。さっき、鞄を置くなり、教室を出て行ったけど…っと。」
秋の言葉を遮る様に、チャイムが鳴り響く。まだ、十数人程度しか居ないが、別段珍しい事でも無く、何時もの事だ。
「ほらほら、座れ、ホームルーム始めっぞ。」
チャイムが鳴り終わらない内に入って来たのは、二年A組の担任、佐々木真夜先生だった。
スーツをだらしなくない程度に着崩し、左手に出席簿と漫画本を携えた先生に何故か憧れる生徒が多く、教師からはともかく、一部の女子生徒からは、『お姉様』、一部の男子生徒からは、『姉御』と崇め奉られている程、生徒からの受けは良い。何でも、教師になる前は、PMCの治安対策課に居たらしく、アマチュアとも言えなくもないPGCで働く生徒達が多いA組の担任を任せられているのも、それが理由の一つだと考えられていた。
教壇の横のパイプ椅子に腰を下ろした佐々木は、持参した漫画本を開く前に、心底面倒そうに言った。
「あー、こんな時期に何だが―――転校生を紹介する。」
水を打った様に、教室はざわめき始める。その殆どが、困惑している事を示す物だった。
新学期が始まってから、まだ一月程。転校生にしては、やけにタイミングが可笑し過ぎる。自分から訳有りだと自白しているような物だ。
更に言うと、A組に転入して来る事自体が異常だった。
A組は、余り顔向け出来ない仕事をする人間が集まったクラスである。属する人間の九割以上が武装しているのだ。例えば、一希は、普段はアイギスを帯銃し、秋は、リーフ社製のサブマシンガン『ガラドホルク』を帯銃して居る。他のクラスメイトも似たり寄ったりだ。
詰まる所、転入して来るのは、普通の人間ではない。
そんな生徒達の反応を面白がってか、軽く笑みを浮かべた後、佐々木は、扉に向かって呼び掛ける。
「入って来い。」
暫しの沈黙の後、音を立てて扉が開く。
「…えっ?」
「どう言う事?」
今迄以上の困惑の声を浴びながら、転校生は姿を現した。
一希は、己の眼を疑う。
こんな―――こんな馬鹿な事が有って良いのだろうか。
腰まで届く様な長さの灰銀色の髪。首には、黒いヘッドホンが掛けられ、背中には、これまた黒いガンケースを下げていた。
髪型や身に付けている物に若干の違いこそ有るが、紛れも無い。
「…始めまして。彩萌桜華と言います。」
その少女は、彩萌雪華の生き写しだった。
◇◆◇◆◇◆
時を同じくして、月下高校の生徒会室の更に奥に位置する生徒会長室。
大企業の社長室にも劣らない生徒会長室には、二人と一匹が居た。
一人は、執務机の前に置かれた椅子に座る部屋の主、即ち生徒会長である月下舞無。眼の前には、湯気を立てる二つの紅茶のカップと、決裁を待つ書類の山が有った。
執務机を挟み、舞無と対峙するのは、臨時会計―――と言っても名ばかりの役職だ―――である彩萌雪華。
そして、舞無の膝の上丸まり、眠っている黒猫。何時から生徒会長室に住み着いて居るのかも分からないその黒猫の名前は、「クド」と言う。
舞無は、雪華による報告を聞く所だった。
「悪い話と最悪な話が有ります。どれからお聞きになりますか?」
「……悪い奴からお願いするわ。後になるに連れて、うんざりしそう。」
この書類みたいにね、と舞無は、人指し指で書類の山をつついた。
「それでは。此瀬彗ともう一人、詳細は不明ですが、この学校に転入しました。クラスは此瀬彗が二年B組、もう一人の方が二年A組です。」
「過去の依頼人との接触は極力避ける様にするべきだと思うのだけれど。」
舞無の言葉は、正しかった。新たな依頼でもない限り、過去の依頼人、対象とは接触するべきではない。必要以上の関係を持ってしまう事で、互いに危険な目に逢う事を避ける為だ。葵衣は、例外中の例外なのである。
「編入試験でほぼ満点だった人間を落とす訳にはいきませんから。」
「…まあ、良いわ。此瀬彗に関しては、私達が極力接触を避けましょう。幸いにも、私殆ど授業出ないし。」
そう言って舞無は一口紅茶を飲み、雪華に勧める。雪華もカップに口を付けた。