第5話 逢魔の時
短いです。
浅い眠りと深い眠り。
それらを繰り返す内に、気が付けば夢を見ていた。
夢だと分かる夢、つまり明晰夢と言う物を見ているらしい。
紅蓮と黒。
それが視界を埋め尽くす全てだった。
パチパチと何かが爆ぜる音と、怒号が聞こえる中で、黒煙や熱気が、身体を覆って行く。
目の前は、炎が支配していた。
逃げないと。
だか、その思いとは裏腹に、身体はその場から動かない。
パチパチと言う音に彩られ、全てが等しく炎の前で灰に変えられて行く光景。
此処が地獄で無いのなら、何処が地獄だと言うのだろう。
煙を吸い込み、激しく噎せた彼は自らの死を覚悟した時だった。
「ほら、起きて。」
声がしたが、彼は反応しなかった。
それが死に間際の自分に、掛けられた声だと分からず、幻聴だと思っていた。
だから、
「其処の貴方。起きて。」と、再度声を掛けられる迄、彼はその声に反応しなかった。
そして、その声が自分に向けられた物だと分かったとしても、彼は反応しなかった。
否、出来なかった。
彼の意識は既に深い闇の中に沈み掛け、声を出す事すら、叶わなかったのだから。
声の主は暫く黙って居たが、やがて溜め息を吐くと言った。
「まだ、貴方は死ぬべき人間じゃ無い。けれど、私に貴方の生死を決める権利は無い。だから、選びなさい。此処で灰になるか、それとも、私の手を取って生きるか。」
最早、身体一つ満足に動かせない彼に向かって、彼女は手を差し出した。
其処から先は、分からない。
「……また、出やがった。」
夢から目覚めた一希は、壁に掛けられた時計に目をやる。
夜光塗料が塗られた針は、午前二時を示して居た。
何時もの様に椅子に座って眠って居た一希は、電気を付けた。
屋上から飛び降りる勇気は有れど、悪夢を見て二度寝する勇気は、一希には無い。
一希は、寝る前に側に置いた鞄を引き寄せ、ファスナー開ける。
一見すると、外見中身共に一学生の鞄としか見えないそれの底板を一希は外した。
底板の下、其処には拳銃が収められて居た。
取り出した拳銃を一希は手で弄ぶ。
悪夢に起こされた時や、どうしても眠れない時に、武器を弄ぶのが、一希の癖だった。
一希に取っての睡眠は、それほど大切な物では無い。少なくとも、身体が拒否したのならば、無理にするべき事でも無かった。
紅と黒。
左右非対称の色をした目で拳銃を見つめながら、弄ぶ。
そうして居る内に、何時の間にか夜は更けて行き、護衛一日目の朝が来たーーー
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